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 はじめに

死刑存置・廃止に関する記事を以下にまとめてみた。両者を見比べて、お互いを補い、議論し、結果、国民の利益になる結論を導き出せればと思う。




1 死刑言い渡し後の措置

死刑の言い渡しを受けたものは、その執行に至るまで刑事施設に拘置される
(刑法11条2項)



2 執行方法

死刑(Todesstrafe)は刑事施設内で「絞首」にして執行される(刑法11条1項)




3 適用犯罪

〃宰
・殺人罪(刑法199条)
・強盗致死罪(刑法240条後段)
・強盗強姦致死罪(刑法24条後段)
・内乱罪の首謀者(刑法77条1号)
・外患誘致罪(刑法81条)
・現住建造物等放火罪(刑法108条)
             
特別法
・爆発物使用罪(爆発物取締罰則1条)
・決闘殺人罪(決闘ニ関スル件3条)
・人質殺害罪(人質による強要行為等の処罰に関する法律4条)

以上が死刑が適用される犯罪である。

(*参考図書:刑法総論(第2版)立石二六P361)




4 歴史


〇犒座乎嶇
死刑存置論を主張しのは「モンテスキュー」「ルソー」「カント」「ヘーゲル」等である。
(*参考図書:刑法総論(第2版)立石二六P362)
 


∋犒最兒瀟
死刑は残酷な行為の手本となるもので有害である、などと論じて死刑廃止論に先駆的役割を果たしたのは「*ベッカリーア(参照カテゴリ:人物:#4)」である。



5 主張

〇犒座乎嶇

死刑存置者の主な論拠は以下のようになっている。

(顱某佑鮖Δ靴深圓生命を奪われなければならないということは一般人の法的確信であること
(髻頬|畚維持のためには重大な犯罪に対し死刑の威嚇力に期待しなければならないこ と
(鵝忙犒困鯒兒澆靴燭藏О犯人による生命の危険にさらされること
(堯剖飽な人物は死刑によって社会から完全に隔離する必要があること


∋犒最兒瀟

死刑廃止論者の論拠は主に以下のようになっている。

(顱忙犒困六長鵑任△
(髻房更埔紊忘絞未鮴澆韻襪海箸困難であること
(鵝妨軾修砲茲蟷犒困執行されれば回復不可能であること
(堯忙犒困琉匈杜呂呂気靴涜腓くはないこと
(后忙犒困里發跳沙的政策的意味が社会からの永久的隔離であるとすれば同様な効果を期待しうる方法は他にも考えられること
()死刑は被害者に対する損害賠償の点からも用をなさないこと
 (引用:刑法概説:総論:第3版H9:P500〜P501)

(*御覧のように、それぞれの論拠は「あるものは反駁可能」であろうし、「あるものは反駁は困難」だといえるであろう)




6 ポイント


〔簑蠹

両者の論拠の中でとりわけ重大と思われるのが廃止論における「誤判による死刑執行の回復不可能性の問題」である。

如何に確実性の高い裁判制度を設けようとも裁判を行うのは所詮人間であるから絶対に誤った裁判を行わないという保証はない。
現に我々は死刑囚再審事件で「*無罪となったケースや下級審で死刑判決を受けながら上級審で無罪となったケース」を体験している。

参考図書:刑法総論(第2版)立石二六P363

(*財田川事件・梅田事件・八海事件・木間ヶ瀬事件・島田事件・松山事件・仁保事件・
狭山事件(袴田事件:審理40年継続中)・(藤本事件:冤罪の可能性大)・(名張毒ぶどう酒事件:40年以上継続中)など。ウィキ冤罪より)

代替策

裁判に誤判の可能性がある以上、死刑は廃止されるべきであると思う。

問題は死刑が廃止された場合にこれに代わるべき刑罰として何を構造するかであるが、主に次のような案などが呈示されている。


顱鵬昭疂のない絶対的無期刑
髻鵬昭疂を認めながらそれに要する服役期間を「相当長期」にする案


B綢愃反対派
ただ、このような刑罰は「受刑者をしばしば精神的絶望と肉体的疲弊の極に陥らせる残虐な刑罰であるから許容できない」との見解がある。例えば団藤重光教授。
(*刑法総論講義・第2版・平成9年・三原憲三P272より)



7 現在の日本の立場、判例


[場
わが国の判例は「死刑存置」の立場に立っている(刑法参照)


判例

(顱望赦贈横廓判例(1948年)

死刑は憲法36条の残虐な刑罰にあたらないとした著名な判例。

「憲法は現代多数の文化国家におけると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきである。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によって一般予防をなし、死刑の執行によって特殊な社会悪の根源を絶ち、これをもって社会を防衛せんとしたものであり、また、個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉のために死刑制度の存続の必要性を承認したものと解されるのである」

(*最大判昭23・3・12刑集2巻3号191頁より)



(髻望赦贈毅固判例(1983年)
比較的最近の死刑選択基準の判例には次のようなものがある。

「死刑制度を存置する現行法制の下では犯行の罪責・動機・態様・ことに殺害の手段方法の執拗性、残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状など各般の情状を併せて考察したとき、その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許されるものといわなければならない」
(*最大判昭58・7・8刑集37巻6号609頁より)



8 コメント

ここで、はっきり言っておきたい。
死刑を認めることは冤罪者を殺すことである(団藤氏が冤罪を防ぐことが不可能と述べている)
被害者遺族の無念を晴らすために国家があるわけではない。
被害者遺族の無念解消のため死刑制度があるのではない。
冤罪者遺族の無念解消のために被害者遺族の命で代償することは誰も望まない。
死刑制度のウエイトは抑止力にある。死刑にあるその効力が現在ゆらいでる。
国の負担で被害者遺族の損失を填補し、心的ケアも行う。

以上、死刑が廃止すべき理由を列挙した。

死刑存置者たちは、凶悪犯罪について抑止力以外のものを求めている。
それは、法律の範疇を超えている。それは恐るべきことである。

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