学問の部屋

体系的に学問する こころから学問する

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

(* カテゴリ「#死刑廃止7〜23」をまとめ、現在の考えを付加したもの)
校正:08/11月18日

1 仇討ちによってリスクを背負えという人間の儚さ

2001年に放送された『仇討ちショー(世にも奇妙な物語)』なるドラマは決してcomedyなどではなく、現実に起こり得る事態を指し示している。(#死刑廃止10)死刑制度が被害者遺族の方々の感情の手当てに偏りさせえすれば、テレビ画面を通して全国へ見せしめの如く、またショーといった様相で仇討ちを放映することも当然起こり得る。表層的には職責で行っていよう死刑執行署名人(法務大臣)を「*死神」と呼ぶまでに悪化した現在の日本においては、ますます国民は「仇討ちショー」が喜劇などには映らなくなるだろう。(参考:08・6/18朝日新聞夕刊より)


「仇討ち」について、評論家の呉智英氏も、「死刑制度を廃止し仇討ちを復活せよ」、などと論じていた。実際1980年の西ドイツで裁判中の被告に対してピストルで報復行為にでた遺族がいた。当然、仇討ちの認められていない西ドイツ(当時)では、その遺族は、悲しいかな、被害者遺族から犯罪加害者と衣替えされ断罪された。(#死刑廃止9)
何も仇討ちが空想の制度でもなく事実、日本には制度として確立されていた。
日本では江戸時代には武士に限って届けた場合にのみ認められていたのだ(慣習としては武士以外でも行われていた)。
以後、仇討ちの制度そのものは明治6年(1873年)まで存続する。(ウィキ仇討ちより)

2 報復権の由来

我々人間のうちにはそもそも報復する権利(仇討ち)が備わっていた、と論じ、国家による報復行為を肯定する論考を昨年SAPIOなる雑誌に掲載されていた。
慶応大学法学部の駒村圭吾教授は、報復権を本来、人間たちは有していた、という。(自然権の中にふくまれていたと)(#死刑廃止2)
万人の万人による闘争のフレーズで有名な哲学者ホッブズは、自然状態というフィクションを用い、人間は何の制約もない状態では平等であるがゆえ相手の切先を制するため共同し時として闘争状態に入ることがある、といった。(#ホッブズ3より)あながち駒村氏の論考も的はずれでないように聞こえなくもない。

しかし、ホッブズは自然状態における「非常時」については闘争があると述べたにすぎないにもかかわらず、この一局面にだけ発露する感情・行動(闘争)を都合よく取り出し、国家による殺人を正当化するという論理展開は、わたしからすれば甚だ強引すぎるという感を受けた。
映画監督・作家の森達也氏も「国家が代行する報復」について強く非難していた。
「死刑が確定した段階で<報復感情を確認するため>国家は遺族に処刑の方法を聞くべき<であり>死刑まで望まないという遺族がもしいれば、やめましょうか<という>対応が理想のはずだ(死刑:P54)」

駒村氏のいう報復権は、報復感情を抱かぬ遺族についても「生来有する権利」だと想定し、国家がその自然権(報復権)を取り上げ代行するという。甚だ空想にも度が過ぎる。空想的報復権をつくりあげ、その捏造された権利に基づいた国家の代行権限が「死刑執行」だというのだから。


3 死刑の連呼

人間の情緒のうち、<憎しみ>が強くなると、論理など、愛(*詳細を後述)などすっかり忘れて、正論のように憎悪を吐き出す場合がある。例えば、
 峪人犯は一律死刑!」
◆峩О殺人犯については公開処刑が相応しい!」
「殺人犯の刑務所内での生活のため投入される税金が惜しい。一層のこと皆早く殺してしまえ!」
がそれである。

,砲弔い
古典派刑法学の祖ベッカリーア(Cesare Bonesana Beccarla:伊:1738〜1794)は
「人間1人を殺した者にも・・死刑を適用<するならば>幾世紀もの次代の成果である、あの道徳感情<は>・・ぶちこわされてしまう(犯罪と刑罰:岩波文庫P124)」
ベッカリーアは犯罪の均衡を無視した刑罰は道徳の崩壊をもたらすと警鐘を鳴らした。

△砲弔い
公開処刑については、ベッカリーアは
「<民衆>の同情心が他のあらゆる感情より強くなる時・・この限度を超えると、刑は犯人に対して科せられるのではなく見物にむけられたものとな<り>権力を行使するために規定されたもののように見えてくる。・・こんな法律は暴走のマスクにほかならない。・・これらの・・残酷な形式は・・我々を葬る<ための>より安全な口実にすぎない」
かように民衆の国家に対する<不信>に繋がると述べた。

について
殺人を犯した囚人(無期刑囚)については年間50万円の費用がかかっている(食費・光熱費のみ)。この費用が無駄ではないことは囚人に対しても更正の可能性を認めている(というよりも)、可能性という点に何等手をつけてはならないことを人間は覚知しているからである。
昨今の日本の刑事裁判では、死刑執行を受ける側(被告人)は更正可能性をあたかも神の視点に立ち、(#死刑廃止8)裁判官の判断よって「・・更正可能性が認められない」と処断されている。当然のように多くの国民がそれを支持し、こうして社会が人間の教育可能性の否定を支持するという極めて残念な体裁を保持する様態にある。これは誰よりも多く無期懲役囚を含む受刑者たちの更正を垣間見てきた元法務省神戸保護観察所長栗村典男氏が言われる「<職務経験上>人間の成長の可能性に限界がないことを強く感じた(08/6/14朝日新聞朝刊)」の言葉を「踏み躙る」ことになるだろう。
わたしは、人間が、人間の可能性をある特定の時点のみ得られる判断材料だけを用いて恣意的に回復不可能な手段を付随し処断することは傲慢としか考えられない。


4 光市母子殺害事件

今年(08年)の4月に光市母子殺害事件の差し戻し審の判決が広島高裁にて下された。
4/11のBPO(放送倫理・番組向上機構))の異例の勧告も発せられるほど過熱したメディア報道。彼等マスコミはレッドカードを突きつけられながらも、世論を煽りたてつづけて、盲目化した世論を踏襲した形でもって裁判所(樽先裁判長)は判決を下す。死刑判決だ。(#死刑廃止19)
この裁判の問題点は世論の偏った報道(弁護側の主張変更が恣意である等)についてもそうであるけれど、注目すべき点は、戦後一度も適用されていない強制執行妨害罪なる犯罪を主任弁護士安田好弘に無理やり適用したことである。98年12月、検察は安田氏がクライアント先の資産を隠匿したとして強制執行妨害罪を適用、逮捕・身柄を拘束した。これに対し体制批判をする安田氏を疎ましく感じ検察が氏の弁護士資格を剥奪するという目論みではないか(国策捜査)との批判が一部から相次ぐほど問題視された。
強制執行妨害罪なる罪は将来破産(強制執行される)する「恐れ」があれば誰にでも適用される実に曖昧な罪名である(だから戦後一度も使われなかった)。
かように怪しげな罪名を振り翳されたゆえ、全国の弁護士等は黙ってはいられなかっだのであろう。安田氏の逮捕勾留を知り、全国から「約1200人!」もの弁護士たちが訴訟代理人となった。2006年12月1日時点での日本における弁護士数(弁護士会登録数合計)は、23,103名であり、比較すれば、その数の多さに驚愕するほかない。
(参考:ウィキ:弁護士より:2008年6月25日アクセス)
平行して約3000名の人等が抗議デモを行った。日本弁護士連合会やアムネスティ・インターナショナルなどの団体から警察やマスメディアに対し抗議声明も発表された。
裁判の方では、第1審において、安田に対して懲役2年が求刑された。しかし、2003年12月24日、東京地裁は、検察官立証を退け、無罪を判決。検察側は控訴。控訴審においてはついに弁護人は「約2100人!」もの人数となる。
2008年4月23日の判決公判期日において、東京高裁の池田耕平裁判長は、安田の強制執行妨害共謀を認め、第1審(東京地裁)の無罪判決を破棄、罰金50万円の逆転有罪判決を下した。(ウィキ 安田好弘 2008年6月25日アクセス)
東京高等裁判所の判決に対して安田弁護士は以下のようにコメントした。毎日新聞より。

「壮大な妥協判決だ」
「捏造(ねつぞう)された証拠を全面的に採用し、検察のメンツを立てた」
「罰金刑だと弁護士資格を奪えないので実質的に私への制裁もない。すべてを終わらせるための『調停』のような判決。ばかげている」

判決は未決拘置日数を1日1万円に換算して罰金刑に算入するとしており、確定したとしても約10カ月拘置された安田弁護士は「罰金を支払う必要はない」
 また、弁護士法によると、禁固以上の刑が確定すると弁護士資格を失うが、罰金刑の場合は「弁護士を続けることができる」
一方、東京高検の鈴木和宏次席検事は「有罪認定はそれなりに評価できるが、ほう助犯とし、罰金刑を言い渡した点は遺憾だ」とのコメントを出す。
(参考:毎日新聞 2008年4月24日 東京朝刊)

検察の面子、それから弁護側(2000人を超す)の正論、両者の丁度間をとった、法治国家の日本に背をむけた恣意性極まりない判決(安田氏のいう調停なる形容はぴったりであろう)が通称安田裁判控訴審の結末であった。

検察の国策捜査、1・2審弁護団(1人と司法修習生1人という少人数)の突然の解任。かような状況下で光市母子殺害事件の主任弁護人に着任した安田弁護士等は準備期間のない中(1ヶ月)、最高裁の公判期日を突きつけられ資料精査の期間要求も退けられ(如何なる理由で退くのか!?と叫ぶ)結局、最後の策として安田氏等は裁判欠席を選択する。この方法が検察(国策捜査)、裁判所(準備期間要求の却下)の悪質な攻撃に対しての残された選択であったにもかかわらず、メディアの安田等へのバッシングはさらに酷くなり、被害者遺族である本村氏は懲戒請求するまでに全体の熱は高まる。
(その後、安田弁護士への懲戒請求を受けた第2東京弁護士会は07年12月20日、「意図的な引き延ばしなど不当な目的はなかった」とする同会綱紀委員会の議決を受け、「懲戒せず」と決定、「被告の利益擁護のためなら規則違反も許される、という判断はおかしい」と本村氏は抗議する 2008年1月10日 読売新聞)

欠席についてはマスコミにより執拗に批判され、その批判は差し戻し審の判決まで止むことなく続いた。(平行して橋本弁護士の懲戒煽動事件もおこった:懲戒請求事態は後に広島弁護士会によって却下された)
ようやく08・4/11にBPOによってマスコミ等は勧告され襟を正しはじめるも、時すでにおそし、バッシングムードの熱を讃えた世論を背後に差し戻し審の判決は下されてしまった。(判決は前述のとおり、<死刑>)


(後編:死刑廃止論者はふと思ふ 死刑廃止#25 http://blogs.yahoo.co.jp/satorukurodawin/archive/2008/06/30 へつづく)


(絵:ステッドマン作『スリナムの黒人反乱に対する五年間にわたる遠征の物語』にブレイクがつけた版画の挿絵「絞首台に生きたまま肋骨でつるされる黒人」(1796年))

この記事に

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事