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4.算数でつまずく要因はどこにあるか

 遠山の考えを理解するには、少し回り道が必要だ。遠山は、次のように書く。

「算数が子どもに役に立つとしたら、平凡で、やさしくて、当たり前な考えかたが一番、役に立つわけです。(中略)算数ができなかったら、よほど怠けているか、どこか教えかたがおかしいというふうに考えなければなりません。(『水道方式とはなにか』 p17)

 この考えの根底には、算数は人にとって生得的な能力の範囲内にあるという確信がある。フッサールが<理念>の生得性を説いたように、抽象思考そのものが生得的だと、遠山は考えていた。この抽象思考の能力を具体的な問題にあてはめて発揮できるように訓練するためには、そのことに相応しい問題を提供しなければならない。これは、具体的な問題から抽象思考へと発想する今の算数教育と正反対の考えである。そして、算数を難しくしている要因として、初等教育段階に相応しくない問題、ひねくれた問題や、不適切な文章表現の例をいくつか揚げている。例えば、

「1軒の家をたてるのに大工のAは40日かかり、Bは60日かかる。AとBがいっしょに働いたら、何日でできるか」

 この問題は、AとBの一日の仕事量をそれぞれa、bとして、二人が協力したときの一日の仕事量がa+bに等しくなるときはじめて解くことができる。ところが現実に則して考える子にとっては、そのことは自明ではない。二人の協力関係がうまくいけばa+bより大きくなるだろうし、非協力的ならa+bより小さくなるだろう。そう考える子は、この問題は解けないが、だからといって、その子の算数・数学の能力が劣っているということにはならない。

 瀬戸さんは次のような例を示した。

「「おはじきならわかるが、具体的なものだとわからない」とか、よく言われるのは「男の子5人、女の子3人、差は?」と言う問題で、「男の子からどうして女の子をひくことができるか」と真剣に悩む子がいるとかとか、、、」

 「おはじき」の例は、遠山が考えたように初等段階ではより抽象的なものの方が理解され易いことの一例と考えられる。
 「男の子5人、女の子3人、差は?」は、算数の設問としては文章表現が不完全すぎて、男の子と女の子の何の差を問うているのかわからない。もしかしたら腕力の差なのかもしれない。この場合、せめて「男の子5人と女の子3人の、人数の差は?」としなければならないだろう。問うているのが「二つの数の差」という抽象的なものに還元される緒を示してやれば、悩む子は減る筈だ。

5.算数教育における助数詞廃止論

 同様に、「5人の人に3枚の紙をくばると、何枚たりないか」、という問題はどうだろう。
 5人―3枚=2枚 としたら、人(人数)から紙(枚数)を引くとはどういうことか、混乱する子どもがいるだろう。これは、助数詞(注1)をまるで物理単位と同じように発想する教育の結果おこる混乱の例である。遠山は、次のように書いて「算数教育における助数詞廃止論」を主張した。

「子どもはそういう計算をやる段階になると、ネコ1匹と紙1枚というのは1対1対応がつくということをじゅうぶん知っているはずなのです。(中略) だから、これに枚とか匹という助数詞をつけることは、せっかく高まった子どもの考えかたを幼稚な段階にひきもどす結果になります。」(『水道方式とは何か』 p153)

 これを読んで気づくように、遠山は、助数詞を、いわゆる「単位」とはみなしていない。彼の助数詞廃止論の中に、単位の話はまったく出てこない。それどころか、助数詞に拘るのは「幼稚な段階」と言っているのである。

 この指摘に対して瀬戸さんは、助数詞は物理単位と同じ単位であり、算数から単位を廃止するとはとんでもない、という意味のコメントを残された。

 ここで、助数詞について少し整理しておこう。遠山が算数教育において廃止を主張したのは、具体物を数えるときの、「個」、「匹」、「枚」、など、一般名詞の数(分離量=離散量)に付ける接尾語としての助数詞である。これらは、「単位語」というくくりで、<単位に準ずる>扱いを受けるが、言語操作上も機能上も物理単位とは異質なものである。連続量に付ける物理単位は助数詞には含めないのが一般的(Wikipediaの「助数詞」参照)。

 助数詞は、「漢字圏」と呼ばれる国々の言語(中国語、ベトナム語、韓国語、日本語)および、南北アメリカ西海岸の土着言語など、環太平洋地域に特有のものとされ、印欧系の言語(サンスクリット語を含む)など、世界のほとんどの言語にはない。中国語では名詞の前に現れて、どのような性質のものを話題にするかを予告して、文の理解をスムーズにするはたらきがあるという。

 日本語の助数詞も中国語由来とされているが、ほとんどの助数詞は、機能上の役割が明らかでなく、そのため誤用も多く、それで大した不都合もない。少なくとも、物理的な意味は曖昧であり、算数教育でこれを廃止しても本質的な問題は生じない。もちろん、国語から廃止する訳にいかないのは当然である。

 特殊な助数詞として「回」や「倍」のように、動詞や形容詞、形容動詞を修飾するものがある。これに相当するものはどの言語にも存在し(英語の “times” )、これで受ける数を物理では無名数(単位のない数)として扱う。これを廃止する訳にいかないのは当然である。

 助数詞を廃すると、前掲二つの設問は、それぞれ
「男の子の数が5で女の子の数が3のとき、男の子と女の子の数の差はいくつか」
「人の数が5、紙の数が3であるとき、人に比べて紙はいくつたりないか」
と書き換えられる。こうすると、誤解の余地無く題意が伝わり、「単位の混乱」も回避できる。助数詞が、世界中のほとんどの言語には存在しないとすれば、ユニバーサルであるべき算数の世界において、これがなくてもなんら不都合はない筈である。だから、かけ算の勉強でも、「1あたりの数」と書く。「1人あたりの個数」などと助数詞をつけなくても十分理解されるからである。例えば、「人が5つ」、「紙が3つ」と、全て「つ」に統一したとしても誤解は生じない。要は、算数の問題では助数詞の前の数字だけが意味を持つということだ。

 一方、瀬戸さんは、ブログ記事のコメント欄で助数詞を物理単位と同様に見なす論を展開した。先のミカンの個数を求める問題を例に、次のように書く。
「「6人に4個ずつ」と言うことは、一人あたり4個だから、
4個/人×6人=24個となります。」
 これはまさしく、単位の計算である。どうやらこれが、今の算数教育の実態であるらしい。助数詞は単位ではないとの前提に基づく遠山の「廃止論」を知っていた私にとっては、青天の霹靂で、トンチンカンな質問をしてしまったほどである。

 ところで遠山は、「
ミカンを配るのに、トランプを配るときのやり方で配ると、1回分が6こ、それを4回配るのだから、それを思い浮かべる子どもは、むしろ、
 6×4=24 
という方式をたてるほうが合理的だといえる。」と主張した。
 私は、当然これは、「1(回)あたりの数」は6(個)で、「いくつ分」にあたるのは4(回)と考えて、(1あたりの数)×(いくつ分)=(全体の数)、という方式に当てはめたのだと考えた。敢えてこの場合の単位の計算をすると、6(個/回)×4(回)=24(個)、となる。

 これに対しての瀬戸さんのコメントは:

「私の場合は、
遠山啓の例のような場合に遭遇はしたことがないのですが、もし、そのように考える子がいたとしたら、
それはそれで、その子から聞き取りをして(と、言うか、いつも聞き取りをしています)、
その上で、かけ算の定義として最初に教えた「単位量×いくつ分」に立ち戻ります。
」

 つまり、その子が、単位量として「一人あたり4個」と考えたか、「一回あたり6個」と考えたか、あるいは、別の考え方をしたのかを聞き取りして採点に活かすということであろう。では、期待した通り、4×6=24 と解答した子にも聞き取りをするのであろうか。瀬戸さんの主張の文脈からすると、期待に反して、6×4=24 と解答した子だけに、その真意を聞き取りすると読み取れる。

 瀬戸さんの説明は一貫していて、この問題の場合、明らかに「1あたり」とは「一人あたり」でなければならない、その方が自然であるという発想に貫かれている。「回」は、具体物の数ではなく、普通は動作の数を表わしていて、英語では ”times” に相当し、物理学では無名数として扱う。だから、助数詞を単位とみなす以上、「1あたり」に相当するものとして「1回あたり」という発想は生まれにくいのかもしれない。

 しかし、助数詞は単位ではないという教育が徹底されていれば、子どもはもっと自由に発想できる筈である。いずれにしても、元の設問は、配り方を指定していないのであるから、遠山が想定したような配り方を排除しない。だから、遠山は、(1あたりの数)×(いくつ分)=(全体の数)という考え方を大切にしつつ、どちらが「1あたりの数」であるかは原理的に自明ではなく、計算の順序としてはどちらでも良いと主張したのだ。私は、遠山のこの指摘は正しいと思う。

 次回は、「水道方式」の立場から、「将来を見通した教育効果上の戦略」について、遠山がどのように考えていたかを整理し、その上であらためてかけ算の順序が自由であって良い理由をまとめる。
つづく

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注1:「数助詞」とも称されるが、この呼び名は「格助詞」のような「助詞」の一種を連想させる表現なので、用いない方が良いと思う。

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