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 かって、コソボやイラクでの劣化ウラン弾使用が問題になりはじめた頃、これを題材に講義をおこなったことがある。原発の核燃料を精製する過程で生じた残余物である劣化ウランが、精製直後はほぼ純粋なウラン238からなるのに、放射壊変によって様々な中間嬢核種を生じ、その性質を変えて行くプロセスを演習することで、天然に存在するウラン系列の壊変プロセスを理解する格好の教材になると考えたからである。その下準備としてインターネット上での議論を調べていくうちに、日本国内で様々な誤解や恣意的な解説が蔓延していることがわかった。この状況は現在も変わっていない。

 まず、「ウランと云うだけで私たちは核アレルギーになりますが、天然ウランの99%は放射能のないただの金属なのです。核燃料となる放射性のウラン235は約1%にすぎないのです」との記述が、石油会社に40年勤務したというある人のサイトにあった。これは問題外のアウトの外、つまり真っ赤なウソなのだが、ここまでド素人の見解につき合うヒマはない。

 ここで問題にしたいのは、日本国内において、劣化ウランについての理解度とその環境リスクへの評価の間に、ある奇妙なねじれ現象が存在していることである。その立場はおおまかに次の3つのグループに分けられる。

1.劣化ウランはα線を出すので体内被曝の面で極めて危険で、そのせいでイラクやコソボで白血病や癌が多発していると主張するグループ。最も熱心に劣化ウラン弾問題に取り組んでいるグループで、核兵器と原発をセットにしてこれに反対する反核グループの中に生まれ、「ウラン兵器」というくくりで世界から駆逐されなければならないと主張する。

2.劣化ウランのα線は被曝の面からはそれほどの危険性はなく、むしろウランの重金属としての化学毒性が問題であると主張するグループ。チェルノブイリ原発事故の疫学調査を行った医師グループなどから、コソボやイラクにおける癌などの多発現象が放射線被曝に主因があると考えるには早すぎるとの観測から出された。イラクでの本格的な疫学調査が必要であると主張する点では1.のグループと同じ。

3.劣化ウラン弾を通常兵器と区別して特に問題視する理由はないと主張するグループ。これは、政府筋の見解で、たとえば(財)日本原子力文化振興財団(以下、原文振)の平成16年6月のプレスレリーズNo.111には「放射性物質の中でも天然ウラン自体はそれほど放射線の強いものではないが、劣化ウランは不純物が取り除かれているため、放射線による影響は天然ウランの100分の1ほどと低く、際だって安全なウランと言える」との記述がある、

 さて、私が「奇妙なねじれ」と書くのは、原文振のパンフレットを注意深く読んで、さすがに専門家が書いただけあって、これをまとめた担当者こそが、実は、劣化ウラン弾の危険性を最も正しく認識しているのではないかと感じたからである。そこでは、「際だって安全なウラン」と結論づけるために様々な表現上の工夫がなされている。事実についてウソは書かれていないが、本質的なところで巧妙な隠蔽や非現実的な仮定も多いのである。その危険性をよく理解しているがためになされた涙ぐましい努力である。一方で、劣化ウランの危険性をアピールする前二者のグループは、いずれも、劣化ウランの本質的な危険性について科学的な理解が不足しているのではないかと疑われる。

 ここで簡単にウラン238の放射壊変について整理しておこう。ウラン238は半減期45億年の頻度でα線を出してトリウム234に変わり、これは半減期24.1日でβ線を出してプロトアクチニウム234に変わり、次に半減期1.17分でβ線を出してウラン234に変わり、さらに半減期25万年でα線を出してトリウム230に変わる。このような放射壊変を14回繰り返して、最終的には鉛206になって安定する。それぞれの過程ではγ線の放射も伴われる。したがって、精製直後はウラン238が100%であったとしても、やがてウラン系列の放射性元素であるいろいろな中間嬢核種を含むものに変質する。そのため、「劣化ウラン」という物質について議論するのと、ウラン238と呼ばれる核種について議論するのとでは全く意味・内容が違ってくる。

 確かにウラン238はα線とごく弱いγ線しか出さないが、これから生じる嬢核種が劣化ウラン中で次第に増えて、β線の放射も増加する。その強度を1秒当たりの壊変頻度の単位であるベクレルで計算すると、嬢核種の半減期の5倍ほどの期間を経過した時点で、ウラン238の壊変頻度と同じレベルに達することがわかる。つまり、精製後数ヶ月後には、トリウム234とプロトアクチニウム234からの高エネルギーのβ線がウラン238からのα放射と同じ頻度でおこることになる。この状態を放射平衡と呼ぶ。次のウラン234は半減期が25万年と長いので、これ以降の中間嬢核種からの放射線はとりあえずは無視してよい。つまり劣化ウランは、精製後数ヶ月を経るとウラン238からのα線の2倍の頻度でβ線を放射する物質へとその性質を変える。したがって、劣化ウランの放射線の危険性を言う場合、α線よりβ線に注目しなければならないのであって、前掲2者のグループが劣化ウランの放射能の本質についてα線だけに注目しているのは理解不足と言わねばならない。

 この点について、原文振のパンフレットには、ウランはα線と弱いγ線を出して崩壊する、とは書かれているが、劣化ウランは主にα線と弱いγ線を出す、などといったウソは一言も書かれていない。その代わり、上記のことを簡単に紹介しつつ、劣化ウラン弾に反対するいずれのグループもβ線の放射に気づいていないことをいいことに、あえてβ線のことは詳しくは書かずにおこうというスタンスも読みとれる。

原文振のパンフレットに「放射線による影響は天然ウランの100分の1ほどと低く」と書かれているのも、厳密に言うと正しくないが、専門家としてはどうとでも言い逃れのできる表現である。先に書いた理由から、ベクレルの単位で表す劣化ウランの放射能は、精製後数ヶ月を経た時点で天然ウランの14分の3をやや越える程度になる。その放射線は透過力の強い高エネルギーのγ線をほとんど伴わない点で天然ウランと異なっている。したがって、劣化ウランから数メートル離れた条件のもとでは「放射線による影響は天然ウランの100分の1ほどと低く」なるという記述は正しい。ただし、「放射線による影響」の評価は、劣化ウランとどう接するかで大きく変わるのであって、場合によっては、天然ウランの14分の3程度までリスクが高まる可能性がある。

 次に、重金属としての化学毒性について見てみると、原文振のパンフレットには「ウランは化学毒性のほうが重要」との見出しでやや具体的な解説がある。ただし、「あくまで「可能性がある」ということであり、最近行われた動物実験では、「影響はみられない」という結果も報告されている」として、結果的にこれを否定することに力点が置かれている。結局、「このようなことから、劣化ウラン弾を拾って長時間持ち歩いたり、あるいは劣化ウランの粉末が溜まっている戦車内に入って、舞い上がった粉末を吸い込んで肺にたくさん取り込んだりする場合を除いて、それほど心配のない物質である」という結論になっている。しかし、まさにそうした危険が戦時下のイラクでは日常的に存在していたであろうことは想像に難くない。「それほど心配のない物質」とはとても言えないことが、このパンフレットを注意深く読めばわかるのである。

 さて、私がここで指摘したいのはただ1点、劣化ウラン弾に反対しているいずれのグループも勉強不足ということ。

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古い記事にコメントで申し訳ありません。

「事実についてウソは書かれていないが、本質的なところで巧妙な隠蔽や非現実的な仮定も多いのである。」

というのは、やはり専門家のやることですから、素人よりも罪が重いように思います。

「劣化ウラン弾に反対しているいずれのグループも勉強不足」と、言うところで終わってしまうと、社会的無責任にも思います。

厳しいようですが。 削除

2009/2/17(火) 午前 2:14 [ 通りすがり ] 返信する

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コメントありがとうございます.

>劣化ウラン弾に反対しているいずれのグループも勉強不足」と、言うところで終わってしまうと、社会的無責任にも思います

まことにおっしゃる通りです.私もこれを書いた後,長らく反省しておりました.
ただ,あれからずいぶんたったのに,まだ「劣化ウラン=アルファー線」という誤った認識が改まらない方々が多く,ちょっと調べればすぐわかることなのに,なぜなんだろうという疑問の方がふくらんでいる訳です.
ご存じのように,最近,劣化ウランを巡るいくつかの重要な動きがありました.時間がとれたら新しいエントリーをあげたいと思っています.

なお,HNは不特定多数をイメージさせるものではなく,ユニークな固定HNでお願いします. 削除

2009/2/17(火) 午後 0:45 [ さつき ] 返信する

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