大田区大好きサットンの元気を届けるブログ

元大田クルーリーダーで現在はギリシャ料理店「スピローズ」オーナーのサットンが綴るYahoo!オフィシャルブログ。

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ブログをアメブロにしました

http://s.ameblo.jp/spyrostokyo/

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キヨシと遊んだ後は、かのんの3ヶ月目の誕生日と
ちょっと早めの100日祝いをかねて

銀座のオーストラリア発ギリシャ料理店
「アポロ」へ。

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銀座の新スポット「東急プラザ」の最上階に4月にできた
シドニー発のギリシャレストランということで超話題だ。

ここにはスピローズ六本木で長い間働いててくれたアンナさんが
今ホールでバリバリやっている。

で、先月にこのアポロのヘッドシェフの金澤君とスタッフ6人で
スピローズに遊びに来てくれたの。

その二つの縁もあって、ぜひ行ってみたいなと思っていたのが実現。


いつも家族ぐるみで仲良くさせてもらっている
六本木の時のオーナーの恵美子さんとも銀座で待ち合わせ。

恵美子さんは元気のかたまりで、
会うといつも元気が出る!

今年も一緒にギリシャへ行こうと計画中。


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まずはギリシャの神様の名のついたノンアルカクテル
「アステミス」と

同じくノンアルの「シシーポス」と「スタブロス」。

見た目も綺麗で夏っぽい♪


サガナキはハルミチーズじゃなくてケファロだったけれど、
ハチミツ入りでこれはこれでかなり美味しい♪
オリジナリティーがある。

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現地ではホリアティキサラダといわれるグリークサラダ。
これはまさにギリシャで食べる感じそのまま!

見た目も綺麗だ。

食べに食べまくってきた♪


アンナさんがお店をぐるっと案内してくれたり、
金澤君とも再会して、マネージャーを紹介してくれたり、
いたれりつくせりのディナーで本当に楽しい。


お店は広くて、キッチンもそーとー大きくて開放的!

夜景も銀座を見下ろして、行けば特別な一日になること間違いなし。

さっきまで蒲田の屋上にいた俺だけど、
夜は銀座の最上階に。

大好きな街と、大好きなギリシャ料理に囲まれて
嬉しい楽しい大好きなメンバーで夢みたいな一日。


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かのんの100日おめでとう!


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最後は、アンナさんと金澤君とみんなでアポロの入り口でパチリ!

日本に少ないギリシャ料理が少しでも広まるといいなーー!

もっともっとギリシャの素晴らしさを伝えたい。


頑張るぞ!


小さな町の小さな店「スピローズ」。
でも夢はでっかいんだ


アポロさんに、アテネさんにオリンピアさん、スパルタさん、
風の蔵さん、アッラパーチェさんと行ったけど、
まだ行けてないシュポールさんも行ってみたいし、
日本に数えるほどしかないギリシャ料理店、
みんなと仲良くしたい!

YES!
FUTURE!

未来は繋がってる


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昨日は早朝から営業開始前まで、
スピローズが映画の撮影で貸し切りの立会いだった。



親友のキヨシは別の友達と海行く予定で

「海パン履いて京急蒲田に行ったら中止になったつらい!」

とLINEしてきてスピローズに海パンのまま遊びにきた!

行く前から海パン履いちゃってるところがすごい!
と会う人みんな言うけど、俺には見慣れた光景だ。

↑麻痺してる人


撮影の立ち合いっても特にやることもないから
休憩がてらに、暇人の41歳、男子2人でお台場へ。


ダイバーシティであまり詳しくないけどパネルがあったから
ワンピースの写真とった41歳キヨシ

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で、お台場に行ったはいいけど特にやることも無い暇人2人41歳。
昼にはやっぱり蒲田に戻ってきちゃった。

勉強会帰りのもり愛とかのんも合流して、蒲田駅屋上へ。

「乗ると幸せになる」と言われている
都内唯一の屋上観覧車に乗ってみる

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かのんは初めての観覧車

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小さいけど、も屋上にあるからけっこう高い

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楽しそうな海パンキヨシ41歳

Tシャツは「TOKYO」

この謎のセンスがキヨシ


思えばキヨシと初めて会ったのは小学1年4組6歳の時。

3丁目公園で遊んでた俺たち。


今や41歳になった2人は、三丁目公園を卒業して
お台場からの蒲田観覧車。

大人になったなぁー俺たちも

↑なってねーから!




結局キヨシは一日中海パンだった





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うちに昔いたツトムという犬の話



ツトムは他の犬とのコミュニケーションが下手だった。
きっと自分のことを人間だと思ってるのか、他の犬が近づいてくると超警戒する。
で、ウゥゥゥっとやる。

でもたまに好きな子がいて、自分が好きな犬にはとても優しい。

自分勝手な犬だった。

俺に似たくさい。


よく散歩中にヒモをつけないで歩いてる飼い主さんもいるけど、俺はあれが怖くてしょうがなかった。

飼い主さんは笑顔で

「大丈夫ですよーうちのはおとなしいから」

って、

「うちのがおとなしくないんだYO!」

と思いながら遠いほうにツトムを引っ張って歩く。

母ちゃんに溺愛されて育ったせいか、留守番ができない。。。
誰もいない部屋に留守番させると
ウォンウォ−−−ンとそりゃ狼のように遠吠えをするの。


まさにベットに寝かせると泣いちゃう今のカノンと同じだ!
↑俺たち学習してない過保護家族

自宅の時は出窓で外を見ながらずっと座って悲しい目で待ってる。

千鳥の実家のお店にいるときはミシンの下がツトムの家。
自宅では出窓がツトムの家。

そんな元気で元気でわんぱくだったツトムも10年目を越えたあたりからちょっとづつ身体が弱ってきた。
後ろ足がすこしプルプルって痙攣する。
最初はなんか疲れたのかなぁーと思ってた。

でもまだまだ元気。
中2のときからツトムと一緒に過ごして、成人して、音楽も始めて、毎日一緒だったから家族と同じ。

ツトムは外見はいつまでも若いからなんだか年をとってるのが不思議な感じ。
でもやっぱり足がどんどん弱っていった。



家の前の我が母校千鳥小学校の桜が色づくと、
新一年生がランドセルを背負って入学式。
真新しいランドセルも、卒業する頃には
6年間の思い出がびっしり詰め込まれていく。

始業式にそれぞれ先生の紹介があって、
好きな子と同じクラスになれた子もいれば、
離れちゃった子もいる、
みんなの思惑が小学生なりに交差する朝礼を見ながら、
当時俺は家で仕事をしていた。



その頃13歳をすぎたツトムは、時折足がつらいのか起き上がるのに苦労する日が増えてきた。


母ちゃんは

「寝てる時にたまに急に死んだようになるんだ」

と心配していた。


ちょうどその頃うちのおばぁちゃんが亡くなった。
おばぁちゃん子だった俺はひどく悲しんだよ。

幼稚園の頃は母ちゃん迎えに来れない時は、
ばぁちゃんと一緒に帰った。
近くのマルエツの喫茶コーナーでクリームソーダを飲むのが楽しみ。


心臓が悪くて、その3年前に1度心臓が止まってしまったことがあって
救急病院に親戚を集められた。

でも医者もビックリするくらいの回復でその後は元気になった。
兄貴が住んでるハワイにも行ったし、なんだか旅行もたくさん行った。
そしてある朝眠ったように冷たくなってたの。


俺はあまり神様を信じないけど、
きっと神様がばあちゃんに余分に3年楽しませてあげたんだなぁと思ったよ。

前の日まで元気だったんだから。
みんなびっくりした。

動かないおばあちゃんの顔をツトムは不思議そうな顔をして見てたっけ。


ツトムはこの頃からやっぱり元気があまりなくって
オシッコの時も片足が上がらなくなってた。


おなかの周りが少し細くなって、よくに咳をする。
そんなツトムも15歳。


夏の風が校庭に小さな竜巻を作れば、
あの時1年生だった3年生がそれを追いかける。
ランドセルにはそれなりに3年分の歴史の跡がついている。

学校にも慣れてきた、でも進路なんてそんなに気にする時期でもない。
きっと一番純粋に学校が楽しい時期じゃないかなぁ。


その頃俺は念願のメジャーデビュー。

時速300キロで市街地を走り抜けるF1のそれに似て、
景色をゆっくり見る余裕があるわけもなく、
ときおり聞こえる沿道の歓声に胸を弾ませながら走り抜けた。

家に帰る時間が不規則になってきて、
ツトムとのコミュニケーションも少なくなってきた。

でも俺は家に着くとなるべくツトムをなでてみた。
足がつらそうだから足をマッサージしたりしてみた。

サンタクロースのことなんてとっくに昔の出来事のように感じる1月末、
母ちゃんが

「今日、朝ツトムが1度死んじゃった」
と泣いていた。

止まって動かなくなったけど、少ししてまた動いたんだと。
母ちゃんの横でいつも一緒に寝ているツトム。

俺は心配したけどどうすることもできないもどかしさを感じていたよ。



6月には17歳になるツトム。
1年に7歳年をとるって言うから人間で言ったら119歳じゃんか。

小さい身体で懸命に生と闘っていた。


潮の満ち干きは月の引力に関係してると聞いたことがある。
生き物は潮の満ちるときに生まれて潮が引くときに死んでいく。
生き物は身体の多くが水分なんだって。
それも関係あるのかもしれない。



2月7日




いつもより少し寒くて俺は部屋で、
なぜか起きてるのか寝てるのかさえわからない感じで
まどろむようにしてた朝6時前。

外はまだ暗い。

朝日の到来を待ちきれない牛乳配達のバイクの音。

少しすると母ちゃんが部屋をノックした。



「ツトムが逝ったよ」



横たわる姿は今までで一番生気のないツトムの姿だった。

母ちゃんの布団の上で一度顔をすり寄せるようにしてからカクンと逝ったんだって。

涙が止まらない母ちゃんがツトムを撫でていた。

俺もツトムを撫でた。たくさんたくさん撫でた。

「よく頑張ったね」

と声をかけた。

母ちゃんの腕に抱かれてうちに来たツトム。

最後も母ちゃんに抱かれて逝けて幸せだっただろうなぁと思った。


みんなが花を持って会いに来てくれた。

みんなに愛されて育ったわがまま犬。

みんな会いに来た。

まるで偉い人が死んだみたい。



俺はツトムが初めてうちに来た日を思い出した。
俺は「組長」という名前にしようと言ったの。

みんなこうやって会いに来てくれてやっぱりあの時名前を「組長」に
すればピッタリだったなぁと少し笑った。


それから2日後、ツトムを動物の墓地に埋葬することにした。
人間と同じように焼いてもらえるなんて少しびっくりした。

ツトムの骨はとても小さくて、小さな小さな骨壷に収まる。
それを納骨した。

部屋に帰ってツトムがカジッて傷だらけの柱を見た。

オシッコの跡を見た。

爪でひっかいた壁の傷を見た。

主のいない出窓を見た。


なんだかいつもより静かな家。
静かな夜。


あれから11年。
家にいると今でもたまにツトムがいるんじゃないかと思う時があるんだ。



俺の家族でもあって、親友でもあったツトム。



あの時1年生だった子達はもう高校三年になった。

みんな大人だ。


今日も千鳥小学校はあの時と変わらず校庭でわいわいと声が聞こえる。


いつもの景色。

いつもの声。



我が家にかのんが生まれた。
つとむが死んでからずっとひきづってた母ちゃんが嬉しそうに笑う。

初めて親孝行がちょっとできた





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よく悩み相談をされるけど、誰だって不安になることなんて星の数ほどある。

みんな同じだ。


ひそひそ話が自分を笑ってるように思えた日。

人の顔色を伺ってしまってばかりの自分に気付いた日。

みんなが自分をバカにしてるように感じた日。

頑張ってもなかなか成果がでない日。


でも無駄な日なんて一日もなくて、俺達にとって今日は必ず必要な一日だ。


悩みや失敗や笑顔や涙や汗や喜びは全部明日につながってる。


だからどんなつらいことだって笑い話になって、思い出話になってきた。


今はツラかったって、いつかの自分はちゃんと笑い話にしてくれてるさ。


だから今を少し楽しむ。



下向いてたらウンコは踏まないかもだけど、
夏の青空や太陽にだって気付けない。

ウンコ踏んだっていいじゃんか

胸を張って歩こう


1年は、俺と誰かと誰か、つまりみんなをつなぐ365歩のマーチ!


毎日同じように見えて同じじゃないぜエブリデイ!


誰かの顔色を気にするなんてナンセンス!

笑いたい時に笑って、泣きたい時に泣くんだ俺達は。

だって俺の代わりは俺しかいないんだし、
お前の代わりもお前しかいないんだ!

だから笑っておくれよ!


心の中のミラーボールが回る

照らしだすのさ俺達を


森羅万象!


全部が全部つながってる!


だから頑張れ!頑張る!頑張ろう!


潰れちまいそうなお前への奮魂詩!!



お前の元気は俺の元気で、これを読んでる誰かの元気になるのだ。



お前のブーツにゃ、ガラガラヘビ!



昔も書いたけど、

公園で遊んでるチビっこ達が3人で地面に枝で
地面に絵を書きながら歌ってた。


なーみだくんさよなら

さよーならなーみだくん!



ってなんでそんな歌知ってんの!?


俺が生まれる前の歌じゃね?



あ、てかなんで俺も知ってんの!?





なんか暖かい気持ちになった。


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