「カルテット」(2001)
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尼崎にはじめて行ったのは、2001年秋というから、中学二年の時だった。それまでひとりで神戸市の外へ行くなんてこと、というかひとりで電車に乗ってどこかでかけるなんてこと、ほとんどなかったから、かなりどきどきしながら、家から坂道を下りて阪神の春日野道駅から電車に乗った。 尼崎の駅で覚えているのは、川が流れていて、川沿いが大きな公園になっていたということ。そして駅前にちょっとごちゃごちゃした商店街があって、おなじくごちゃごちゃした楽器店があったと思う。それらを横目に素通りしながら、ぼくが向かったのはスクリーンが二つほどのミニシアター。これまで映画というと家族で阪急三宮の高架下にあった(!)三劇かハーバーランドのモザイクくらいで、こうしたミニシアターというのも、はじめてだった。ただ、そんなはじめてづくしのドキドキにめげず、それでもぼくには見たかった映画があった。 ぼくのお目当ての映画のとなりで上映されてたのは、確か仮面ライダー。しかもどこかデザインがグロテスクで、子ども向けじゃなくて大人向けの作品らしく、なんで仮面ライダーが子ども向け映画じゃないんだと、小さなロビーでひとり考えながら、多くの子どもたちが親御さんとともに楽しみに待っているのを眺めていた。 そして開場。小さなスクリーンで、ロビーの音が漏れてきていた。明かりが消え、その暗闇の中に浮かび上がったのが、四つの楽器。第一第二ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ。弦楽四重奏。その映画のタイトルも「Quartet(カルテット)」だった。2001年に公開された、久石譲監督作品。 久石さんはいわずと知れた音楽家。テレビドラマにCM、そして映画で、久石さんの音楽を聴いたことがない人は、たぶんいない。ぼくもそのころ、大がつくほどのファンで、レンタルビデオ屋さんでは久石さんが音楽を手がけてる作品は片っ端から見てたし、気に入った曲は楽譜を買って来て、ピアノなんてろくに触ったことすらなかったのに、家にあったオンボロキーボードでポロンポロンとやっていた。特に気に入っていたのは、北野映画と宮崎映画。まったくと言っていいほどタイプの違う二人の映画監督をつなげていたのは、他ならぬ久石音楽で、ぼくの映画の好みがどちらかに偏らなかったのも、その異なる映画世界を紛れもないひとりの音楽家が取り持っていたということに、大きな理由があると思う。映画っていうのはこういうものだと、北野映画だけでも、宮崎映画だけでも、ぼくにとっては語れなかった。たぶん、どちらか一方だけで満足していたら、ぼくはただの映画オタクで、映画を撮ろうという発想は持たなかったかもしれない。その二つをつなぐ音楽という視点。ピアノで久石さんの曲を弾くことは、映画の作り手の側の感覚を疑似体験することだったのだから。今のぼくの出発点のひとつは、紛れもなくそこにある。 「Quartet」の話に戻ろう。 暗闇の中に浮かび上がった四つの楽器。その楽器が音を奏ではじめると映画がはじまる。場所はアンサンブルコンクールの会場。主人公の四人はそのコンクールで、大失敗を経験する。それから三年の月日が流れる。 バラバラの三人が、その夏ふたたび巡り会う。それぞれの三年は、いろいろな苦労があって、奇しくも似通った境遇に陥っていた。東京の有名なオケの団員募集オーディションで再会を果たした四人は、またカルテットを組んで、三年前の大失敗を経験したあのアンサンブルコンクールに出場することになった。 大学の教授の紹介で、東北から東海にかけてのアンサンブルツアーの仕事を引き受け、思う存分練習をしながら、四人は一緒にそのひと夏を過ごす。聴いている人なんてひとりもいない、とんでもない会場での演奏や、牛舎での練習・・・トラックの荷台や、炎天下での徒歩での移動・・・それはいつも音楽に乗って、ひとつひとつの情景は流れていく。 それにしても、この四人はバラバラで、仲もそれほど良くない。ツアー中も衝突が絶えず、お互いの理解は深まらない。いまそれぞれがどんな境遇にいるか、結局ほとんど知らないまま、ただ一緒に移動して、一緒の宿に泊まり、一緒にご飯を食べ、一緒に曲を演奏する。この四人をつなぎ止めているのは、音楽だけだった。音楽だけが、この四人の人間を、カルテットという仲間にしていた。 旅の終わり、夏の終わり。ツアーから帰った四人を待っていたのは、それぞれの現実。四人はどこまでもバラバラの四人で、コンクール出場さえ、最後の最後まで、危ぶまれた。 そして、コンクールへ・・・。 この映画で、音楽が果たす役割は大きい。そもそもこの四人がカルテットとしてひとつになる理由は、音楽というもの以外にはない。映画のラスト、コンクールが終わったら、四人がそれぞれの道に別れていくのも、音楽という絆がひとつの区切りを迎えたからに他ならない。それぞれ別の方向へと歩み出す。お互いに干渉はしない。ちょっとドライな関係だけど、人ってそういうものなのかもしれない。 いま、歩み出したそれぞれの道の途上にいる。ちょっと挫折して、昔の仲間に再会して、ひと夏を過ごす。でもその夏が終われば、やっぱりまた、帰る場所はそれぞれの道なのだ。監督の人生観も、たぶんそういうちょっとドライなものなんだと思う。いつもつながっていようとは思わない。だってそんなの無理だから。それよりもなによりも、それぞれの人生でちゃんとしてなきゃダメなんだ。いろいろなことを抱えて、それでもひとり立っていなきゃダメなんなんだ。そうしてはじめて、対等なメンバーとしてこの人生のカルテットに参加できる。 この映画は紛れもない青春映画だけど、すべてを投げ出し、打ち解けた仲間がひとつになって、がむしゃらに努力することはすばらしいんだ、とか、絆はいつまでも変わらず、普遍的にすばらしいんだ、とか、そいうことを決して叫んでない。性格も歩んで来た道も違う四人だから、音楽という絆で結ばれて、ひと夏を過ごしただけで、それぞれの人生がガラッと変わるわけじゃない。夏が過ぎれば、それぞれの道に戻っていく。それは、きっとあらゆる音楽家も同じだと思う。演奏会やツアーが終わったら、やっぱりバラバラに戻っていく。次また共演するのは、一年後かもしれないし、何年も何十年も先のことかもしれない。それは確かにちょっとドライな関係と言えるかもしれないけれど、でも決して冷たい関係なんかじゃないと思う。だって、その出会いの旅に奏でられる音楽が、あんなにも素晴らしい響き合いを演じてみせるのだから。 映画の中で四人が共にした演奏ツアーは、結局は詐欺で、散々なものだったけど、でもこんなにさわやかな印象で、まぶしい思い出として残っていることは、その間ずっと流れていた四人の奏でるカルテット(四重奏)を抜きにしては、すこしも説明することはできない。 はじめて行った尼崎で、ぼくがどれほどこの映画のことを自分なりに噛み締め、飲み込んでいたか、それはいまとなってはわからない。たぶんあの時は、映画として受け止めたと言うより、ひとりの久石ファンとして楽しんだだけだったと思う。でもそれから十年経って、この映画をもう一度見たとき、その頃の記憶はほんとうに大切なものに思える。もちろんそれは、よくもわるくも、で、いろいろなことがあったし、それでいまいろいろな結果として残ってしまっていて、そう単純に「いい思いでだった」「いい時代だった」なんて言ってしまえないこともあるけれど、でも、それでもぼくはあの頃を「最低だった」と後悔とかそいうマイナスの言葉だけで語ってしまいたくないと思う。だってそれは、これから未来をあきらめるということだから。 人生、いろいろなことがある。でも自分で勝手にあきらめて、嫌になって終わらせなければ、未来はある。青春映画でぼくが好きなのは、まさにそれ。今の状況を周囲のせいにしてしまわないで、自分の問題なんだと引き受けた時、物語ははじまる。そして、大抵はそれほどだらだらと長くはない(それゆえにきらきらとした一瞬の輝きみたいなものがある)物語が終わるとき、ぼくら自身と、取り巻く世界は少し変わっている。そしてたぶん、これからの未来が予感される。それが、青春映画。それはたぶん、最近ぼくがハマってる児童文学とかにも言えることだと思う。あきらめなければ未来はある。何度だって、もう一度やってみることが出来る。 そうじゃないと言う人もいるかもしれない。現実はもっとシビアだと、深刻な顔してつぶやく人もいるかもしれない。でも、いまのぼくにそういう人たちの言葉に耳を貸す余裕はない。現実というヤツが、ぼくが思う以上に救いがあるのか、ないのか、そんなことはしらない。たぶんそれは、最期の最期にわかることなんだという気がする。だから、ちょっと開き直って、いまぼくはこういう自分を守っていこうと思う。そして、青春映画や児童文学で語られるような希望を、胸を張って、口にしていきたいと思う。・・・はい、がんばります。 おまけで、ちょっと懐かしいので、「Quartet」には出てきませんが・・・ どうでもいいことですが、これはぼくが一番好きな曲で、もっとどうでもいいことですが、この映画のサントラは、ぼくがした人生で最初の贈り物でした・・・。
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