「秋日子かく語りき」(大島弓子 作)〜輪廻転生について考えました〜
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漫画に限らず、映画、ドラマもそうなんですが、ほんの一回見ただけなのに、忘れられない作品ってありますよね。
私にとって大島弓子さんの「秋日子かく語りき」がその一つです。
本当に一度しか読んでいません。それなのに、ずっと印象深く残っています。
何年かたってBSマンガ夜話でとりあげられたり、ドラマになったりして、評価されている作品だったんだなあ、と思っている次第です。
【物語】 普通の主婦、というよりおばさん・竜子と、のほほんな女子高生・秋日子。二人はあの世とこの世の境目で出会います。 そこに天使様が会われて、二人は事故に遭い、竜子は死んでしまったこと、秋日子の体は元気で、ここにいるのは間違いだから、帰りなさいと話します。 納得できないのは竜子です。このままじゃ死ねないと、天使様と秋日子に頼みこんで期間限定で秋日子の体に蘇ることになります。 竜子は秋日子となって、自分の生きた証、家族の絆を確認しようと奮闘します。一方、それまでとはうって変わって、おばさんくさい奇怪な行動をする秋日子に友人はやきもき。
大島弓子さんといえば一般的には、いつか人間になれると信じているチビ猫を描いた「綿の国星」が有名ですが、その他にも独特な作品がたくさんあります。
「秋日子〜」のように心と体(絵)がミスマッチな物語もたくさんあります。先述のチビ猫もそうですよね。
この作品は、ロングヘアの女子高生、秋日子のおばさん的行動も面白いのですが、印象深いのは、最後のシーン。おばさん竜子が去り、本当の秋日子が体に戻ってからの友人との会話です。
竜子は秋日子の友人には本当のことを話していたのですが、現実的な友人はそれを信じていませんでした(最後は信じたのでしょうね)。
(以下、うろ覚え部分もあるので台詞が多分違います。ご容赦を) 秋日子は友人に語ります。 あっちにいた間、天使様(神様?)とお話していた。竜子さんは今度はお姫様に生まれ変わる。
友人は聞きます。じゃあ、みんながなりたいものが同じだったらどうするのか。
秋日子は答えます。
そして最後は友人の語り・モノローグで終わります。
これを読んだ時、秋日子の語った輪廻観は、すごく印象に残りました。
なんでもなりたいものに生まれ変われるなんて素敵じゃないですか。 でも、来世への希望は今生を否定しかねないものだし、複数の魂が一人の人間になるっていう考えも受け入れがたくて、当時の私は、友人のモノローグの方に強く同意ました。
何年かたっても、この秋日子の語った輪廻について考えます。
次に生まれかわるとしたら・・・・・って、誰でも一度は考えることではないでしょうか。
なんでもなりたいものに生まれ変われるとしたら、何に生まれたい?
竜子おばさんはお姫様。女性が一度は見たことがある夢ですよね。でも、現実の世界はお姫様以外の存在がたくさんです。秋日子流の輪廻観によれば、どんなに不幸な人も、ふがいない人も自ら選んだ生ということになります。でも、そんなものかも知れません。そういう輪廻観って他にも聞いたことがあるような気がします。
お金持ちの子、美人な子、世界的な特殊能力を持つ子、頭のいい子、誰からも愛される子、世界を動かす人生・・・。 いろいろあります。でも傍目にどんなに羨ましく見えても、誰もが彼らなりの苦労と不幸と、自分では分からない欠けたモノを持ちます。
秋日子の「何にでも生まれ変わることができる」は希望のようでいて、本当の救いではない。
似たような考え方を手塚治虫さんの「ブッダ」で読みました。この漫画でもう一つ考える輪廻観が複数の魂で一人の人になるということがあるということ。唯一の魂=一つの人生 という考えを覆すもので、あんまり受け入れたくはない考え方です。 これもうろ覚えですが、だいたいこんな感じです。 ブッダは死に瀕したスジャータという娘を助けるため、彼女から抜け出た魂を追って、現世ではない世界へと行きます。 スジャータの魂はしかし、大きな枝のようなものに実のようについてしまい、その姿も他の多く実のようなものと見分けがつかず、どれかわからなくなってしまいます。困ったブッダの前に老人(多分、霊的に偉い人)が現れ、どれでも同じだから好きなのを持って行けと言います。 ブッダは適当にその中の一つを持ち帰り、スジャータの体に入れると、果たしてスジャータは元の彼女の記憶のまま蘇ります。秋日子にしろ、ブッダにしろ、つまり魂と人生はイコールの唯一無二の関係ではないということなんでしょうか? 人生とは、ソフトやデータのようなもので、どのパソコン(魂)で読み込んでも同じだと。
いろんな生を経験することに魂は意味があるんだということも聞きます。で、あれば、複数の魂で一つの人生を生きても、それはそれで意味があるのかも知れません。
なあんてね、宗教な話になっちゃいました。
考えた挙げ句、とりあえず生きているからには、秋日子の友人のいうような考え方を根っこに据えておかなきゃねと、自分の中で結論づけちゃいます。
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