この数日、悲しいニュースが舞い込んでいる。まずは8/4、名古屋の東海テレビが岩手産米プレゼント当選者発表について、誤ったCGを放送事故で23秒間放送したという。そこには見るもおぞましい文字が書かれていた。「怪しいお米」「セシウムさん」・・
そして8/7日曜は、京都市が取り上げられた。16日に行われる「五山の送り火」に岩手県陸前高田市の松を使う計画が、放射性物質の汚染を不安視する声を受けて中止が決まったというのだ。
「事実は小説よりも奇なり」とはよくいったものだ。まさかこんな醜い事件が立て続けに伝えられてくるとは。
放射能問題はとても複雑なものだ。まず先日に示したように、当社は白金豚、その飲用水、そして土壌について安全を確認している。そして盛岡の清浄度については、毎日文科省が示してくれている。
私個人は、岩手の食は高確率で安全だと思っている。しかし実際に、一部にセシウムで内部被曝した牛肉や高濃度に汚染された腐葉土が確認されたりといった問題が横たわっている。安全宣言などできる状況ではないが、岩手は北海道に次ぐ広大な自治体である。ひとくくりに汚染イメージが広まっている誤りを悲しく思う。
化学的検証は別の機会にするとして、今回はブログらしく、私が思いついたいくつかの文学をここに雑然と披露して、風評へのせめてもの抵抗としたい。人はいかにしたら、寛容になれるか?それには見識の深さと広さを身につけなければならない、と思うからだ。
「マクベス」/シェイクスピア
綺麗は汚い、汚いは綺麗・・・左記のフレーズはマクベスに登場する魔女が唱えるとても薄気味悪いセリフである。しかしこれには、一見綺麗なものには汚い側面がある。そして一見汚いものが実は、本当は美しいという世の真理が語られている。人間を思うとき、いつもいろいろと考えさせられる台詞だ。
「鏡」(「ボッコちゃん」収録)/星新一
ショートショート。ある日、合わせ鏡の世界から「悪魔」を捕まえるのに成功した夫婦。「悪魔」を痛めつけているうちに・・この作品の「悪魔」は何も行動しない。にもかかわらず、勝手にエスカレートしていく、夫婦の残酷な行動が、今回の事件に関わった者達のその行く末に重なるようだ。
「猫の事務所」/宮沢賢治
寓話。すすけた「かま猫」は、いつも陰湿なイジメにあう。そんなどうしようもなく醜いやりとりがむかえる、そのラスト。宮沢賢治はいう、「ぼくは半分(略)同感です」と。どうして半分なのか、その半分こそが現実を生きる私達に託されているものだ。私達は、自らの生活のなかで、これを越えていかなければならないのだろう。
「ジョジョの奇妙な冒険」(第4部)/荒木飛呂彦
漫画。作者の巻末コメントを一部転載させたいただきたく。「世の中を見渡してみると本当に『強い』人っていうのは悪い事はしない事に気づく。 「悪い事をする敵」というものは「心に弱さ」を持った人であり、真に怖いのは弱さを攻撃に変えた者なのだ。」(第46巻)この作品、4部の舞台設定は仙台市だともいわれている。実際の仙台市は既に都会だが、氏の表現する古き良き町並みのなかで繰り広げられる超能力の駆け引きが魅力的な作品だ。
以上
私は深い読書家ではない。人並みに移動時間に本を読む程度である。しかも、読んだ当時にはろくに理解できていないことも多い。あぁこういうことだったか、気づくまでに数年かかることもある。今回は、恥をおして、私の知るいくつかの物語をここに紹介してきた。もしこのブログ読者に未読の作品があれば、夏休みの読書の参考になれば幸いである。
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