「俳句航海日誌百句」(その四十九)
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四九 死ぬために激しく飛ぶや蠅生まれ
清水昶の、「俳句航海日誌」(一から五〇〇)の中に、次のような記録がある。
「 向日葵のなかに一頭蝶が死す 2000/07/19 15:25
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(俳句余白81)何故「蝶」は「一頭」と数えるのだろう?外国でもそうなのかな。
(俳句余白82) 『夕焼けて疎し家あり曼珠沙華』
「あきこ」さま、三島由紀夫の場合、「死」は命懸けの美学でした。彼にとって「文学」とは、また命懸けの人生そのものでもありました。
はたして私達は「文学」に命を賭ける事が出来るだろうか?
三島由紀夫は「文学者は死ななければならぬ」と言いました。それに答えて埴谷雄高は「文学者は啓示だけをしていればいい」と三島をつっぱねました。この両者の問いを前にして「私は文学者ではないから・・・」という逃げは許されないような気がします。青年期の小生の詩作品を評価してくださった村上一郎は三島の後を追うように日本刀で自刃されました。これらの問いは何か時代の趨勢の中で発せられたような気もしますが、今でも他人事とは思えません。
絵馬さんの門を叩いてみようかな?破門を覚悟の上で。我が想い悲壮なり! 」
清水昶にとって、「死」は、三島由紀夫や村上一郎の「自刃」と絡み合っているように思われる。
掲出の句なども、この「蠅」を、三島由紀夫や村上一郎に置き換えて見ると、昶の心象風景のようなものが、見えてくるようにも思えて来る。
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