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2012年2月14日

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ベリー提督日本遠征記 

 
 日本の鎖国を開くに、幕府のぬらりくらりした態度に対して、一戦も辞さない強硬さや恫喝が一番であったのであろう。長崎で交渉していたならば、幕閣の回答の伝達に数ヶ月かかり、江戸湾に強硬に乗り込んできたのは正解であった。
二年にわたる黒船騒ぎもペリーが去ると江戸っ子はこのような川柳を詠んだ。
「騒がしてやったとペルリと舌を出し」
ペリーはその航海で日本をつぶさに観察し「ペルリ提督日本遠征記」(岩波文庫から邦訳されている)を著してベストセラーになった。ほんの一部ですが紹介します。
『日本人が一度文明世界の過去および現在の技能を所有したならば、強力な競争者として将来の機械工業の成功を目指す競争者に加わるだろう。あまり年を経ずして、日本が東洋のなかで最も重要な国家の一つに数え挙げられるようになるであろう』
幕府当局の危機管理能力の欠如を軽蔑しつつも、国民は礼節を尊び、教養が高いとほめ、好奇心が強く進取の気象に富むから先進国の文化を容易に吸収するであろうが、精鋭な武器を与えれば世界無比の好戦国民になりかねない、と記し、後の日本を予言するかのようで恐れ入ってしまう。

4月10日、ペリーは艦隊を下田に回航させる前に数人の仕官を従えて上陸し、幕府役人の案内で神奈川郊外を視察した。ある村で「町長」(名主であろうか)の自宅に招かれ、酒と茶菓の接待にあずかった。「町長」の妻と妹が給仕にあたったが、こうした女たちの態度と行動にペリーたちは好感を抱いたようである。「遠征記」は日本の女性の地位について次のように書きとめている。
「日本の社会には、他の東洋諸国民にまさる日本人民の美点を明らかにしている一特質がある。それは女性が伴侶と認められていて、単なる奴隷として待遇されていないことである。日本の母、妻、および娘は、中国の女のように家畜でもなく、一夫多妻制が存在しないという事実は、日本人があらゆる東洋諸国民のうちで最も道徳的であり、洗練されている国民であるという優れた特性をあらわす著しい特徴である。この恥ずべき習慣のないことは、単に婦人の優れた性質のうちに現れているばかりでなく、家庭の道徳がおおいに一般化しているという当然の結果のなかにも現れている」
既婚女性が常に厭わしい歯黒をしていることを除けば、日本婦人の容姿は悪くない。若い娘はよい姿をして、どちらかといえば美しく、立ち居振舞いはおおいに活発であり、自主的である。それは彼女らが比較的高い尊敬を受けているために生ずる品位の自覚から来るものである。日常相互の友人同士、家族同士の交際には、女も加わるのであって、互いの訪問、茶の会は、合衆国におけると同じように日本でも盛んに行われている」

この日の視察で得た他のことも記しているが、そこでは、「下流の人民は例外なしに、豊かに満足しており、過労もしていないようだった。貧乏人のいる様子も見えたが、乞食のいる証拠はなかった。人口過剰なヨーロッパ諸地方の多くのところと同じく、女たちが耕作労働に従事しているのもしばしば見え、人口稠密なこの国では誰でも勤勉であり、誰をでも忙しく働かせる必要があることを示していた。最下層の階級さえも、気持ちのよい服装をまとい、簡素な木綿の衣服を着ていた。あらゆる階級の人々はきわめて鄭重で、外国人について知りたがり屋だが、決して図々しくでしゃばりはしない。彼らの習慣は彼ら自身の間では社交的で、しばしば互いに親しい交わりをむすんでいる」と描写している。

4月18日、ペリーは旗艦ポーハタン号とミシシッピ号の二隻の蒸気船を率いて下田に入港した。
「下田の町は小じんまりと建設されていて、規則正しくできている。街路の幅は約20フィートで、一部分には砕石が敷かれており、一部分は舗装されている。下田は進歩した開化の様相を呈していて、同町の建設者が同地の清潔と健康に留意した点は、我々が誇りにする合衆国の進歩した清潔と健康さよりはるかに進んでいる。濠があるばかりでなく下水もあって汚水や汚物は直接に海に流すか、または町の間を通っている小川に流し込む」と、清潔と健康に留意した町づくりを称賛している。
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上は『ベリー提督日本遠征記』にある函館の町の挿絵 そびえる山は函館山でしょうか。
ペリーは5月13日下田を出港し、5月17日函館の港に投錨した。函館の街路は互いに直角に交差するように整然と建設され、道幅も広く、排水をよくするために砕石が敷かれ、両側に排水溝があり、排水はこの溝から下水渠をとおって海に排出されるとある。
「函館はあらゆる日本町と同じように著しく清潔で、街路は排水に適するようにつくられ、たえず水を撒いたり掃いたりしていつでもさっぱりと健康によい状態に保たれている」
教育については、下田でも函館でも、書物は店頭で見うけられ「明らかにおおいに需要されるものであった」として次のように述べている。
「人民が一般に読み方を教えられていて、見聞を得ることに熱心だからである。教育は同国いたるところに普及しており、また日本の婦人は中国の婦人とは異なって男と同じく知識が進歩しているし、女性独特の芸事にも熟達しているばかりでなく、日本固有の文字によく通じていることもしばしばである。アメリカ人の接触した日本の上流階級は、自国のことをよく知っていたばかりでなく、他の国々の地理、物質的進歩および当代の歴史についても何事かを知っていた」
総体的にペリーは日本を高く評価していますね。それは他のアジア諸国と比べてのことであり、長い鎖国下においてかなり異なった文化的・社会的発展を遂げたる国であることを認めています。しかし所詮、欧米の文明人対アジアの野蛮人という二極構造からなる価値観で見ていますね。ペリーは日本人に対する記述の中で、「子供のように」という表現をよく使う。子供である日本人は大人である欧米人からものを学ばねばならないということですな。
 実話なんですが、NYの古本屋で、店主に日本人なのかと訊かれ、3冊からなる原本の『ベリー提督日本遠征記』を勧められた。それを2千ドルで購入した人がいた。高いか安いかわからないが、店主に「出された時はよく売れたそうだね」と言うと、「売れた理由はこの絵さ」と、示されたページが混浴の銭湯の挿絵だったという。ということで次回は混浴について触れたい。
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