何でアクセサリーだったんだろう 〜その2
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難しいことを書くつもりはないのですが
このカテゴリーはチッと語っちゃう
・・かも
いえ・・語ります
で、「何でアクセサリーだったんだろう?」ってことですけど、
それはやっぱり「全責任が自分にない」ってことに尽きますな〜 フォッフォッ…ふぉっ〜
前にも別のカテゴリーでチョコっと書いた事があるかと思うんですけど、
私の両親ともに「器用な家系」で その両方のDNAをいただいているので、
いわゆる 指先・家庭科系。。。
包丁にぎっても、ミシン踏んでも、編み針持っても、針糸持っても、、、絵筆持っても、、
得意不得意に関わらず 〜自分的には苦手でも〜
ソコソコ人並みに出来てしまったり… イヤミだねぇ…
あ、和裁は××でした。
それはね、縫うのは上手なんだけど
数字に弱いので 普段使う事のない寸尺 を使いこなせなくて、
出来上がりが信じられないサイズだったり、、
指芸以外の事でダメダメだったのダっ。 oh
だけど そのどれも素材から「自分で組立てていく」っていう
ある意味、出来映えの善し悪しの責任が 全部自分の才能 っていう コワサがあると思う。
それに、どれも一度失敗すると 途中からの手直しに苦労するものばかり。。。
でも、アクセサリーって 素敵な素材をみつけてきて組み合わせればいい っていう
バイヤー力とコーディネイト力が出来映えの半分以上を占めているので、
素材力半分、自分の才能半分、要するに半分の責任でいい! と勝手に思ってます。
そういう意味では ファインジュエリーも同じ。
良い石があれば 半分以上はその石の持っているオーラが素敵な出来映えを持って来てくれる。
デザインの責任は、そのオーラを邪魔しない事だったりするし、
自分で作らないデザイナーの場合は 画がヘタでも デザインがヘボでも
腕のいい職人さんがすべてをカバーしてくれたりもする。
それに私は 色々実験しながら作っていくやり方が好き。
実験には失敗がつきものだけど、
アクセサリー制作の場合は失敗しても、そこからすぐに 気軽に やり直せるのも〜 楽でイイ
そうやって とことん自分の納得がいくまでいじくり倒せるところが
執念深い性格にあってるんじゃないかしらん。 今思えば…
アマアマ根性無しなので、、『責任』が嫌いだったのかも。
う〜ん、責任っていうよか、自分の才能を評価されるのが怖かったのかもね〜
今はね、、もういい歳こいてますし、それなりの修羅場もくぐって来ましたのでね、
責任大丈夫ですし、評価されるのも怖くなくなりましたけど。。
そういえば近年、全責任は私が取りますから! な〜んてカッコ良く言い放ったこともあったな〜
でも、その場合の全責任って何だったんだろう? nazo。。
というわけで 志を持って飛込んだ世界なのに
自覚のなさゆえのヘタレ根性で 早々に尻尾を巻いて逃げ出しはしましたが
それでも『アクセサリー』が性にあっていたんですね。
ファインジュエリーから アクセサリーへ
扱う素材はかわりましたが 好きこそ物の上手なれ! で
ここは根性をもって歩いてきたわけです。
だんだんね。。
誇大妄想から等身大の自分へ…
というオチでございました。
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