鞆の浦日記
弁天島福寿堂はいつ創建されたのか?数世紀に亘って鞆の浦の代名詞ともなている仙酔島や弁天島、皇后島などの島々が織りなす美しさに華を添えているのが、この弁天島の福寿堂です。
江戸時代の史料「あくた川のまき」には江戸時代前期の正保年間に時の鞆奉行であった荻野重富(姓が荻原という説もあり)が再建したと記述があります。
再建したということはそれ以前もあったようですが、はっきりした事実は分かりません。
では現在の福寿堂はいつ建てられたのか?
ここに二つの写真があります。
大正後期の絵はがき写真と現在の写真です。
よく見ると昔の建物は漆喰壁で本瓦葺きで、二階の階高も全く違うことがわかります。
現在の福寿堂の創建年代を示す資料が堂内にしっかり残っていました。
これです!
裏面にはこう書かれています。 拡大するとこうです。
実は現在の福寿堂は当時の広島県によって昭和4年に再建されたものなのです。
よく見ると現在の広島市の建設会社(大工)が請け負って工事をしたことが分かります。
きっと名勝鞆公園、その後の昭和9年の国立公園指定に向けて県も整備に一役かったのでしょう。
ちなみにこの棟札とならんでいたのがこちらです。
一見して建物は新しいなと直感したものうなずけました。
海のど真ん中に建ちながら、使用されている主要構造体の木材の風化や腐食が比較的少ないのはこの為なのです。
このように現在の福寿堂には文化財的な価値はほとんどありませんが、数世紀に亘り改築を繰り返しながらも鞆の浦の風景の顔として果たしてきた役割は計り知れないものがあります。
これから先の数世紀もきっとこの弁天島の福寿堂は鞆の浦の顔であり続けるこでしょう。
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