谷中(七福神)
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七福神めぐりの第二弾ということで、今週末は江戸最古といわれる「谷中七福神」を訪ねてみました。七福神巡りは室町時代に京で始まり、江戸時代には庶民のお正月行事として広く広がりました。「谷中七福神」も正月元旦から10日が巡礼(開帳)期間なので今回は七福神にはお会いすることができませんでしたが、江戸情緒を楽しむことができました。 「東覚寺」<福禄寿> JR田端駅を出て約5分。七福神巡りのスタートは「東覚寺」です。延徳3年(1491年)に創建された古寺で、1596年に現在の地に移建されました。 門前の仁王像は「赤紙仁王」として親しまれている身代わり仁王。病気と同じところに赤紙を貼ると治ると言われ、今でも庶民信仰が続いています。ご覧の通り、厳つい仁王像が赤紙で全く見えません。 「青雲寺」<恵比寿> 宝暦年間(1751〜64年)の創設と伝えられています。昭和35年に再建され、恵比寿神が祀られています。 境内には滝沢馬琴の筆塚があり「南総里見八犬伝」を書いた筆も納められているそうです。 「修性(しゅしょう)院」<布袋尊> こちらの布袋様は「日くらしの布袋」として知られ、重量が20キロを超えるほのぼのとしたお顔の布袋様だそうです。お会いできなくて残念です。 花が絶えることのないこの寺は江戸時代から花見寺と呼ばれ、お寺を廻る外壁には、春夏秋冬の花々と布袋様が描かれています。 「修性院」を出てしばらく歩くと、急に賑やかな通りに出ます。日暮里駅から数分のこの元気な商店街は今注目の谷中商店街(谷中ぎんざ)」です。土曜日の昼時とあって大変な賑わいでした。 レトロな雰囲気の商店街には揚げ物のお店が目立ちます。特にメンチカツはTVでも紹介されているようで、いくつもの店に行列ができていました。で、さっそく2件のお店の「谷中メンチ」を頂きました。元気なおばちゃんのいる「肉のサトー」のメンチカツはしっかりした味付けです。 こちらは「肉のすずき」。ここのメンチカツはA5ランクの国産牛を使っています。肉汁タップリで一個200円。美味しかったです!! 「谷中メンチ」を堪能して再び七福神めぐりの再開です。 「長安寺」<寿老人> 谷中商店街の石段を上り上野方面に5分ほど歩くと「長安寺」です。このお寺の寿老人は徳川家康が納めたと言われてます。墓地には日本画家の狩野芳崖のお墓があります。 「天王寺」<毘沙門天> 「長安寺」を出て真っ直ぐ谷中墓地に向かうと鎌倉時代に創設された古刹「天王寺」です。建立当時は感応寺と呼ばれ宗派は日蓮宗、その後元禄12年に寛永寺の末寺となり天台宗に改宗して天王寺となりました。天王寺では富くじ(現在の宝くじ)が売られており、目黒不動尊、湯島天神と並んで江戸三富の一つに数えられていました。毘沙門天は比叡山の円乗寺から迎えた木造です。 境内の釈迦如来坐像は元禄三年(1690年)の建立と伝えれれ「天王寺大仏」として親しまれています。 下の写真は谷中墓地内にある天王寺五重塔の跡です。幸田露伴の小説「五重塔」のモデルになった関東屈指の五重塔でしたが、残念ながら昭和32年、放火のために焼失しました。 「護国院」<大黒天> 寛永寺の釈迦堂として寛永7年(1630年)に落成しましたがその後焼失し、享保7年(1722年)に再建されました。江戸時代から信仰されるどっしりとした大黒様だそうです。 「不忍池弁天堂」<弁財天> 「谷中七福神めぐり」もいよいよ大詰めです。何度もお参りしているお馴染の弁財天ですが、今回は七福神巡りのフィナーレを飾るので一段とご利益がありそうです。修理中のため弁天堂の一部がブルーシートに覆われていたので、上野の山からのワンショットを載せてみました。 これで今回の「谷中七福神めぐり」も無事にお開きです。田端駅をスタートして途中寄り道しながら約3時間、1万5千歩の行程でした。来年のお正月にはしっかり御朱印が頂けるよう、再チャレンジしたいと思います。
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