新庄動物病院の掲示板

奈良県葛城市の新庄動物病院です。2014年ボクシングで40歳で社会人チャンピオン。2015年日本サッカー協会公認D級コーチ取得。

院長の独り言

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助ける命、助けない命 〜動物病院での話〜

今日は、ちょっとだけ、、、考えるの話。
できたらレスポンスいただければと思います。でもちょっと文章長いです。

今日は、二つのトピックがあります。

内容はタイトルのやつです。

助ける命と助けない命。そういう話です。

我々動物病院経営者は、日々診療をしています。その中で、助けられる可能性はあるけど、
手術代が出せないとか薬代が出せないという理由で、治療を見送られることがあります。
その時に、私も簡単には引き下がりません。

「お金は後でいいから、できることしませんか?」

と聞きます。
それで断られたら、もう、無理に追いかけません。
100%治るのであれば、絶対お勧めしますけど、医学に100%はないからです。
いまだにきっと未知の病気はあります

そういう場合【治療を断られた場合】には、すごくやりきれない気持ちです。
もしかしたら必死で治療を推奨する私が、医療ビジネスという側面から見たら営業トークのように見られるのかもしれません。動物病院経営と最初に書いたのは、そういう側面もあるからです。だからそうみられても仕方ないんです。

その治療を推奨するトークで、その獣医師がどういう思想をもって話しているのかは、誰も知ることはできません。もし、治らなかったら、きっとその飼い主さんは、後悔されますし、無駄なお金がかかったと思うかもしれません。一方で、治療しなくて、最後に苦しんで死んだ場合には飼い主さんは、自分を責めるかもしれません。もしかしたら、そのタイミング(治療しなくて、末期で苦しみだした状況)で来院して、治療を希望されるかもしれません。

皆さんならどうされますか?

ま、もう、目の前で起こってることについてやるしかないでしょ?

今さら過去の治療の選択をぶり返してもしょうがない。やるだけです。
それに、治療したからって、この状況は不可避だったかもしれません。

私は、医療って、そういうものだと思っています。

こういうのは実は動物病院ではよくある話です。
結局、半分は哲学なのです。そう思ってます。

生まれたからには、致死率100%。

医療の役目は、どう死ぬかってところまで責任を持つことじゃないでしょうか?

そう考えています。

これで一つ目のトピック終わり。
もう一ついきます。
あ、二つに分けたらよかったですか?
でも、書きます。

獣医師ってのは、時に新薬や新規治療の開拓をします。
それが将来、人の方の治療薬になるかもしれません。多くの命を救うかもしれません。
そのために、マウスの実験は必須です。

じゃぁ、今の薬、理論的には、絶対に副作用もなく、腫瘍にだけ効果的であるとしましょう。
その際に、マウスに投薬実験して、本当に副作用がないかを確認するために
投薬後解剖をして各臓器での障害がないことを証明しないといけないとしましょう。

だってそうしないと机上の空論でしょ?証明しなきゃ。

そのためであれば、そのマウスは死ぬべきでしょうか?

命を奪う行為が、命を救うための治療には必須だとしたら?

マウスの数値はそもそも、人での治療にあてはまる?
マウスだったらいくら殺してもいいの?
でも、犬なら愛犬家の抗議が激しいでしょうね。

そういいながら、我々は、焼き肉を食べる。
その動物の死ぬ瞬間を見てないからね。

犬を食べる国を批判するし、イルカを食べる文化は批判される。

生きるために必要だから、食用は仕方ないと??
食物連鎖ってそういうものでしょうか?
じゃぁ、何食べたらいいのでしょうか?
生きるために医療は必要?

こう考えたら広がっちゃうでしょ?

この動物実験の犠牲の文化が大きく批判され始めてまだ時間は浅い。
大学をはじめとした研究施設ではいまだにマウスが大量に殺されてる。

今、飲んでいる頭痛薬も、熱があるときの解熱剤も、しんどい時にお世話になる薬は、
ほとんどみんなそんな犠牲の上に成り立ってる。

だから、完全否定できないですよね?むしが良すぎますよね?

じゃぁ、どう生きるか?

犠牲になった命にせめて感謝でもしましょうか?

そんな中、あなたが経営する病院に、一匹のマウスが来たとします。
目の前には、生きるための治療を選択されたマウスがいる。

この状況、なんかしっくりこない。
でも、治療します。

この子は幸せなんだ、、、と言い聞かせるかのように、目の前の患者さんの治療をします。

なんか、不公平、、、、??不公平ですよね。

命ってのは、そもそも不公平の上に成り立ってるんじゃないでしょうか?

では、逃げの一言を言い放ちましょうか・・・。

「難しい問題だね。で、お前はどう思うんだ?」

考えることをやめてはいけません。

一番ダメなことは、考えるのをやめることです。

あ、、、

私の答えですか?

人間の薬は人間で実験するしかないんじゃないですか?
そりゃぁ、たくさん副作用や開発段階で死ぬでしょうね。
その死に責任を持てるような研究者開発者がどれだけいるでしょうね。
その責任逃れのために、批判の少ない動物の命を犠牲にしてるんじゃないですか?

と、言うのが私の考え方です。

動物実験の上に成り立ってる医療がいっぱいあるってことを忘れないでほしいです。

今日一番言いたかったのは、これです。

私は、見捨てられていい命や犠牲になって命っていうのはないと思います。
命の境界線を引くのは、いつだって人間なのかもしれません。

(おわり)

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