元・天津駐在員が送るエッセイ

中国と日本、それをつなぐ言語について、一緒に考えましょう。

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2007年4月21日

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中国人は、なぜ日本を憎むのか 後編

二、民族感情の原因

近代にはいって、中国人は、西側の歴史と文化に一緒の畏敬の念を持っております。西洋人に対しては、内心では尊重しております。西側近代国家は、中国を侵略しましたが、中国人の西洋人に対する感情は、尊敬であり、恨みでもあります。中国人は日本の古代歴史と文化は、中国の模造品だと思っており、現在は、西洋の模造品となっていると感じております。多くの中国人は、日本人に対してある種の軽蔑感をもっております。日本は近年経済発展を成し遂げましたが、中国人は、日本は、もともと文化レベルの低い成金であり、西側に対する尊敬のような感情はもっておりません。更に、日本は近代に中国を侵略しており、すくなからず血による債務を負っている。これらが、中国人に、日本人に対する軽蔑と恨みの感覚をおこさせるのです。だから、中国人は、日本人に対する印象が特別に悪いのです。

しかし、一番問題なのは、やはり日本の謝罪です。多くの中国人は、ドイツ人は真剣に謝罪したのに、日本人が謝罪したがらないのに憤慨しております。日本人が侵略罪について、真剣に謝りたがらないのも事実です。謝罪したがらないのは、日本人の国民性でしょう。それぞれの民族には、それぞれの性格があります。それぞれの人にそれぞれの性格があるように。当年、四人組の審判があり、王洪文と姚文元は、態度もよく罪を認めた。江青と張春橋は罪を認める態度が大変わるく、死んでも認めないと言う感じでした。ドイツ人は、王洪文と姚文元型の人で、日本人は、江青と張春橋型の人です。だから日本人への謝罪の要求が難しくなるのです。

1951年中国間違いを認めようとしないのは、東方人の性格の特徴のようでもあります。中国人は、日本人は間違いを認めないと批判しますが、同時に自分達も、怪しいものです。1951年中国志願兵は、38度線を越えて韓国で戦いました。韓国人は、中国軍隊は、韓国で数百万の韓国人を殺したと公言しております。韓国は、日本に謝罪を要求すると同時に、一貫して中国にも朝鮮戦争中の侵略行為に対して謝罪を要求しております。一部の中国人は、「中国は、朝鮮戦争中の侵略者ではない」と論争しております。しかし、連合国が1951年の決議で中国を侵略者と判定し、この決議は、今でも有効なのです。

韓国は、ずっと中国が韓国に謝罪するのを中韓国交回復の重要な議題としており、1992年8月中韓国交回復の際、韓国政府は韓国国民に中国政府が「遺憾の意」を表したと説明しました。しかし、国交回復の後、記者の招待会席上で、中国政府の発言者は、「中国政府が遺憾の意の表明したことを認めず、韓国世論は、沸き上がり、韓国政府を投降主義と罵りました。1992年9月韓国ノテウ大統領が訪中し、当時の韓国人は、中国指導者の謝罪の表明を期待しました。しかし、中国側は終始謝罪の問題は提起しませんでした。韓国世論に、反中国の雰囲気が起こります。韓国は、中国の韓国民感情無視の傲慢な態度を責めます。

その他にも韓国も何回か中国が韓国の首都を漢城と呼ぶことに対し抗議しております。漢城というのは、韓国が中国の属国の時に、中国が韓国の首都を呼んだ名前です。漢城は、漢民族の街という意味です。韓国人は、それを韓国への侮辱と受け取ります。韓国は、中国に韓国の首都を漢城と呼ばずに、ソウルと呼ぶように提案しますが、中国政府は、それに対しずっと沈黙したままです。この件は、中国人が日本人に支那という言葉で中国を呼ばないように抗議しているのを思い起こさせます。もし、中国人が、支那という言葉を聞いて憤慨するなら、なぜ韓国人が漢城という言葉を聞いて憤慨するのを理解できないのでしょうか?

韓国人は、中国人に大変友好的ではありません。1960年韓国には、6万人の華僑がおりました。現在、2万人に激減しております。韓国は、1980年以降の経済発展し、人民の生活水準は、大幅に向上しました。韓国華人の人口は、増えてしかるべきです。(例えば、近年日本の華人の人口は、逐年増加しております。)在韓華人の激減は、地元の華人の環境がますます難しくなっている事を説明するものです。現在韓国が人をののしる時に使う言葉の一つに「中国人みたいね!」という言葉があります。これは、人を侮辱する言葉です。韓国人の中国人に対する反感は、中国人が日本人に対する反感と一緒なのです。

韓国の例でわかりますが、民族感情が引き起こす民族の憎しみは非常に複雑な事情があります。私たちは、慎重に民族感情の問題を処理する必要があります。それは、決して私たちが過去の歴史を忘れると言うことではありませんが、民族の恨みが増さないように注意する必要があります。

中国と日本の2大国が、お互いに敵視し、対抗する事は、中国に何の利益ももたらしませんし、日本にも何の利益もありません。得するのは、アメリカ、ソ連等の国です。アメリカについていうなら、中国と日本に対する一番の方法は、両国間の恨みを起こさせる事です。2つのアジアの大国がずっと引き裂かれたままであれば、アメリカは、永遠に中国、若しくは日本が脅威になることを心配する必要はないでしょう。戦争の間、日中両国は8年間戦いました。一番得をしたのは、誰でしょう?中国人ももう少し真剣にこの問題を考えるべきです。


2000年2月9日写于日本

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中国人は、なぜ日本を憎むのか 前編

中国人は、なぜ日本を憎むのか

林思云

多くの中国人が日本を話題にするとき、憎しみの感情を抑えられなくなります。中国人はなぜこんなに日本人を憎むのでしょうか?私は、この現象には、二つの原因があると考えます。中国政府と民族感情の問題です。

一、中国政府の原因

1949年共産党建国以来、ずっと親日政策をとりました。当時中共の敵国はアメリカであり、中共は、日本民族はアメリカに占領され、アメリカ人を恨んでいるはずなので、日本と共同でアメリカに対抗しようと考えておりました。当時中国と日本には外交関係はありませんでしたが、民間の経済交流は結構ありました。当時、西側諸国で一番中国と親しかったからです。1971年にやっと在日の中国の卓球選手団がアメリカ選手団に訪中の要請をし、卓球外交が始まるくらいなのです。

毛沢東の時代、基本的に反日宣伝は全くありませんでした。当時の教科書の中に南京大虐殺の記載はありませんし、南京大虐殺記念館などの抗日記念建築物もありませんでした。当時の文学作品中、少なからず抗日戦争を題材にした物はありましたが、内容は、共産党の抗日を讃え、ロシア国民の不抵抗を暴露するもので、特別に日本を醜悪化する宣伝はありませんでした。たとえば、当時の規範となる模範劇「沙家濱」に見られる日本軍の描写と現在の一部の文学作品に見られる日本軍の描写には大きな開きが見られます。

沙家賓に、このような一節があります。忠義救国軍の指令官、胡伝魁は、すでに先に来て掃討していた日本軍に追いかけられ、常熟県付近の小さい街、沙家賓に逃げ込みます。彼は、春来茶館の女将さん、地下党員の阿慶姉さんに水瓶の中に隠して貰い逃げ通します。沙家賓の中の日本軍は、現在中国人が思う、焼き払い、殺戮し、姦淫し、盗みをはたらく極悪人の容貌と雲泥の差です。日本軍が沙家賓を掃討した後、春来茶館は、まだ残っており、日本軍は火をつけていませんでした。春来茶館の家具も残っており、日本軍は盗んでおりません。日本軍が沙家賓に掃討に来たとき、阿慶姉さんは茶館から逃げませんでした。それどころか、入り口に仁王立ちになっていたのです。顔色も変えず、落ち着いて、日本軍に「抗日軍はいません。」といって、日本軍をだまします。もし、日本軍が殺し、犯す鬼畜の兵であれば、阿慶姉さんのような若い婦人が、なんで彼女を犯し、彼女を殺すかもしれない強盗の目の前で、顔色も変えず、落ち着いて話ができるのでしょう?日本軍は、さらに阿慶姉さんが「抗日軍は、ここにはいません」というと、あっさりと行ってしまうのです。

たとえば、現在 沙家濱を見たら、多くの人が、それは、日本人を美化した国賊の劇と批判するでしょう、しかし当時は、沙家濱を美化した日本軍と批判する人はいませんでした。もし、私たちが毛沢東時代の抗日文学作品を読んだら、疑問がわいてくると思います。現在の抗日文学作品中に、日本人を醜悪化した傾向があるのではないかと。

1つの独裁政権から言わせると、人民を団結させる為、1つの敵を作り、みんなを団結させる為に、敵に消滅させられるという危機感を煽る必要がある。毛沢東の時代、中国人民の敵は資産階級であり、富農地主であり、右派と走資派、及びアメリカ帝国、ソ連修正主義であり、日本は、まだ敵という位置には並んでおりませんでした。トウ小平の時代に入り、階級闘争を放棄し、反アメリカ、反ソ連修正主義を放棄し、共産主義の赤旗普及を全地球上の革命事業とした後、中国人民は全ての敵を失いました。中国共産党は愛国主義の旗を持って人民を団結させ無ければならず、中共は、共産主義政党から民族主義政党へ変わりました。以前、中共党代会では、国際歌を歌いましたが、現在は、国家を歌う事になりました。

1990年代以来、中共は、腐敗の問題で、中国民衆に対する威信を大幅に落としました。このような状況には、敵をつくって人心を団結させる必要があります。日本は、自然と一番都合の良い候補者になりました。なぜなら、日本は、中国を侵略した事があり、中国人の血の債務を負っており、さらに日本は、敗戦国であるので、日本を批判しても大きな国際問題にはなりません(ソ連を批判したら面倒な事になります)。だから、1990年代が始まった頃、中国政府は意識して反日感情を起こさせるように仕向けます。これが、中国人が日本人を恨むようになった一つの理由です。

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