此方は、 寿永四年 に 源義経 を総大将とする 源氏 の軍に栄華を誇っていた 平氏 が敗れ
安徳天皇 が 二位尼 とともに入水し大将宗盛も捕らえられて平氏が 哀しい最後 を遂げた
源平最後の合戦 の地 壇ノ浦 です。
壇ノ浦は別名 早鞆の瀬戸 とも呼ばれ流れが速くて潮流の変化の激しい難所で
開戦は3月24日卯の刻、兵力は源氏軍840余艘に対 して平家軍500余艘だったそうです。
潮流を利用した平家軍の善戦の前に源氏軍は 苦戦 を強いられますが
潮の流れが変わると形勢は一転して平家軍は惨敗を喫し 滅亡 することになりました。
此方の像は、2005年の大河ドラマ 『 義経 』 放映直前に建てられたもので
 平氏一の猛将 能登守教経 に追い詰められた 義経 が見せた伝説の 八艘跳び をする像
 此方は、安徳帝の入水を見届けた後に 大碇を差し上げて入水 した 平知盛 の像
 此方は、大河ドラマ 『 義経 』 に出演者の 銅板手形 です。
源義経役 = 滝沢秀明 ・ 平資盛役 = 小泉孝太郎
建礼門院徳子役 = 中越典子 ・ 二位尼役 = 松阪慶子
以外に松坂慶子さんの手が大きかったことに驚いちゃいました。 デッカイ!!
 此方の 赤い橋 は 二位尼の世辞が詠まれた関門海峡に注ぐ小川
現在は公園と国道の下に隠れてしまった ‘ 身裳川 ,を表しているそうです。
その側に建てられた碑には 二位尼の世辞 が刻まれています。
「 今ぞ知る みもすそ川の 御ながれ 波の下にも みやこありとは 」
 此方の大砲は、 幕末 に数多くの 大砲 を鋳造していた長州藩の 安尾家 に伝わる
20分の1の模型を参考にして原寸大に復元したレプリカだそうです。
 此方は、幕末の 下関戦争時 に活躍した 長州藩 の砲台跡に
海峡に向けて設置された5門の 青銅砲 ( カノン砲 ) のレプリカでぇ〜す。
下関海岸砲台に装備されていた長州藩の青銅砲は全て戦利品として外国に運び去られ
パリ・アンヴァリッド軍事博物館 に保管されていましたが、その後に保管返還運動が進められ
郷土出身の外務大臣安部晋太郎氏の努力とフランス政府の好意によって
1984年6月に貸与の形式で里帰りするに至りました。
その機会に下関東ロータリークラブがフランス政府の了解を得て
創立20周年記念事業 として原寸大に模造したものを 下関市に寄贈 したんだそうです。
100円入れると 。。。
ドォ〜ン!! と言う音と共に煙が出て
実際に大砲を撃ったような気分を味わえまぁ〜す。
本州と九州を結ぶ 関門橋 をバックに みもすそ川公園 で 記念写真 パシャ!!
暫し海峡を行きかう船を眺めながら800年前の源平最後の合戦に思いを馳せながら
「 これ喰はぬ ものは通さぬ ふくの関 」
巌谷小波 が詠んだ句のように 下関 まで来て ‘ ふく , を食べないなんてありえない!
てっことで ・・・
お腹も空いてきたことだし、 ふぐ丼 で腹ごしらえ オイシイ!!
この後は、 赤間神宮 へ参拝して 福岡 へ向かいまぁ〜す。 
それでは ・・・
今日は、この辺で 
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