|
おれが社会人になった頃、つまり日本の高度経済成長が端緒に着いた頃、「ホワイトカラー」「ブルーカラー」という労働者を区分けする呼び名があった。ホワイトカラーはサラリーマンとも呼ばれ、ブルーカラーは現場労働者とも呼ばれた。両方の呼び名のイメージをおれ流に並べると・・・
「ホワイトカラー」――大学卒 事務(頭脳)労働 定時出勤・退社 背広 ウィスキー・ワイン
一人称「ぼく」 オフィス 鉛筆・ペン
「ブルーカラー」――中高校卒 現場(肉体)労働 残業 交代制勤務 作業服 どぶろく・焼酎
一人称「おれ」 工場 スパナ・ドライバー
新聞社は、ホワイトとブルーが職種的にはっきり分かれていた。職種としては分かれていたが労働組合は一緒だった。欧米の労働組合は職種ごとに企業を横断してつくられるが、日本は企業別組合だ。おれはそれが日本の労働組合を労使協調路線にはまり込ませた原因だと思っている。その考えは変わらないが、企業内の「寄り集まり」新聞労働運動も意義があったと思っている。ホワイトとブルーがそれぞれの任務分担を弁えつつ労働組合として団結を目指していた。たとえば「委員長は編集から出し、書記長は印刷から」というように。
確かに、ホワイトとブルーを職種の区分けから職場差別に持って行こうという動きはあった。それはしばしばホワイトの側から仕掛けられた。しかし、労働組合の議論の場でいつも克服していった気がする。お互いの信頼感と、職種の違いに対する理解が深まった。少なくとも70年代の毎日労組はそうだった。
IT時代の現在、ホワイトとブルーの区分けがつきにくくなっている。一部に「ガテン系労働者」などという呼び名があるようだが、あの頃のブルーカラーのような一般的認知にはなっていない。どちらかというと「正規」「非正規」というのが今の労働者の区分けになっている感じがする。
おれは、職種の違いや雇用形態の違いは労働者の団結にとって障害にならないと思っている。いや、障害にしてはならないのだ。21世紀の労働運動におれは期待する。
|