ホテルマンしゅうちゃんの日記

名古屋に7月頭に転勤してきました!8年前住んでたけど!

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零戦虎徹

零戦虎徹(レイセンコテツ)


零戦虎徹とは、第二次世界大戦時最強の撃墜王と呼ばれた
岩本徹三(イワモトテツゾウ)のことです。

1916年〜1955年 
樺太生まれ、北海道と島根県で成長します。

士官学校出身ではなく、たたき上げで特務士官(終戦時階級は中尉)
まで昇りつめた、まさしく最強のエースパイロットでした。

彼は、戦後の手記で、202機の戦闘機を撃墜したと記しています。
初陣の日中戦争では緒戦で4機、半年間で公認撃墜14機を記録していますので
経験を積んでからのことを考えると、その数字はまさしく本物でしょう。

俗にエースとは5機以上の戦闘機を撃墜したものに与えられる称号ですから、
この202機はすさまじいですね。

日本の撃墜王といえば、大空のサムライこと「坂井三郎」が有名ですが、
岩本のように、戦闘機搭乗員として、日中戦争から太平洋戦争終戦まで
8年に及ぶ広大な最前線での戦闘飛行経験の持ち主は他にいません。
生き残っているだけでもすごいことです。
(太平洋戦争開戦時・空母瑞鶴戦闘機隊隊員23名のうち、終戦まで生き残っていたのは
 岩本を含めわずか3名であると言われています。)

彼の終戦時の飛行時間は単座戦闘機操縦者として驚異的な 8,000時間を超え、
離着陸回数 1 万 3,400 回を超えていたといいます。
(太平洋戦争後期の日本海軍航空隊搭乗員の飛行時間は、哨戒パトロールを務める偵察機・
 多発機では、最古参搭乗者でようやく1万時間〜7,000時間、空戦・格闘戦訓練が主務の
 戦闘機操縦者では、最古参で実質6,000時間〜4,000時間、20代前半で活躍中のベテランで
 実質約2,000時間近くであったといいます)



そんな名パイロットであった彼のエピソードですが、

1、神風特攻作戦に断固反対

「戦闘機乗りはどこまでも戦い抜き、敵を一機でも多く
撃ち落とすのが仕事だ。一度きりの命中で死んでたまるか。俺は否だ。」
と特攻を拒否したそうです。

2、全員短髪(坊主)の命令に断固反対で長髪をとおす

当時の八木勝利司令も見逃しています。岩本は短髪にするのが嫌だったというよりも、
意味のない命令に従うのが嫌であったのではないでしょうか。

3、視力は1.0なのに、なぜか誰よりも早く敵をみつける

これが大日本帝国海軍1、2を争う古参パイロット歴戦の勘というものでしょうか、
ちなみに坂井三郎は昼間でも星が見えるほど目がよかったといいます。

4、彼は自分のライフジャケットの背中に「天下の浪人 零戦虎徹」と書いていました

ライフジャケットのこの部分は本来、所属と名前を書くところです。
一説に自分のことを刀の虎徹に見立てていたといいます。



このエピソードを見ると、自分勝手な人間にみえますが、
そうではく、彼は信頼できる上司にはよく従い、また部下をかわいがり、
特に下からはとても人気があったそうです。
上司にはけむたがる人間も多くいたようですが、岩本を理解する柴田武雄、中野忠二郎、
福田太郎、八木勝利、岡本晴年、岡嶋清熊といった上官たちからは信頼を寄せられていたようです。

また、実際の戦闘もチームワークをとても重んじていたそうです。
けして一匹オオカミではなかったようですね。
通常、戦闘は3機編隊でおこないますが、彼の列機であった部下達も、
彼の列機であったから生き残ることができたと回想しています。
(これは坂井三郎の部下たちも同様のことを言っています。)

理不尽な命令には断固として反対し、自分の生き方をつらぬきながらも、
その生き方は合理的で筋が通っているため。皆に好かれ信頼されている。

うーん、天下の傾奇者「前田慶次」のようですね。

戦後早い段階で病気で亡くなってしまったことが惜しまれます。

岩本徹三
イメージ 1


零式艦上戦闘機(二二型)
イメージ 2

閉じる コメント(20)

カッコいいとは、こういう人のことを言うのでしょうか?
天は二物を与えずどころか、いくつもの才に恵まれていた・・・?というか、まともな人格が骨太にあって、それが自分の持ち場立場の上に花開いた、というかんじですね。
息子たち、どんなエライさんになるより、こういう人になってほしいですね。
( ^^) _☆

2009/7/9(木) 午後 11:11 愛媛

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お写真を拝見すると男前な方ですねぇ
喧嘩上等!ってタイプでもなさそうですけど
頭が良い方なんでしょうね
意味のない坊主反対!確かに^^
でも、命が危ないっていうのに
202機の戦闘機を撃墜したって すごいですね
ヒーローです

2009/7/10(金) 午前 0:03 川蝉

天下の傾奇者・花の慶次^^v先日・負けたたのが悔しくて行って無いなぁ〜そろそろストレス為に行こうかなぁ(;一_一)←エッ・そんな話じゃないって^^;
特攻で命を無駄にしなくて好かった^^v

2009/7/10(金) 午前 0:44 ふみ

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この様な英雄が日本に居たとは全く知りませんでした!撃墜王と言えば映画{レッドバロン}で有名なリヒトホーヘンで、勝った側がズーッと後に映画にしてるのに比べ、日本では{戦争礼賛}を氣にしてか、事実くらい知らせても良いのにと思います。それにしても30代で亡くなったとは残念ですね!

2009/7/10(金) 午前 10:34 [ ヤフーメール ]

こんばんは。おぉ・・・かなりの実力者だったようですね。まさに英雄ですなwww
その操作技術だけでなく、自分の信念や意地を貫き通した御仁のようで!ポチ★

2009/7/10(金) 午後 8:24 権中納言・宇喜多

読んでいるうちに、どんどん引き込まれました!

妥協せず自分のポリシーを持った素晴らしい人です。

まさしく時代の英雄ですね。

同じ日本人として誇りに思います。

2009/7/11(土) 午前 3:04 [ ]

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姫様 こんばんは☆
そうですね。まさしくまともな人格が基礎にあったからこそ
激戦をくぐりぬけられたのだと思います。
付焼き刃ではとても無理でしたでしょうから。
私もいつか子供ができたら、筋を通すことのできる
人間に育ってほしいです(^^)

2009/7/11(土) 午後 7:38 しゅうちゃん

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川蝉様 こんばんは☆
戦時中にこの長髪ですからね(^^)
かなり目を引いたことでしょう。
彼は理論的でとても頭のよい人であったと思います。
しかも生き方に筋が通っている。
とても格好良い人物です!

2009/7/11(土) 午後 7:43 しゅうちゃん

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YUKO様 こんばん☆
あれれ負けちゃいましたか!
それは嫌なことを思い出させてしまって(汗)
私はやめてから長いんですよね〜
…ってそんな話じゃない(^^)
戦後10年で、医者の誤診で病死してしまうんです。
もっと長生きして戦争について語り継いでほしかったです。

2009/7/11(土) 午後 7:48 しゅうちゃん

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ヤフーメール様 こんばんは☆
リヒトホーヘンは第一次世界大戦の撃墜王ですね。
へ〜、映画になってるんですね、知りませんでした。
脚色や作為のあるものではなく、事実を純粋に知らせる
映画作りもしてほしいなあ、と思います。
だからこそ、岩本さんには長生きしていろいろと
語ってほしかったです。

2009/7/11(土) 午後 7:53 しゅうちゃん

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宇喜多殿 こんばんは☆
操作技術はもちろん優れていたのでしょうが、
宇喜多殿のおっしゃるとおりで、
自分の信念や意地を貫き通したからこそ
厳しい戦争を生き抜けたんでしょうね。
ポチ★ありがとうございます!

2009/7/11(土) 午後 8:04 しゅうちゃん

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蹴球魂殿 こんばんは☆
いや〜、本当に現代の私たちでも学ぶべき
ものの考え方をもった人物であると思います。
このような先人がいたということは
同じ日本人として嬉しいですね(^^)
これからは我々がよい日本をつくっていかなければ!

2009/7/11(土) 午後 8:06 しゅうちゃん

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子供の頃、ゼロ戦やメッサーシュミットやスピットファイヤーの
プラモデルを天井から吊るして眺めていました。
どの機種が一番強いのかな?て。人次第ですね。
スターリングラードという映画を思い出しました。
狙撃王と呼ばれるか、暗殺者と呼ばれるか。国次第ですね。

2009/7/11(土) 午後 9:55 SYKH

こんばんは。
とても面白かったですよ。全然知りませんでしたが、日本軍にも
このような方が居られたのですね。
本当写真を拝見しても、60年前(かな)の軍人とは思えないほど
今風ですね。 ポチさせてもらいますね。

2009/7/11(土) 午後 11:50 マッツゥ

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会長!こんばんは☆
そうなんです!現代と当時ならともかく、
当時の機種は、よほどの差がなければ
パイロット次第であったようですよ。
スターリングラード、私も見た記憶があります。
国のため、家族の為に純粋に戦った人達には、
畏敬の念を示さなければならないと思います。

2009/7/12(日) 午後 8:29 しゅうちゃん

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マッツゥ殿 こんばんは☆
他のどんなエースパイロットよりも、
実動時間が半端なく長いですね。
今風の若者にみえますよね(^^)
ポチ☆ありがとうございます!

2009/7/12(日) 午後 8:32 しゅうちゃん

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こんにちは。
もちろん知っていますよ。
このポートレートも、初めて見た時に驚いた記憶がある。
撃墜数については、やや「?」ですけれど、零戦でよく戦ったと
思います。
空戦は、基本的に二機でやるのが効果的ということを、早くから
気がついていたんじゃないでしょうか。
あれだけ飛ぶと体感していた・・・合理的で素晴らしい方だったと
思います。

2009/8/2(日) 午後 5:16 ロベルト・ジータ

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ロベール・ジータ様 こんばんは☆
本当にこの写真て今っぽいですよね。
撃墜数については、公認ではないですから、
未確認も含まれているのかもしれませんね。
しかしながら稼働時間が半端なく長いですから、
それに近い数字はありえるのでしょうね。
戦闘で無理をしなかったのことが生き延びる秘訣であたようです。

2009/8/2(日) 午後 6:08 しゅうちゃん

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上官の一人の福田太郎は岐阜県出身でしょうか? 削除

2013/11/10(日) 午前 5:14 [ ]

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雅様 こんばんは✩
海軍兵学校へは愛知一中卒業後入ってますので、愛知県出身ではないかと。ただ隣県ですし、出身はそちらかも。申し訳ありませんそこまで調べたことがなくて。

2013/12/23(月) 午後 8:31 しゅうちゃん

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