宗像沖ノ島の女人禁制と沖縄「斎場御嶽」の男子禁制
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神話の海の日の出(1) 志賀島・大岳海岸から 実は、老騎兵。宗像沖ノ島についても、下記抜粋文の「斎場御嶽」と同様、天武、天智朝の頃(神社の性格が整備されたのはこの頃)までは、現在の女人禁制とは逆の、男子禁制の禁忌があったのではないか、と仮説しています。 今回、「斎場御嶽」に男子禁制の禁忌があることを知り、一層、仮説に自信を得ました。そのことをテーマに、幾分、だいそれた文章を綴ってもいます。 現在ある所の女人禁制の禁忌については古くも、室町時代末期を遡ることはまずありえないと考えられます。 とはいえ、現状の女人禁制の禁忌は、江戸時代前期末に行なわれていたことは、貝原益軒の「筑前續風土記」をはじめ、その頃のいくつかの地誌の記述から確認できるもので、300年以上の時間を通じて行なわれてきたものです。 話が飛びますが、 世界遺産登録にむけて女人禁制の禁忌があることが支障になるとの議論が見られますが、この議論は、世界文化遺産の性格を理解しないもので、問題になりません。世界遺産登録にむけて女人禁制の禁忌が存在することはなんら障害になるものではありません。 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会には6人程の世界から選ばれた委員がいますが、その中の一人のスリランカからの委員(仏教遺跡である平泉の世界遺産登録時には重要な役割を果たした委員なのですが)「宗像沖ノ島関連遺産群」の世界文化遺産本登録にむけて「女人禁制の禁忌」があることについて懸念する必要はないとの発言を明確にのこしています。 【以下、リンクよるの抜粋文】 現在では観光名所となって男女ともに足を踏み入れることができるが、元来、斎場御嶽など御嶽は“男子禁制”の場であったという事実はあまり知られていない。古謝市長は“休息日”よりも一歩進んで、斎場御嶽を元来の“男子禁制”のスタイルに戻したいという思いをずっと抱き続けている。それは、旧知念村出身の古謝市長の地元に対する強い愛情の表れにほかならない。同じく南城市の久高島にあるクボー御嶽は島内第一の聖域で、古来より現在に至るまで男子禁制の場。こうした事例がいまだに残っている南城市だけに、通年とは言わないまでも“期間限定”で男子禁制にするなどの設定も検討の余地があるかもしれない。 |






