調査会法情報

国立国会図書館に「恒久平和調査局」の設置を

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全713ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

調査会法情報170325(高校教科書検定・慰安婦・日韓合意)
----------------------------------------------------------------------
《高校教科書検定・慰安婦・日韓合意》
■高校教科書検定、「日韓合意」の記述求める(3月24日)産経新聞
■「慰安婦」訴訟で「政府見解」に基づいていないと指摘(3月25日)日経新聞
■「韓日合意」の記述は出版社の独自判断?(3月25日)中央日報
■「韓日合意」記述で解決済を懸念(3月24日)ハンギョレ新聞
----------------------------------------------------------------------


《高校教科書検定・慰安婦・日韓合意》


■高校教科書検定、「日韓合意」の記述求める(3月24日)産経新聞
【教科書検定】 慰安婦問題、日韓合意挿入など3点修正
2017.3.24 23:10 産経新聞


【「慰安婦」日韓合意】

 慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に解決」されることを日韓両政府が確認した平成27年12月の「日韓合意」後最初の検定となった今回は、日本史Bの3点に日韓合意の記述を挿入するなどの修正が求められた。

 慰安婦の記述があったのは、世界史と日本史、政治・経済の計19点中、13点。うち実教出版の2点は、元慰安婦が日本政府に補償を求める訴訟を起こした戦後補償問題に触れるなどしながら、最近の動向である日韓合意に言及していなかった。このため、「生徒が誤解する恐れ」があるなどと検定意見が付けられ、いずれも日韓合意に関する記述を挿入した上で合格した。

 また、清水書院の「日韓外相会談で従軍慰安婦問題に関して」とした記述は、「日韓合意では『慰安婦』が用いられている」との指摘を受け、「日韓外相会談で慰安婦問題に関して」に修正された。


■「慰安婦」訴訟で「政府見解」に基づいていないと指摘(3月25日)日経新聞
安保法の記述詳しく 高校の地理歴史や公民教科書 
2017/3/25 0:37 日経新聞

 2018年度から使われる高校の地理歴史や公民の教科書には、安全保障関連法を巡る記述が詳しく盛り込まれた。近現代史や領土とともに政府見解を書かせる意見がついた。

 ある政治・経済の教科書は同法や集団的自衛権を説明する中で「存立危機事態には、実力行使を可能とする」などと記述したところ、「生徒が理解し難い表現」とされた。「他に適当な手段がない」「必要最小限度で行う」といった武力行使の「新3要件」を全て記して合格した。

 文部科学省の担当者は「法制度の詳しい説明は当然。集団的自衛権がどう限定的に容認されたかを生徒が理解するために新3要件は外せない」と強調する。

 近現代史を扱う場合に政府見解を書くよう求める14年の新検定基準は、日本史と世界史、政治・経済の計11件に適用された。

 ある政治・経済の教科書では、元従軍慰安婦らが日本政府に対して補償を求める訴訟を起こしているとの記述に「政府の統一的な見解に基づいていない」と指摘があった。「日本政府はすべての賠償問題は法的に解決しているとの立場をとっている」と追記した。

 南京大虐殺を巡り、日本と中国が主張する犠牲者数に違いがあるとの記述では「通説的な見解がない」ことを加えるよう意見がつき、修正された。

 竹島(島根県)や尖閣諸島(沖縄県)については地理、現代社会、政治・経済の全11点が日本の「固有の領土」とした。中国や台湾が尖閣諸島の領有権を主張しているとの記述は、生徒が誤解するおそれがあるとして「領有権問題は存在しない」と追記後、合格した。


■韓日合意の記述は出版社の独自判断?(3月25日)中央日報
日本教科書「慰安婦合意は不可逆」
2017年03月25日11時32分   中央日報/中央日報日本語版

  日本文部科学省が24日に発表した高校の社会科教科書検定結果を見ると、日本の独島(ドクト、日本名・竹島)領有権に関連してよりいっそう具体化された記述が確認できる。東京書籍は日本史B現行本で独島領有権を記述していないが、今回は地図や側注を通じて日本の独島編入を明確にした。実教出版は当初、日本史B教科書の検定申請本で「日本政府は戦争の軍事的必要性などのため1905年1月に竹島を島根県の管轄にすることを決めた」という内容を記述していた。しかし文部科学省が「日本が国際法上正当な根拠に基づいて竹島を領土に編入したという経緯にするべき」という修正意見を出し、関連の部分は「日本政府は戦争中の1905年1月…」に修正された。検定申請本にあった「現在の竹島に該当する島に対して日本政府は1877年、日本とは関係がない島だと判断した」という部分は削除された。 

  清水書院の地理Aも「日本固有の領土」「韓国の占拠」などの表現を入れて領有権を明確にした。政治・経済教科書は7点のうち6点が、独島領有権問題をめぐり日本政府が国際司法裁判所(ICJ)付託を提案するなど平和的な解決のために努力しているという趣旨を記述した。一方、尖閣諸島(中国名・釣魚島)については中国・台湾当局が主張するような領有権問題は存在しないと明示した。 

  日本史4点と政治・経済3点の7点は2015年末の韓日慰安婦合意を初めて記述した。この合意は文部科学省の検定基準ではないため出版社の独自の判断で記述されたと把握されている。7点はともに合意内容を紹介するものだが、4点は日本政府が10億円を拠出して慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されたという点を強調した。このため過去の問題であり人権問題である慰安婦問題がすべて解決されたと誤って受け止められる余地があるという指摘も出ている。慰安婦合意で日本政府が責任を認めたと記述した教科書は3点、韓国社会と被害者の反発を記述した教科書は2点だった。 

  韓国政府はこの日、日本大使館の鈴木秀生総括公使を呼び、日本の高校教科書の歪曲された記述に対する憂慮と抗議を表示した。韓国教育部の「独島教育強化」計画も発表した。新しい教育課程に基づき制作する小・中学校社会、高校地理・歴史・技術家庭教科などで独島に関する内容を拡大することにした。また、各市・道教育庁別に4月の1週間を「独島教育週間」に決め、体験中心活動を各学校で進める計画だ。中学・高校生3000余人が参加する「独島を正しく知る大会」を開催する一方、130カ所の小中学・高校を「独島守護学校」に指定し、独島探訪と各種独島学習活動を主導するという計画も含まれた。クォン・ヨンミン教育部歴史教育正常化推進団対外協力チーム長は「独島に対する生徒の関心を高め、日本の不当な領有権主張に論理的に対応できる力を育てようと思う」と述べた。 

  国内最大の教員団体「韓国教員団体総連合会」のキム・ジェチョル報道官は「歴史を直視する教育をする責任が日本にある。根本的な歴史認識が変わらず誤った認識を生徒に植え付けるのは未来の韓日関係にも望ましくない」と指摘した。


■「韓日合意」記述で解決済を懸念(3月24日)ハンギョレ新聞
日本高校教科書に「12・28合意」登場
登録 : 2017.03.24 21:52修正 : 2017.03.25 08:53 ハンギョレ新聞

「集団的自衛権」要件を具体的に叙述 
「独島は日本領土」表現も増加

 来年から使われる日本の高等学校用歴史・社会科目教科書に、日本軍「慰安婦」問題に対する韓日政府間12・28合意の内容が大挙含まれた。安倍晋三政権が推進した「集団的自衛権」行使など、安保政策に関連した内容も教科書に詳細に叙述され、安倍政権の右傾化政策が日本の教科書に本格的に反映されたことになる。

 日本の文部科学省が24日に発表した高等学校教科書の検定結果によれば、高校歴史教科書13種のうち4種と政治経済7種のうち3種に12・28合意内容が記述された。日本で最も進歩的な教科書と知られている実教出版は<日本史B>に「12・28合意内容は最終的かつ不可逆的解決とされ、日本政府は合意に基づいて『慰安婦支援』を目的に韓国政府が設立した財団に10億円を拠出した」と記述した。また「韓国のユン・ビョンセ外交部長官は、日本政府が実施する措置に協力を表明し、駐韓日本大使館前の少女像問題の適切な解決のため努力すると発言した」と書いた。

 東京書籍も<政治経済>教科書で「韓国政府が設立する財団に日本政府が資金を拠出するなどによって慰安婦問題の最終・不可逆的解決に合意した」と記述した。12・28合意が記述された7種のうち4種は、日本政府が資金を拠出することで慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されたと記述した。この教科書を通じて慰安婦問題を学習した日本の生徒たちが、慰安婦問題はすでに解決済の過去の問題という認識を持つようになることが憂慮される。

 安倍政権がこの間推進してきた集団的自衛権の行使など、安保政策に関する内容も教科書に詳細に記述された。文部科学省は「(集団的自衛権)行使が可能な具体的要件に対する記述がなければ、生徒たちが理解できない可能性がある」として、各出版社に集団的自衛権の行使要件を教科書本文や脚注に具体的に記述させた。

 独島問題と関連しては、検定を申請した24種の教科書のうち、80%近い19種で独島関連記述が入った。以前に比べて「韓国が(不法)占拠している」という表現も増えたことが確認された。日本政府は2014年に中・高校生指導要領解説書を改定し、独島に対して「日本固有の領土」 「韓国による不法占拠」などの表現を使うようにしたことがある。

東京/チョ・ギウォン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2017-03-24 18:09

*****************************************************
調査会法情報を提供している
戦争被害調査会法を実現する市民会議のURL
*****************************************************

この記事に

調査会法情報170325(新国立公文書館)
----------------------------------------------------------------------
《新国立公文書館》
■政府の有識者会議が新国立公文書館で報告書(3月23日)NHK
■新国立公文書館は地上3階、地下6〜7階(3月23日)日経新聞
■2027年度完成予定で憲政記念館の敷地に建設(3月23日)毎日新聞
■公文書、50年分を保管、歴代首相らの日記や手記も公開(3月24日)朝日新聞
◆国立公文書館の機能・施設の在り方等に関する調査検討会議
2017年3月23日開催 第20回 配布資料一覧
----------------------------------------------------------------------


《新国立公文書館》

■政府の有識者会議が新国立公文書館で報告書(3月23日)NHK
日本国憲法原本など展示を 新国立公文書館で報告書
3月23日 14時28分 NHK

新たな国立公文書館の在り方などを検討してきた政府の有識者会議は、日本国憲法の原本など、歴史的な公文書を常設で展示することなどを盛り込んだ報告書を取りまとめ、23日に公文書管理を担当する山本地方創生担当大臣に提出しました。
政府は、東京・千代田区にある国立公文書館の老朽化が進んでいることなどから、国会近くの憲政記念館の敷地に新たな公文書館を建設する計画です。

新たな公文書館の在り方などを検討してきた政府の有識者会議は、23日に開いた会合で報告書を取りまとめ、公文書管理を担当する山本地方創生担当大臣に提出しました。
それによりますと、新たな公文書館では、現在は公開されていない日本国憲法の原本など、歴史的な公文書を常設で展示することを提案しているほか、展示スペースや学習や研究に活用できるスペースなどを含めて施設の規模を大幅に拡大するよう求めています。

また、会合で示された政府の試算によりますと、完成までの工期は9年半程度で、建設費用は最大でおよそ850億円程度になるということです。

政府は、新年度中にも策定する、新たな公文書館の具体的な整備計画に、報告書の内容を反映させることにしています。


■新国立公文書館は地上3階、地下6〜7階(3月23日)日経新聞
新国立公文書館の建設費、最大850億円 政府試算 
2017/3/23 19:12

 政府は23日、新しい国立公文書館のあり方を検討する有識者会議を開き、建設費は最大850億円、工期は9年半程度になるとの試算を公表した。総床面積は最大で現在の4倍の5万平方メートルに拡大する。試算を踏まえた基本計画を2018年3月までに策定し、早ければ27年度の完成をめざす。

 建設地は憲政記念館がある国会議事堂前の庭園に内定している。試算は同館を解体し、同館の機能を含めた新たな公文書館の建設を想定したもの。地下6〜7階、地上3階建てで、総床面積のうち書庫に最大2万3500平方メートル割き、数十年間分の収容力を確保する。

 有識者会議では、業務の見学・体験ツアーなど調査・学習機能の充実を盛り込んだ提言もまとめた。

■2027年度完成予定で憲政記念館の敷地に建設(3月23日)毎日新聞
新国立公文書館 建設費、最大850億円 政府試算
毎日新聞2017年3月23日 21時17分(最終更新 3月23日 21時17分)
 
 政府は23日、新しい国立公文書館の在り方を検討する有識者会議を東京都内で開いた。憲政記念館のある国会前の庭園に予定通り新館を建設した場合、約790億〜約850億円の費用がかかり、工期は9年半程度になるとの試算を公表した。公文書の保存や展示の具体案を盛り込んだ報告書も決定した。近く衆院議院運営委員会の小委員会に提出する。

 試算は、現在の憲政記念館を解体したうえで、同館の機能を含めた新公文書館建設を想定。地上3階、地下6〜7階を予定し、完成は最短で2027年度の見通しだ。今後、小委員会が建設地を正式決定し、政府が来年3月までに基本計画を策定する。

 報告書は、新公文書館の総床面積を現在の3〜4倍に当たる4万2000〜5万平方メートルにすると明記。このうち書庫に1万5900〜2万3500平方メートルを充て、数十年間分の収容力を確保する。日本国憲法や、1945年に昭和天皇が署名した終戦詔書の原本を「シンボル展示」することも盛り込んでいる。(共同)


■公文書、50年分を保管、歴代首相らの日記や手記も公開(3月24日)朝日新聞
50年分の公文書収容、提言 新公文書館、書庫最大3.5倍 有識者会議
2017年3月24日05時00分 朝日新聞

 新しい国立公文書館のあり方を検討する政府の有識者会議は23日、新施設の整備方針などを盛りこんだ報告書をまとめた。50年分の公文書を保管できるよう、書庫の面積を現在の最大3・5倍に広げるよう提言。建設費は800億円前後、工期は9年半を見込んでいる。

 報告書は公文書館の役割を「国のかたちや国家の記憶を伝え将来につなぐ場」と位置づけ、ハードとソフトの両面で欧米並みの水準をめざしている。

 東京都千代田区の北の丸公園にある現在の公文書館はほぼ満杯になっている。国会近くの憲政記念館の敷地内に設ける新施設は、書庫を現在の6600平方メートルから最大2万2850平方メートルに拡充する。延べ床面積は1万1550平方メートルから最大5万平方メートルに広げる。映像を駆使して時代背景などを解説する展示室も新たに設ける。

 日本国憲法や昭和天皇の「終戦の詔書」など重要な公文書の原本も展示。歴代首相らの日記や手記を全国から集めて公開する。資料修復の体験会や古文書の読み方講座も開くほか、膨大な公文書のデジタル化を進め、館外からもインターネットで閲覧できるようにする。

 公文書の保存の是非を判断する職員が現在は政府全体で20人程度にとどまっていることをふまえ、報告書は公文書管理の専門人材を確保・育成する必要性を指摘した。公的資格制度の創設も唱えている。 (寺本大蔵)


◆国立公文書館の機能・施設の在り方等に関する調査検討会議
2017年3月23日開催 第20回 配布資料一覧

資料1   新たな国立公文書館の施設等に関する調査検討報告書(案)【概要】 (PDF形式:301KB)
資料2   新たな国立公文書館の施設等に関する調査検討報告書(案)【本文】 (PDF形式:563KB)
            新たな国立公文書館の施設等に関する調査検討報告書(案)【参考資料】 (PDF形式:724KB)

イメージ 1

*****************************************************
調査会法情報を提供している
戦争被害調査会法を実現する市民会議のURL
*****************************************************

この記事に

調査会法情報170324(森友学園問題)
----------------------------------------------------------------------
《森友学園問題》
■森友問題の本質はネット右翼が教育現場に浸透した結果(3月23日)ハンギョレ新聞
■「森友疑惑の淵源は安倍首相と維新の意気投合にあり」(3月24日)MAG2 NEWS
----------------------------------------------------------------------


《森友学園問題》


■森友問題の本質はネット右翼が教育現場に浸透した結果(3月23日)ハンギョレ新聞
日本の右翼に対する専門家、「安倍内閣自体がネット右翼」
登録 : 2017.03.23 23:06修正 : 2017.03.24 07:25 ハンギョレ新聞

「ネット右翼が教育現場に浸透 
強要する愛国は愛国とは言えない 
安倍首相には理想的な幼稚園 
問題になるとすぐに尻尾切り」

 韓国でも翻訳出版された『街頭に出てきたネット右翼』(原著:『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』)の著者で、日本の右翼に対する専門家であるフリージャーナリストの安田浩一氏(52)は、最近日本の政官界を揺さぶっている「森友学園スキャンダル」について「日本のネット右翼が教育現場に浸透したと見ることができる」と話した。彼は「安倍内閣自体がネット右翼」とも語った。「ネット右翼」とは、インターネットをベースに人種差別的で国粋主義的な活動をする人々をいう。

 21日、東京の新宿で会った安田氏は、森友学園問題の本質は単純な土地取引疑惑ではないと話した。森友学園は昨年6月、小学校を設立するとして政府から国有地を鑑定価格の14%に過ぎない安値で譲り受ける契約を結び、この取引に対する安倍首相と官僚らの関与の有無が争点に浮上している。

 しかし、彼は「森友学園問題は(不正腐敗の他にも)教育の側面がより大きな問題だ。 幼稚園生に「安倍首相ガンバレ」と叫ばせるような醜悪な教育は、第2次大戦以前にも無かった」と話した。彼は「(森友学園理事長である)籠池泰典氏の教育を、保守とか民族教育ということも間違いだ。(森友学園は)ネット右翼だ。それは愛国心でもない。 強要されてできた愛国心は愛国心ではない」と話した。

 安田氏は森友学園が運営した塚本幼稚園に子供を送った両親の中には、在日韓国人や中国系もいたことを指摘した。「その学校が良くて子供を送ったのではなかった。家から近かったり、家の前をスクールバスが通ったので送っただけだった」と話した。彼は「私が最も問題だと考えるのは『韓国人が嫌いです。中国人が嫌いです』と堂々と話し、それを当事者に伝達することだ。一部だがこれが「日本の空気(雰囲気)だと思う」として「森友学園は教育機関としてしてはならないことをした。人を傷つけて地域共同体を破壊した」と指摘した。

 安田氏はまた、安倍政権について「民主党政権でかえってネット右翼が気勢を上げた。安倍政権では安倍政権自らがネット右翼化したと考える。安倍内閣は排他的、攻撃的、愛国的など十分にネット右翼の要素を持っている。安倍政権以後、在特会(「在日特権を許さない市民の会」という嫌韓組織)はさらに大きくなることはなかった。政権自体がネット右翼なので、(既存のネット右翼だった)在特会は必要なくなった」と指摘した。

 安田氏は森友学園の教育方針がまさに安倍政権の指向するところと一致するとし、今回の事件をこのように整理した。

 「森友学園の理事長である籠池氏は、安倍首相がやりたい教育を先にやった。安倍政権は“愛国教育”、全国の幼稚園・保育園で日本国旗(日の丸)を掲げて君が代を歌わせる方針を出している。 (森友学園が運営した)塚本幼稚園はこれを先取りした。問題になるや安倍が“とかげの尻尾を切るように”切り捨てようとしているが、安倍がしたいのはこのような教育ではないのか。(安倍政権は)日本全体の幼稚園を塚本幼稚園のようにしたかったのだと思う」

東京/チョ・ギウォン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2017-03-23 19:22


■「森友疑惑の淵源は安倍首相と維新の意気投合にあり」(3月24日)MAG2 NEWS
証人喚問でも食い違う主張。森友学園「茶番劇」の発端は何なのか?
2017.03.24 4 by 新恭(あらたきょう)『国家権力&メディア一刀両断』
 

「森友学園問題」を巡り、23日に日本中が注目する中で行われた籠池理事長の証人喚問。同日掲載の速報ライブ記事「籠池理事長、証人喚問で昭恵夫人からの寄付や政治的関与に言及」でも既報の通り、籠池氏側と安倍首相夫妻との主張が食い違うなど、問題はさらに泥沼化の様相を呈してきました。メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さんは「森友疑惑の淵源は安倍首相と維新の意気投合にあり」とした上で、今回の証人喚問でも籠池氏が「ハシゴを外された」と名指しで批判した松井一郎・大阪府知事や、その府知事がやはり名指しで責任を転嫁したとも取れる発言を行った財務省の「不可解な動き」について詳細に分析し、問題の本質に迫っています。

森友疑惑の淵源は安倍首相と維新の意気投合にあり

2012年2月26日は、森友学園の運命を変えた日といえるかもしれない。

大阪の市立こども文化センター。ステージ上には、その年の12月に総理の座に返り咲くことになる安倍晋三氏と、大阪府知事に就任して間もない松井一郎氏の姿があった。

もう一人の登壇者は、このイベントを主催した一般財団法人「日本教育再生機構」の八木秀次理事長(麗澤大学経済学部教授)だ。

日本教育再生機構は第1次安倍内閣のころに発足、「道徳」の教科化を提言するなど、安倍氏の教育思想を支える団体である。

そのころ、松井・橋下体制の大阪府と大阪市では、教育における政治主導の明確化をめざす教育基本条例の制定にむけて議会の審議が大詰めにさしかかっていた。

司会役の八木氏から、大阪府市の取り組みについて考えを問われた安倍氏は、こう語った。

条例は閉塞状況にあった教育現場に大きな風穴をあけると評価している…日の丸掲揚、君が代斉唱に3回従わず着席をしたままという教師は分限処分の対象となるのは当然。愛国心を培い、日本人としてのアイデンティティーを育てるのは教育が当然やるべきことだ。

個人の自由とともに規範意識を重んじる
個人の権利とともに義務を重んじる
伝統文化を深く理解し、愛国心及び郷土愛に溢れる
グローバル競争に対応できる─そんな人材の育成をめざす

のが、大阪の教育基本条例だ。こうした理念は日本教育再生機構の次のような考え方と通底している。

かつて、日本の教育は、世界から絶賛される高い水準にありました。日本人一人ひとりの胸にある使命感や道徳心がその教育力を支えていたのです。しかし、今や見る影もありません。
道徳心や教育水準が「見る影もなく」低下しているのであれば、クールジャパンとか言って、日本人や日本文化の美点を世界に触れ回ることもできないだろう。海外からやってくる人々が日本人の礼儀正しさや規律を守る姿勢を賞賛することもあるまい。

ならば、この場合の「かつての日本」とは、戦前のことであろうか。道徳心とは「修身」教育によって養われた精神をさすのだろうか。

つまるところ、ステージ上の三人に共通する考えは、個人の自由や権利を主張するより、愛国心や使命感を持って国のため世界の競争に勝てる人材を養成することこそ教育の主目的だ、ということだろう。

イベントがあったその夜、安倍氏と側近の衛藤晟一氏は松井氏ら大阪維新の会の幹部らと大阪の居酒屋で、共通する教育観を語り合い、大いに意気投合したそうだ。

安倍氏がその後まもなく、橋下徹大阪市長と会い、維新との絆を深めていったのは周知のとおりだ。

実は、この時期、森友学園の籠池泰典理事長は大阪府からの吉報を待っていた。

財務基盤が弱く幼稚園しかない同学園には小学校設置に規制の壁が立ちはだかっていたため、2011年夏、大阪府に規制緩和を申し入れていた。

府は小中学校を設置した実績のある学校法人にしか借入金による小学校新設を認めていなかったのだ。

翌2012年4月、大阪府はこの審査基準を緩和した。森友学園は念願の小学校新設へ向け最初の障壁をクリアしたのだ。

松井一郎府知事は「外から私学にどんどん入ってきてもらうためにハードルの高い部分を見直した」と話すが、そのころ他に具体的な要望事例はなく、森友学園を念頭に置いた規制緩和であったことは間違いない。

森友学園の運営する塚本幼稚園が、戦前の「教育勅語」を園児に暗誦させる愛国教育を進めていることは当時からよく知られていた。

とくに自民党大阪府議団から右派思想の持ち主たちが飛び出し、人気絶頂の橋下徹氏をトップに据えて誕生した「大阪維新の会」にはウケがよかった。

森友学園が小学校建設への決意を固め、審査基準の緩和を大阪府に要望した背後で、維新の府議や、国会議員秘書らが蠢いていたことは容易に想像される。

むろん、維新の親分格である松井知事そのものが、まさに安倍氏の言う「教育現場に大きな風穴をあける」ための実績づくりとして、森友学園の愛国教育に目をつけていたことは確かだろう。

実際、大阪府知事の行動記録を見ると、2014年10月に森友学園が小学校設置認可を申請し、府私立学校審議会で「認可適当」との答申が出る2015年1月までの間、担当の私学大学課職員が頻繁に知事室に出入りし、松井知事と打ち合わせを重ねていたことがわかる。

たとえば森友学園が設置認可を申請した2014年10月だけでも、松井知事が私学大学課の課長らと打ち合わせをしたのは、10月7、8、20、21、22、24日の計6回にもおよぶ。

私学審議会で委員たちから設置認可に否定的な意見が多かったにもかかわらず、実務を担う私学課が無理な理屈を通して「認可適当」に誘導した背景に、松井知事の意思があったと考えるのは自然である。

条件が付きながらも「認可適当」との府の判断を受けて、国有地払下げの是非などを審議する2015年2月10日の国有財産近畿地方審議会でも、数々の疑問点がありながら、「10年間の定期借地、その間に購入」を了承するという、学園側への配慮の行き届いた判断を下したのである。

府の「認可適当」について、松井知事は、財務省からの要請を受けて出したものだという認識を示している。近畿財務局の役人が何度か大阪府庁を訪れて「認可の見込み」を知らせるよう求めていたらしい。

できるだけ国に責任を転嫁したいという松井知事の心理もうかがえるが、なぜか財務省が異様に焦っていたのも事実である。

財務省の役人が地方の役所に足を運ぶのは滅多にないという。そこまでして、森友案件にこだわる財務省を突き動かしたものは何か。

常識的には、安倍首相、あるいは麻生太郎財務相に喜ばれることをして、評価されたいという官僚のサガが働いていたと考えるべきだろう。

森友学園の籠池氏は、かなり前から政治家と付き合ってきた。2008年7月12日、塚本幼稚園で開かれた「教育再生地方議員百人と市民の会」第10回定期総会で基調講演をしたのは鴻池祥肇参院議員だった。

その案内チラシにはこう書かれていた。

次期総理に最も近いのが麻生太郎氏、その麻生氏に最も近いのが鴻池氏。しかるべき日には党で幹事長、または内閣で文部大臣。かなり可能性がある話だと思います。
ちなみにこの会合には、大阪市議、吹田市議、柏原市議ら大阪府下の地方議員が参加している。

麻生太郎氏は事実、その年の9月に総理大臣となり、鴻池氏は官房副長官に就任した。

国のトップにつながる人脈をつかみ、籠池氏は普通の人々なら持っているはずの、まっとうな感覚を失っていったのだろう。

2015年に小学校の「認可適当」が下りると、資金不足も顧慮せず、自分には大物政治家がついている、支援者も多い、寄付金はたんまり入ってくると錯覚して小学校建設に突き進んだと推察される。

この年の9月5日、安倍昭恵夫人が塚本幼稚園で講演し、新設小学校の名誉校長を引き受けたときは、天下をとったような気分だったのではないだろうか。かりに安倍首相から100万円の寄付があったとしたら、なおさらだ。

それだけに、この国有地払い下げにまつわる疑惑が、NHKやテレビ大阪のローカルニュースや朝日新聞の記事をきっかけに政権を揺るがす大問題に発展し、これまで協力的だった役所はもちろん、頼りにしていた政治家たちがいっせいに無関係を装って遠ざかったことは、籠池氏にとってさぞかしショックだっただろう。

籠池氏のもくろみは、ものの見事に砕け散り、巨額の負債を背負ったまま、小学校開校が見通せなくなった。頼りの寄付金も途絶えた。誰かの働きかけがあったのかどうか、認可申請を取り下げたものの、目下最大の危機である金銭面について救いの手が差しのべられた様子はない。

所属する日本会議からも嫌がらせメールが届き、孤立無援となった籠池ファミリーは、天敵だったはずの「日本会議の研究」著者、菅野完氏を頼るほかなくなった。昨日の敵は今日の友。人生、わからないものである。

このメルマガが届く23日、籠池氏は証人喚問に呼び出されている。幼稚園児に「安倍首相ガンバレ」とまで言わせて権力者の機嫌をとろうとした自らの愚かさを反省するとともに、都合が悪くなれば知らぬ存ぜぬを通そうとする政治家や官僚の真実の姿を、怒りに任せて、洗いざらいぶちまけてみたらどうだろうか。

塚本幼稚園のような教育を褒め称え、その小学校版を今の日本につくることが教育再生だと信じて疑わなかった国のトップ、大阪府の知事。その思いを汲み取って、特定の学校法人を異常に優遇した役人たち。彼らこそ、この国の根本を蝕む存在なのではないだろうか。


『国家権力&メディア一刀両断』
著者/新 恭(あらた きょう)(記事一覧/メルマガ)
記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。その実態を抉り出し、新聞記事の細部に宿る官製情報のウソを暴くとともに、官とメディアの構造改革を提言したい。

*****************************************************
調査会法情報を提供している
戦争被害調査会法を実現する市民会議のURL
*****************************************************

この記事に

調査会法情報170324(教育勅語)
----------------------------------------------------------------------
《教育勅語》
■「教育勅語」は自由民権運動を抑えるために作成された(3月24日)シノドス
----------------------------------------------------------------------


《教育勅語》


■「教育勅語」は自由民権運動を抑えるために作成された(3月24日)シノドス
《教育勅語》には何が書かれているのか?  辻田真佐憲×荻上チキ
2017.03.24 Fri
大阪の国有地払い下げ問題で注目を集めている「森友学園」が運営する幼稚園で、園児に「教育勅語」を暗唱させていることが明らかになり話題となっている。明治時代に制定され、戦後廃止された教育勅語。そこには、いったい何が書かれていたのか。また、戦前の日本にどのような影響を与えていたのか。文筆家で近現代史研究者の辻田真佐憲氏に伺った。2017年03月16日放送TBSラジオ荻上チキ・Session-22「《教育勅語》には何が書かれ、戦前の日本にどのような影響を与えたのか?」より抄録。(構成/大谷佳名)
 
 
 
教育勅語が作られた経緯
 
荻上 今日のゲストをご紹介します。文筆家で近現代史研究者の辻田真佐憲さんです。よろしくお願いします。
 
辻田 よろしくお願いします。
 
荻上 辻田さんは、政治と文化芸術の関係性をテーマに研究されており、軍歌やプロパガンダ、「君が代」などについても本を書かれています。
 
今回、大阪府の森友学園が運営する「塚本幼稚園幼児教育学園」で、園児に教育勅語を暗唱させていることが分かり、これに関して稲田朋美防衛大臣が国会で「教育勅語の精神を取り戻すべきだ」などと答弁したことが大きなニュースとなりました。このことについて、どうご覧になっていますか。
 
辻田 塚本幼稚園は軍歌を歌わせる幼稚園ということでもともと知っていたのですが、今回これだけ立場ある政治家の方が国会で教育勅語を擁護したというのは驚きでしたね。
 
荻上 そもそも「教育勅語」とはどういうものなのでしょうか。教育勅語が生まれた背景・経緯について教えてください。
 
辻田 教育勅語が発布されたのは1890年です。当時の総理大臣である山県有朋の主導のもと、法制官僚の井上毅によって起草されました。この年は日清戦争が始まる4年前になります。つまり、当時の日本は不平等条約があり、いつ植民地にされてもおかしくないくらい弱小の国だったんです。ですから、「世界に冠たる神の国」とか「八紘一宇」とか、大それたことは書かれていません。
 
そもそも、なぜ教育勅語が作られたのかというと、一つは自由民権運動を抑えるためです。教育によって日本の精神を叩き込むことで、政府への反抗を未然に防ごうとしたのです。また、日本は当時、周辺国と大変険悪な関係にあったので、軍事の観点からも国民精神を注入することが有効と考えられました。
 
荻上 当時は大政奉還がされて間もない時代。天皇の権威のもとにもう一度国を作り直そうという意識も色濃くあったということでしょうか。
 
辻田 そうですね。「勅語」というくらいなので、これは天皇からのメッセージという位置付けなんです。
 
当時、西洋の思想を積極的に取り入れようとする啓蒙主義の立場と、それに対抗して、もともと日本にある東洋の道徳を大切にする儒教主義の立場があり、この二つを巡って対立がありました。そのなかで「第三の道」として作られたのが教育勅語だったのです。そのため、儒教的な道徳を説きながらも、「憲法を守りましょう」というような近代的な道徳も含まれています。
 
荻上 その教育勅語は、当時の国民にどのように受け止められたのでしょうか。
 
辻田 教育勅語が発布されたあとに、これを国民全体に広めるために学校でどう扱うべきかをまとめた文書を文部省が出したんです。それによると、祝祭日に子どもたちは学校に集まり、儀式に参加することが義務付けられていました。そこで校長先生が生徒の前で教育勅語を一語一句間違わないように読むんです。ここで、教育勅語は天皇の言葉なので、一つでも間違って読んでしまうと大変な不敬に当たります。そして子どもはその間、ずっとお辞儀をしなければいけない。式典の前方には、「御真影」と呼ばれた天皇皇后の写真が置かれることになっていました。
 
ちなみに、もう少し後の時代になると、天皇の写真を保管するための建物(奉安殿)が学校に建てられたりもしました。そういったことを通じて、天皇の神聖さ、偉大さを刷り込もうとしたんです。
 
荻上 当時の証言集などを読んでいると、学校で火事が起きた時に、先生が生徒の安全よりも真っ先に「御真影は無事か!」と言って駆けつけた、というエピソードもあります。それくらい尊いものとして大事に扱われていたんですね。
 
学校現場で子どもたちに覚えさせようという動きは、教育勅語が成立したころから始まっていたんですか。
 
辻田 そうですね。高等中学校などには、天皇が直接署名した教育勅語が配布されていたので、その紙に向かって敬礼をするということが行われていたようです。その後は国定教科書にも教育勅語の解説が載るようになり、加えて祝祭日の儀式では礼をさせられて、肉体で覚えていくような側面があったのだと思います。
 
 
教育勅語には何が書かれているのか?
 
荻上 教育勅語は成立した後、日清戦争後も、内容を見直そうという動きはあったのでしょうか。
 
辻田 はい。教育勅語の内容を見てみると、稲田防衛大臣が国会で言及していた「親孝行しなさい」や「兄弟姉妹は仲良くしなさい」など、たしかに現在でも違和感のない内容も含まれてはいます。これらの多くは個人の振る舞いに関する教えでした。日清戦争で勝利して大国の仲間入りをすると、どうしても、より複雑な、社会的な道徳(国際交流、産業振興、女子教育など)が必要になっていきます。
 
そうした意味で、教育勅語は、弱小国だった時代の日本では適切な道徳だったのかもしれませんが、数年後にはすでに疑わしくなっているくらいの内容だったんです。また、成立した当初は台湾や朝鮮など異民族の支配を想定していないという問題もありました。そういう部分を補って、新しいものを作ったほうがいいんじゃないか、という議論はずっとありました。
 
荻上 しかし、教育勅語は天皇の言葉として出されているので、他の人が案を出すこと自体が問題視されそうですね。
 
辻田 はい。実際、それは当時の国会でも議論になり、文部省内で改訂を検討しているとの風聞に対して「不敬だ」といって政府攻撃の材料にされたりしていました。
 
そのため、教育勅語そのものは変えず、別の勅語を出して補う形で日露戦争以降は対応していきました。たとえば日露戦争後に出された「戊申詔書」、第一世界大戦の後に出された「国民精神作興詔書」、あるいは、日中戦争の途中で出された「青少年学徒ニ賜ハリタル勅語」などです。
 
荻上 なるほど。ここで、教育勅語にはなにが書かれているのか、原文を見てみたいと思います。
 
 
朕惟フニ我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世々厥ノ美ヲ済セルハ此レ我カ国体ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦実ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭倹己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ学ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓発シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ広メ世務ヲ開キ常ニ国憲ヲ重シ国法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ独リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顕彰スルニ足ラン
斯ノ道ハ実ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ
 明治二十三年十月三十日
 御名 御璽
  
 
辻田 戦前では、「これが現代語訳だ」と唱えること自体が不敬とされていましたが、「謹解(謹んで解釈する)」といったかたちで解釈本が300種類くらい出ていたと言われています。もともと教育勅語は、ある程度どうとでも解釈できる文体になっていました。どこを区切って読むかによっても意味が変わってきます。
 
荻上 当時の政治状況も関係して、やや玉虫色な表現になっているんですね。現在においても天皇の言葉というのは、いかに解釈の余地を残しつつも断言しない伝え方をするかが問われますが、それが当時の教育勅語にはより色濃く反映されているわけですね。
 
数ある解釈の中で、これは通説と言えるものはありますか?
 
辻田 もっとも使いやすいのは、1940年に文部省図書局の内部で国定教科書を編纂する際の参考資料として作られたものです。これは事実上の現代語訳になっています。もちろん当時は日中戦争の真っ只中なので、天皇主義(国体明徴)が強く出ている点は注意しなければいけませんが、やはり戦前に文部省が作ったものだということで、最もオフィシャルな解釈として参考になるのではないかと思います。
 
荻上 この解釈のもとで教育をしていこうという文部省の発想が見て取れるものなんですね。では、そちらの全文通釈も見てみましょう。
 
 
朕がおもふに、我が御祖先の方々が国をお肇めになつたことは極めて広遠であり、徳をお立てになつたことは極めて深く厚くあらせられ、又、我が臣民はよく忠にはげみ孝をつくし、国中のすべての者が皆心を一にして代々美風をつくりあげて来た。これは我が国柄の精髄であつて、教育の基づくところもまた実にこゝにある。臣民は、父母に孝行をつくし、兄弟姉妹仲よくし、夫婦互に睦び合ひ、朋友互に信義を以て交り、へりくだつて気随気儘の振舞をせず、人々に対して慈愛を及すやうにし、学問を修め業務を習つて知識才能を養ひ、善良有為の人物となり、進んで公共の利益を広め世のためになる仕事をおこし、常に皇室典範並びに憲法を始め諸々の法令を尊重遵守し、万一危急の大事が起つたならば、大義に基づいて勇気をふるひ一身を捧げて皇室国家の為につくせ。かくして神勅のまにまに天地と共に窮りなき宝祚の御栄をたすけ奉れ。かやうにすることは、たゞに朕に対して忠良な臣民であるばかりでなく、それがとりもなほさず、汝らの祖先ののこした美風をはつきりあらはすことになる。
 
こゝに示した道は、実に我が御祖先のおのこしになつた御訓であつて、皇祖皇宗の子孫たる者及び臣民たる者が共々にしたがひ守るべきところである。この道は古今を貫ぬいて永久に間違がなく、又我が国はもとより外国でとり用ひても正しい道である。朕は汝臣民と一緒にこの道を大切に守つて、皆この道を体得実践することを切に望む。
 
 
荻上 「臣民は、父母に孝行をつくし、兄弟姉妹仲よくし……」から始まる長い一文を見てみると、はじめの方は、家族を大事にしなさい、慈愛をもって人に接しなさいというような、個人に対する教えが書かれていますが、文の最後は「……万一危急の大事が起つたならば、大義に基づいて勇気をふるひ一身を捧げて皇室国家の為につくせ」となっていて、それぞれの教えはそこにつながっていく。国民個人の振る舞いを尊重するといった意味ではなくて、臣民としてのあるべき姿として天皇のために尽くせ、という図式に見えますね。
 
辻田 その通りで、一番強いメッセージは「天皇国家のために努力しろ」ということなんです。もともと自由民権運動を抑えるために作られたわけですから、独立、自治、民主主義などの考え方とは当然、逆の立場になるわけです。【次ページにつづく】
 

神話・天皇制とは切り離せない

荻上 今も解釈をめぐってはさまざまな意見がありますよね。リスナーからも、こんなメールが来ています。
 
「教育勅語の内容に大きく問題があるとは思えません。天皇云々の部分以外の内容なら、今の教育現場で使って欲しいくらいです。」
 
ネット上でも「教育勅語の12の徳目」というものが話題となっていて、「意外といいこと言っているじゃないか」という声も少なくないようですが、これについてはいかがお感じですか。
 
辻田 まず重要なのは、これは天皇からのメッセージなので、天皇について書かれている部分を除いて議論することは不可能です。また、12の徳目という区切り方、数え方が正しいのかも考えなくてはいけません。これさえも一つの解釈に過ぎないんです。
 
さらに、教育勅語が作られる過程の草稿を見てみると、例えば「地元を大切にしよう」という主旨の文言が完成版では落ちていることがわかります。なぜなら、中央集権の邪魔になるからでしょう。そういった、明治国家のために作られた、その時代に拘束された文章なのだと理解しておかなければいけません。だからこそ、教育勅語は戦後間もなく廃止されたのです。明らかに教育勅語は戦後の日本国憲法や教育基本法と噛み合っていなかったからです。
 
荻上 つづいて、こんなメールも来ています。
 
「『天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ』の部分の意味がよくわかりません。ここは戦前・戦中はどのような意味として教えられたのですか。」
 
辻田 先ほどの文部省の訳では、「かくして神勅のまにまに天地と共に窮りなき宝祚の御栄をたすけ奉れ」となっています。これは「天壌無窮の神勅」という日本書記に出てくる神話が元ネタになっているんです。天皇の祖先と言われている天照大神(アマテラスオオミカミ)が、孫の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)に対して、「天の国(高天原)から地上に降りて日本を永遠に支配すべし」というメッセージを送るというお話です。
 
このメッセージが天壌無窮の神勅と呼ばれます。瓊瓊杵尊のひ孫が神武天皇になるわけですから、天壌無窮の神勅は近代の天皇にもつながっていると解釈される。そしてこれが天皇統治の根拠になっているのです。
 
現在、出回っている教育勅語の現代語訳をみてみると、「国のために尽くせ」など、いかにも現代風に解釈したものも多く、塚本幼稚園のホームページにもそのような形で載っているのですが、全く間違った解釈です。教育勅語とは、天皇とは決して切り離せない文章なのだと強調しておきます。
 
荻上 塚本幼稚園のホームページに掲載されているのは、国民道徳協会による現代語訳というもので、明治神宮のホームページなどでも使われています。この訳が一人歩きしているように感じますが、なぜこれほど広まっているのでしょうか。
 
辻田 この現代語訳は、佐々木盛雄という元自民党議員が作ったものです。彼は、「教育勅語の精神を失ったから日本は道徳的にダメになった」という主張のもとに、70年代ごろに教育勅語を復活させるために訳を作りました。ただ、当時はまだ戦争の記憶がある人もたくさんいましたから、国民が受け入れやすいように特に天皇に関わる内容をうまくごまかして作ったんだと思います。
 
この現代語訳が、戦後の教育勅語復活論の時に必ず使われてきたのです。明治神宮に至っては、教育勅語を出した明治天皇を祀っているところなのに、なぜか天皇に触れる部分を削った訳を使っているのは不思議ですが、いつの間にかこれが定訳のようになってしまったんですね。
 
荻上 稲田防衛大臣も国会の答弁で、「親孝行、友達を大切にする、夫婦は仲良くする、そして高い倫理観で高い倫理観で世界中から尊敬される道義国家を目指す」ということが教育勅語の教えであり、それを大事にすべきだと言っていましたが、「世界中から尊敬される」とか「道義国家」といった内容は、もともと教育勅語には含まれていないんですよね。
 
辻田 全くないですね。そもそも冒頭で述べた通り、教育勅語が作られたころの日本は自分たちが食べていくことで精一杯だったので、そんな抽象的なことを言っているような余裕はなかったんです。
 
荻上 稲田大臣が依拠しているのも、戦後に作られた「国民道徳協会訳」だと思われます。都合の良い訳を継ぎ合わせつつ、それでも教育勅語にこだわって見せるというのは、「保守主義」というよりは「保守趣味」と表現するのが妥当に思われます。
 
辻田 まさにそうで、中身を精査するのではなく、記号に反応しているということだと思います。日の丸、君が代、修身、軍歌、全部そうです。そういったものを並べておけば、なんとなく「保守っぽい」というような安直な考え方なのかなと感じます。
 
また、今回、幼稚園で教育勅語を暗記させていたということでしたが、そんなことは戦中にも行われていませんでした。教育勅語を教えるのは基本的に小学校からだったんです。また、塚本幼稚園では天皇の写真を専用の場所に保管するでもなく、置いたままにしているそうですが、こういった当時でいう「不敬」が許されるのは、結局は戦後民主主義のおかげなんです。それなのに、戦後民主主義を批判するという矛盾した振る舞いをしている。結局は、戦前の二次創作のようなものなんだと思いました。
 
荻上 「良いことも言っている」というだけなら、「みんな仲良く」と普通に言えばいいので、教育勅語である必要はありません。現代語訳の流布の在り方、そして戦前、教育勅語は「天皇のために命を捧げろ」という文脈で唱えられていたことを理解したうえで、議論する必要がありますね。辻田さん、ありがとうございました。

*****************************************************
調査会法情報を提供している
戦争被害調査会法を実現する市民会議のURL
*****************************************************

この記事に

調査会法情報170323(慰安婦・遺骨収集・アイヌ遺骨)
----------------------------------------------------------------------
《慰安婦・遺骨収集・アイヌ遺骨》
■釜山強制動員歴史館で「突撃一番」の実物展示(3月22日)ハンギョレ新聞
■元米兵が持ち帰った旧日本兵の帽子「帰郷」(3月23日)産経新聞
■千鳥ヶ淵で南方地域の収集遺骨引渡式(3月22日)ASEAN PORTAL
■アイヌ遺骨返還訴訟、アイヌ協会と北大が返還で和解(3月22日)共同通信
■ベルリンの人類学協会がアイヌ遺骨返還へ調査を開始(3月21日)日経新聞
■アイヌ民族への差別解消に向けた条例制定を(3月19日)北海道新聞
■「コタンの会」が北大にアイヌ民族遺骨の返還求める(3月19日)北海道新聞
----------------------------------------------------------------------


《慰安婦・遺骨収集・アイヌ遺骨》


■釜山強制動員歴史館で「突撃一番」の実物展示(3月22日)ハンギョレ新聞
慰安婦の存在証明する「日本軍コンドーム」、釜山へ
登録 : 2017.03.22 23:56修正 : 2017.03.23 07:04  ハンギョレ新聞

日帝末期に発売された軍需品「ハート美人」' 
日本の僧侶、強制動員歴史館に寄贈

 1937〜40年、日本で「ハート美人」という商品名のコンドームが発売されていた当時、日本人たちはコンドームをサックと呼んだ。1941年太平洋戦争が始まる前、日本の軍部が兵士たちに女性と性的関係を持つ時に使用すると軍需品として支給した。この時コンドームの名前は「突撃一番」だった。突撃一番は当時、日帝が戦争に動員される兵士に植えた思想で、弱者である女性を人格的に待遇せずに性欲求を解決する対象に見ていた日本軍の認識を窺うことができる。

 サックの「突撃一番」の文句は、日本軍が太平洋戦争期間に朝鮮人女性などを強制的に連れて行き性奴隷にした慰安所を、組織的に運営した事実を裏付けている。日中戦争に参加した日本軍の武藤アキイチ(1915-2006)が作成した従軍日誌(日記帳)に「慰安所に強制動員された朝鮮・台湾女性と性的関係を持った後、朝鮮と台湾を征服した」と記録した内容とも一致している。太平洋戦争に参加した日本軍医官が記録した戦場報告書をもとに日本で発刊された「軍医官の戦場報告意見集」にもサックが登場する。

 実物のサックが23日、釜山市南区(ナムグ)にある国内唯一の国立日帝強制動員歴史館に姿を現す。日本の一戸彰晃僧侶が行政自治体傘下の財団法人である日帝強制動員被害者支援財団に寄贈する。財団側は同日午後3時、日帝強制動員歴史観6階のマルチメディア室で、一戸僧侶らが出席するなか寄贈式を開く。

 一戸僧侶の本物のサックの寄贈は、複製サックを日帝強制動員歴史館に寄贈したキム・ムンギル韓日文化研究所長が一戸僧侶を訪れ、懇々と説得して実現したという。これによって日帝強制動員歴史観は、武藤アキイチの従軍日誌の複製品と複製サック、本物のサックを所蔵することになる。現在本物のサックを所蔵しているのは京畿道光州(クァンジュ)の日本軍慰安婦歴史館、中国南京の利済巷慰安所跡地の陣列館、中国上海師範大学などだ。

 一戸僧侶は日本の代表的な仏教宗派である青森県の曹洞宗雲祥寺の住職だ。彼は「朝鮮侵略懺悔記」の発刊を通じて、曹洞宗が朝鮮侵略の時、国外布教という美名のもと犯した行動を一つ一つ告発した。また、彼は、日本が存在自体を否定する日本軍性奴隷を立証できる慰安所の写真を、全羅北道群山市(クンサンシ)東国寺(トングッサ)に寄贈した。

 日帝強制動員歴史館の関係者は「サックは日本軍性奴隷が存在したということを証明する資料だ。実物サックは現存する数が少ないため価値が優れ、幅広い活用が期待できる」と話した。

キム・グァンス記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2017-03-22 22:17


■元米兵が持ち帰った旧日本兵の帽子「帰郷」(3月23日)産経新聞
ニューギニア島で戦死、旧日本兵の帽子「帰郷」 茨城
2017.3.23 07:09 産経新聞

 ■73年ぶり、遺族「夢にも思わず」

 先の大戦中にニューギニア島で戦死した笠間市出身の旧日本兵、亀石脩さん(享年22)の帽子が22日、遺族の元へ帰ってきた。元米兵の遺族が、旧日本兵の遺品の返還活動を行う米国の民間非営利団体(NPO)を通じて返還した。73年ぶりの「帰郷」に、おいの亀石清さん(80)は「遺品が帰ってくるとは夢にも思わなかった。感激した」と喜んだ。

 同市役所で22日、返還式が行われ、県遺族連合会の狩野安理事長から帽子が手渡されると、清さんは笑顔で受け取った。

 脩さんは同市稲田(旧西山内村)出身。昭和19年5月3日、海軍上等機関兵としてニューギニア島のセンタニ付近で散華した。清さんによると、戦没時の詳しい状況はわかっておらず、遺骨も戻っていないという。

 元米兵が戦地から持ち帰った帽子を譲り受けた遺族が、米国のNPO団体「OBON SOCIETY」に日本の遺族への返還を依頼した。今年1月に日本遺族会から県遺族連合会に調査依頼があり、調査の結果、脩さんの身元が判明したという。

 清さんは8歳の時、脩さんの母親にあたる祖母と横須賀まで出向き、戦地に赴く直前の脩さんと最後に会った。脩さんは東京の大学に通っていたといい、「頭がよくていい男だったと聞いていた」と話した。帽子については「いずれ(脩さんの)親たちも入っているお墓に入れるのが一番いいかもしれない」と語った。(上村茉由)


■千鳥ヶ淵で南方地域の収集遺骨引渡式(3月22日)ASEAN PORTAL
ミャンマー等で収集した戦没者の遺骨引渡式が開催
2017年3月22日 ASEAN PORTAL

日本の厚生労働省は、ミャンマー・ビスマーク諸島・トラック諸島から収容した戦没者の遺骨の引き渡し式を、3月23日に千鳥ヶ淵戦没者墓苑で実施する事を発表した。

日本政府は、南方地域における戦没者の遺骨収集を1952年度から開始しているが、まだ全ての遺骨を収集出来ていないために、遺骨収集活動を加速させるため2016年3月に「戦没者の遺骨収集の推進に関する法律」を成立させていた。これらの活動の成果により、一般邦人の引揚者や陸海軍部隊等が日本国内に持ち帰ったものを含めると、海外戦没者約240万人のうち約127万柱の御遺骨を日本国内に迎えている。

これらの活動の一環として、日本戦没者遺骨収集推進協会は3月上旬からミャンマー・ビスマーク諸島・トラック諸島に遺骨収集団を派遣しており、この派遣団が収集した御遺骨を厚生労働省に引き渡す式が開催される事となった。式典には、御遺族・戦友・国会議員・日本戦没者遺骨収集推進協会等関係の団体代表者等が参列し、帰還した御遺骨を迎える。

今回引き渡される遺骨は、ミャンマーで3月8日から3月22日までの間に収容した10柱の御遺骨、トラック諸島で3月11日から3月22日までに収容した11柱の御遺骨、ビスマーク諸島で3月10日から3月22日までに収容した173柱の御遺骨、が厚生労働省に引き渡される事となる。

遺骨引渡式では、「開式」「遺骨収集団入場」「遺骨引渡し」「遺骨仮安置」「黙とう」「献花」「遺骨捧持」「閉式」の順に執り行われる。なお、献花時の奏楽は航空自衛隊航空中央音楽隊が実施する予定である。


■アイヌ遺骨返還訴訟、アイヌ協会と北大が返還で和解(3月22日)共同通信
北大保管アイヌ遺骨は返還で和解 札幌地裁、一連の訴訟終結
2017/3/22 20:39 共同通信

 1930年代に北海道浦幌町から掘り出され、北海道大が保管するアイヌ民族の遺骨64体の返還を浦幌アイヌ協会が求めた訴訟は22日、北大側が遺骨を返還することで、札幌地裁で和解が成立した。北大に対し3次にわたり提訴されたアイヌ遺骨返還訴訟は終結した。

 原告側によると、和解の対象は返還を求めていた遺骨64体に、北大側が新たに提示した12体を加えた計76体。浦幌町への搬送や埋葬の費用は北大側が負担する。

 訴状によると、64体の遺骨は1934〜35年に浦幌町で掘り出され、北海道大の医学部教授らが人類学の研究のため持ち去った。


■ベルリンの人類学協会がアイヌ遺骨返還へ調査を開始(3月21日)日経新聞
アイヌ遺骨のルーツ調査 北大教授、独団体が返還 
2017/3/21 12:31 日経新聞

 ドイツの学術団体「ベルリン人類学民族学先史学協会」が、保管しているアイヌ民族の遺骨1体を日本側に返還することを決め、北海道大大学院の小田博志教授(人類学)が遺骨のルーツを探る調査を始めた。研究目的で持ち去られたアイヌ遺骨を、もともとあった地域に返還する流れが広がりつつあり、小田教授は「尊厳ある帰還を実現したい」と話している。

 協会は取材に対し、保管しているアイヌ遺骨1体について「非合法に得た」とし、返還の意向を表明した。協会が1880年代に発行した学術誌によると、79年にドイツ人旅行者が札幌の公園(現在は跡地)でアイヌ墓地から頭骨を盗掘し、ドイツ人研究者に提供。協会は、学術誌にある頭骨と、保管中の頭骨が同一であると確認した。

 小田教授は2月下旬、ベルリンで協会代表のウォルフラム・シーア氏と面会。「遺骨は物ではなく人。故郷に帰したい」と訴え、遺骨があったアイヌ集落(コタン)の調査を依頼された。

 小田教授によると、遺骨は公園付近にあった「サクシュコトニ・コタン」から盗まれたとみられる。コタン出身者の子孫から聞き取り調査などを行い、今夏にも協会と共同で報告書をまとめる。

 日本政府は、身元不明のアイヌ遺骨を北海道白老町に新設する慰霊施設に集める方針だが、アイヌの有志はそれぞれのコタンに遺骨を戻すよう要求。18日にも日高地方のグループが、新たに約200体の返還を北海道大に求めることを決めた。

 小田教授は、今回の遺骨も白老町ではなく札幌市周辺に戻すことが適切だと強調している。〔共同〕
 

■アイヌ民族への差別解消に向けた条例制定を(3月19日)北海道新聞
民族差別解消へ「条例の制定を」 札幌で市民会議
03/19 05:00 北海道新聞

 アイヌ政策検討市民会議(世話人・丸山博室蘭工大名誉教授ら)の第4回会議が18日、札幌市北区の北大で開かれ、昨年施行のヘイトスピーチ対策法とアイヌ民族の関係などを議論した。

 マーク・ウィンチェスター神田外語大講師は対策法の条文ではアイヌ民族は保護対象外だが、「付帯決議などでは、あらゆる差別が許されないと明言されており、運用面では使える部分がある」と指摘。その上で、自治体のアイヌ民族への差別解消に向けた条例制定を求めた。

 市民会議は昨年4月から学識者やアイヌ民族らがアイヌ政策のあり方を探っており、今回は約60人が参加した。


■「コタンの会」が北大にアイヌ民族遺骨の返還求める(3月19日)北海道新聞
北大保管のアイヌ民族遺骨 計198体返還請求へ コタンの会
03/19 07:00

 【新ひだか】北大などで保管するアイヌ民族の遺骨返還に取り組む団体「コタンの会」(清水裕二代表)は18日、日高管内新ひだか町内で総会を開き、同町静内地区から発掘された196体と同管内浦河町東幌別の2体について、保管する北大に返還を求める方針を決めた。4月にも北大との協議に入りたい考えだ。

 静内地区の196体は1956年の静内駅前墓地の改葬などに伴い、当時の静内町(現新ひだか町)が北大に依頼して発掘した161体や、72年に豊畑共同墓地の改葬に伴って発掘した32体など。

 浦河町東幌別の2体は31年に発掘された1体は個人の特定が可能だが、もう1体は不明だ。

 葛野次雄副代表(新ひだか町)は「具体的な返還方法などはこれから検討するが、発掘の経緯なども情報開示を求めていきたい」と話している。

*****************************************************
調査会法情報を提供している
戦争被害調査会法を実現する市民会議のURL
*****************************************************

この記事に

全713ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.


みんなの更新記事