cafeしなの(の子育て日記)

温泉で娘と男湯に入れないのが悲しい

ひさびさの

朝、娘を小学校に送って帰宅して、なにげなくポストをのぞいたら
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ん?、なんか入ってる

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アヘッド
貼られた付箋には
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「回覧 三橋」って。
JRMのスタッフ三橋君が「社内回覧」したぶんを、じ〜じが届けてくれたらしい。
(一瞬、パリダカのミツハシ君が見たあとじ〜じに回覧されて、次は私が誰かに回さなきゃいけないのかな?なんて思ってしまった。)


付箋が貼ってあるページを見ると
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新編集長のワカバヤシ女史のコラム
「父と子」というテーマで、F1の中島悟親子のエピソードと一緒に、スガワラ親子の話しも。
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そしてもう一枚、付箋が貼られていたページには
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「ヘルメットの話し」というテーマで、ラリー中のテルちゃんとナビのスギウラ君の写真が
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その次のページには、ドキッとさせられるコラムが

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「街のバイク屋がなくなる日」

ホンダに続いてカワサキが、自社製バイクの専売店を作って、いづれは個人経営のバイク屋さんがなくなるだろうという内容。
たしかにKTMやBMWがジャパンを立ち上げて、専売するようになって久しい。
バイクの購入層も高齢化していて、高速のSAを見てもおじさんライダーの花ざかり。
彼らは事前に情報収集をして、専門ディーラーでバイクを買う傾向が強い。

国内メーカーもだいぶ前から国内販売に危機感を抱いていて、今後ますますメーカーの専売化が進み、街のバイク屋さんは衰退の一途をたどるだろうって(この企画は次号も続くらしい)
むかしのように「若者が」街のバイク屋さんに「たむろして」、ずらっと並んだ各メーカーのバイクを前に、「次はどれ買おうかな?」なんておカネも無いのに、ワクワクドキドキした光景も、もう見られなくなるんだろう。
個人商店のバイク屋さんも高齢化が進み、後継者がいない店は廃業に追い込まれている。
個人商店で将来生き残れるのは、ディーラーが扱わない旧車をメンテするフラットや神田川慕情、サスモディファイの依頼が絶えないモンドモトのような、スペシャルショップだけになるのかもしれない。

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ウンチクバナシが苦手なのでふだんは読まない、俳優、大鶴義丹氏のコラムにも、似たような話が。
いわく20代の若手俳優が250ccバイクを買って、メンテができないので氏が相談に乗っているらしい。
義丹氏は1968年生まれで私とほぼ同年代。
むかしの若者はバイクやクルマに所持金をつぎ込んだり、オトコの60回払いと称して無茶なローンを組んで、愛車を手に入れていたが、今の若者は情報量が多いので、ひとつの趣味に没頭するのではなく、もっと冷静に世の中を見ているとか。

そして「ナンシーさん」、「なんき郎」、「ノッテタン」という、聞き慣れない単語も紹介されていた。
これは高速のSAで高齢男性から
「これは何CC?」     → ナンシーさん
「何キロ出るの?」    → なんき郎
「オレも昔乗ってたんだ」 → ノッテタン
と声をかけてくるオヤヂたちのあだ名らしく、納得すると同時に笑ってしまった。

こんな広告も
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行ったことはないが銀座にあるという、高級バイクブティックの広告。
スタイルマーチンってむかし、今は無き上野の「光輪」で扱っていたような。

ツーリングのときだれかが履いていて、「コーリン野郎」って馬鹿にされていたのを思い出した(でもスタイルは変わっていないので、このレトロ感が今はいいのかも)

それにしてもじ〜じはいつ来たのか?
1月のパリダカが終わってから、今回と同じくポストにアヘッドは入っていたり
白バイにつかまった日にじ〜じの地元北海道から、海の幸はいただいていたが、先週はSSERの湯布院ラリーに出たり、南米からレンジャーが帰って来て、来年の準備や問題も山積みのはず。
きっと忙しいと思って、あえて4か月連絡をしていなかった。

私の家からじ〜じの家まで、バイクで10分、歩いて30分。
近くに行く用事があったので、アドベンチャーで寄ってみた。

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と、自宅ガレージに見慣れたジムニーが!

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そしてじ〜じも
おひさしぶりです。

「オレ、コーヒー淹れられるようになったから、上(自宅)に行こう」と連れて行かれ

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出されたのは「モンカフェ」
ってお湯沸かしただけじゃん(!)

それでも今まで家事は何一つやらなかった(できなかった?)おじいちゃんが、お湯を沸かせるようになっただけでも大きな進歩だろう(でもティファールだけど....)。

湯布院ラリーから帰ってきて、昨日まで御殿場のガレージで、モンゴルに出たジムニーなど整備をしていたそう。
ひさびさにゆっくり話しが聞けた。

湯布院ラリーでは川床のルートを走っていたので、
「あんなとこ走って大丈夫なの?」と聞くと、なんと「国道だった」とか。
昔は道路だったのがいつの間にか「川」になってしまったそうで、道の名残で川底はアスファルトが敷かれているらしい。
生活道路にもならずずっと放置されているので、ところどころ穴が開いていたり、裂け目があったり。
川底の「コケ」に滑って、じ〜じも転倒したらしい。

「むかしはトライアルやってたから、自信あったんだけどね〜」
って。
5月にはTBIがあり、7月は北海道4デイズ、8月はモンゴルが待っている。
(今年のモンゴルは思わぬサプライスに驚いたけど、はっきりしたら紹介します)

今年76歳。
去年秋ごろから筋力トレーニングを始めたそうで(本当に今まで夜はビールを飲む以外、なにもやっていなかった)、「湯布院を3日走っても、ぜんぜん疲れなかった」とか。
トレーナーが孫くらい若い女の子らしいが、やっぱり「がんばる張り合い」が違うらしい。

軽いけどじゃじゃ馬のKTM250に乗り換えたりしたが、やっぱり「いちばんしっくりくる」のが、XR230。
それでも10年近く乗って、サスもだいぶヤレてきた。
オーリンズに相談したら
「菅原さんのために前後特注で作りますよ」って(!)

林道も飛ばさないしコケに滑って転ばないよう、トライアルタイヤでいいのでは?と聞くと
「やっぱりゴツゴツのブロックタイヤじゃなくっちゃ」
って。やる気マンマンのスーパーおじいちゃんなのだ。

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こんな自伝出版の話しも進んでいるらしい。

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小樽時代のスガワラ少年の姿も(70年前!)。

ヨーダのようなじ〜じの指が差しているのが

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お父上ば駆るラビットの後ろに乗るスガワラ少年。

バイク仲間と「定山渓」までツーリングに向かう一コマ。
おととしの北海道4デイズですぐ近くを通ったが、「昔は全部ダートだった」とか。
全員ロードタイヤにシャツに革靴という軽装だが、むかしはみんなこんなものだった。
事業をしていたというお父さんも、道楽者の飛ばし屋だったのだろう。

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じ〜じが初めて買った(?)スバル360
うしろの「宗谷丸」って南極観測船?

先日長野に帰省の際、高速のSAで娘が
「クルマってみんなおこった(怒った)ような顔してるね」
と言っていたが、最近のクルマはみんな精悍なフォルムというか、いかつい顔をしているものばかり。
この写真のスバルのような、かわいいクルマがなつかしい。

この自伝はアヘッド発行元の「(株)レゾナンス」から出版されるらしい。
最初は50部だったのを、なんとか無理を言って1000部発行になったらしいが、それでも世界中のスポンサーさんや知り合いに配って、終わってしまうとか。

増刷して1部1000円で発売すれば、買う人もたくさんいると思うが、
「こんなものでカネもらえないよ」
って、じ〜じらしい答え。
私ももし1部もらえたら、ここでぜひ紹介したい。

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だって世界中の日野自動車の社長さんだけで、これだけ集まるんだから、世界各地のディーラーさんや日野の社員さんも加えたら、万冊単位じゃないと足りないと思うんだけど。

以前知り合った日野自動車の工場で、トラックを組み立てている人が、
「俺たちのヒーローは菅原さんです」
って言っていたが、彼らも絶対欲しい一冊だと思う。



















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春の予感

くせっ毛なので髪が伸びると「サリーちゃんのパパ」状態になり、収拾がつかない。
「サリーちゃんの...」の画像検索結果

若いころから寒くても暑くても、一年中バイクに乗っていたし、父親も田中角栄に似た風貌だったので、
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「30までにハゲるだろうナ」
と思っていたが、55歳の今もとりあえず髪はある。

子供が小さいことで「気が張っている(若ぶっている?)」せいかもしれないが、不思議と白髪もないので髪を染めたことがない。

が、クルクル天然パーマだけは伸びるとどうにもならないので、いつものS君のお店で切ってもらった。
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気をきかせてクルマの雑誌なんかも用意してくれる。
目の保養にはなるが本当にクルマに興味が無くなったので、何千万もするスポーツカーを見ても、
「そんな金があったら老後のためにマンションでも買えばいいのに」
なんて思ってしまう。

そのとなりは高級サロンに置かれている、「東京カレンダー」というグルメ雑誌。
今月の特集は「肉と〇〇」らしいが、親子3代東京の食肉市場で和牛をさばいている知人いわく
「数年前の狂牛病さわぎと、6年前の東日本大震災でたくさんの牛が死んで、全国的に{いま、肉になる牛}が不足している」
らしい。
東京の食肉市場は築地と同じく、どんなに高くても買い手がいるので、全国から和牛が集まっているが、それでもひところに比べれば入荷数が激減しているとか。
地方の食肉市場は一週間、和牛が入らないこともあるらしい。

なのにどこのお店も「和牛専門」とうたっていること自体、「どこの肉かわからない」そう。
東京でも和牛の価格は高騰しているので、安い焼き肉店はいろいろと、「混ぜもの」をしないとやっていけないらしいが、日本生まれの和牛の子供やDNAを海外で交配して、逆輸入しても和牛と呼んでいいとか悪いとか。

私は牛角でもうまいと思う人間で、吉野家のアメリカ産牛肉が好きなので、関係ない話しだが.......。

三連休初日は娘の通う小学校で、卒業式の準備の手伝いがあった。
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子供たちが紙を切った桜の花びらを、校庭から見えるよう各教室に張り付ける。
娘も連れて行ったら嬉々として、窓に張り付けていた。

子供たちにやらせれば喜んでやると思うのだが、子供では高いところの作業が危ないのか、父兄同士の親交を深めさせたいのか、学校の意図がだれに聞いてもわからなかった。

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それでも外から眺めると、はなびらが風に舞っているように見えるのでよかった。

そして日曜日
墓参りと母親のお見舞いを兼ねて、去年夏以来ひさびさに、長野の実家に帰省。
GSつながりのK内さん親子が、アサマ2000というスキー場に来ているので合流。
K内さん一家はスキー好きが嵩じて、上のお姉ちゃんは去年、北海道の大学に入学。
「なに学部?」と聞いたら「スキー部です」ってくらい、競技スキーに熱中しているとか。
次女のMちゃんも高1ながら、お父さんと東京から毎週スキー場通い。
アサマ2000は元オリンピック選手の木村公宣選手のホームらしく、Mちゃんもここで木村コーチじきじき、レッスンを受けているそう。
この日は「木村公宣カップ」というスラロームの大会があり、老若男女170人が参加。
Mちゃんはクラス優勝する腕前で、
「私も北海道の大学に行って、お姉ちゃんと滑りたい」って。
競技の合間に娘にレッスンしてもらうと
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私と一緒だと「パパといっしょにすべる〜」と甘えるところだが、中級コースをMちゃんに必死でついて行く。
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そして表彰式
Mちゃんと木村コーチ(おめでとう〜)

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表彰式を見ていた妻がボソッと
「おじさんばっかりね」って。
たしかに50歳以上の年齢層が一番厚く、最高齢は70代とか。
常設ポールのあるゲレンデは、サンデー毎日の高齢者たちがいつも練習しているらしい。
東京からスキー場まで毎週通うのは大変だが、毎年スキー道具を買い換えたとしても、バイクレースほどカネはかからないので、これはこれでいいのかもしれない。

まだまだ5月のシーズンオフまで、K内親子のスキー場通いは続くんだろうナ

そして4時過ぎに実家に向かう。
K内さん親子は翌日もSAJのスキーレッスンに参加するそうで、K内さんの愛車「ムルティプラ」が高速で我々のクルマをぶち抜いて、ものすごいスピードで戸隠スキー場へ去って行った。
「ムルチプラ」の画像検索結果
6人乗りだが四駆ではないし、20年落ちのポンコ〇(失礼)で1△●kmオーバーは、いくらなんでも出し過ぎ。
くれぐれも気を付けて。

そして6時前に実家に到着し、いつもの市営温泉「湯っくらんど」へ。
小学生になった娘は妻から「男湯禁止令」が出ているので、露天風呂にひとり入ってもほんとうにつまらない。
さっさと出てホールで休んでいると、「らーめんたべたい〜!!」と叫びながら、娘が出て来た。
大広間でラーメンをペロッとたいらげる。
どこへ行ってもラーメンが食べられたら、しあわせらしい。
安上がりだが妻はもっといろんなものを食べて欲しいようだ。

朝5時に東京の自宅を出て、一日スキーを滑って、すっかり疲れて9時には全員爆睡。

翌朝はちょっと寝坊。
8時に起きて9時に墓参りに出かけた
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山のふもとにある市営霊園で、まわりは杉だらけ。
今年7歳にして花粉症デビューした娘、
なのでちょっと心配だったが、とりあえず大丈夫らしくひと安心。

フキノトウも花が咲いていて、もうすっかり春。
せっかく履き替えてきたスタッドレスタイヤだが、昨日はスキー場の駐車場くらいしか雪が無かった。
そのまま母親が入所している施設に向かう。
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脳梗塞で入院してもうじき4年。
あいかわらず寝たきりでしゃべれないが、娘を見てちょっとだけ笑ってくれたのが、せめてもの救い。
「毎日、孫を見せてやったら奇跡が起きたかも」
いつも思うことだが、近くにいてやれないことが申し訳なくて泣きたくなる。
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ちょっと目を離したら、老人たちと遊んでいた。
みんな飛び入りの天使に大喜び。
老人ホームに保育園を併設したら、みんな幸せになれるのにと思う。

施設を出て向かった先は近所の「塩谷醸造
帰省するたびに地元のスーパーで、ここの味噌を買って帰る妻が、行ってみたかった本店。

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私が育った須坂は「蔵の町」と呼ばれるほど、土蔵が多い。
むかし生糸産業が盛んだったので、土蔵で蚕(カイコ)を飼っていた名残りらしい。
この塩谷醸造も100年以上前の店構えを、残しているのがいい。

むかしはせっかく帰省するのだから、帰りの高速が渋滞しても夜まで実家にいたものだが、歳を取って渋滞の待ち時間が苦手になった。
なので高速が渋滞する前に帰るため、11時に高速に乗った。

上信越自動車道から関越に入り、埼玉で少し流れが悪くなったが、2時前に帰宅。
洗車してタイヤ交換を済ませる。
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40歳を過ぎたころから、故郷に対する望郷の念が強くなり、もし再婚しなかったら長野に帰っていたかもしれない。
でも今は外灯もなく真っ暗な田舎の道を走っていると、「やっぱりここでは暮らせないなぁ」と思ってしまう。

郊外から首都高に入り、ネオンまたたくビル群を見ると、「ああ、やっと帰って来た」とホッとする自分がいる。

それでもやっぱりふるさとはいい。

4月中旬には実家の近くにある臥龍公園の、桜まつりがある。
5月連休に帰るので2度帰省するのはもったいないと、今まで娘に見せられなかったが、今年は私が見て育った臥龍公園の桜を、娘に見せてやりたい。













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テスト成功

週末、仕事で荻窪へアドベンチャーで向かった。
用事を済ませ走りだしたが、狭い路地を左折するところを通り過ぎてしまい、あわてて停車。
1mほどをバックするのに、バイクから降りるのが面倒くさい。
つまさき立ちでツンツンと後ろに下がり、左折しようと発進したら、先日レバーに着けたスポンジ「レバーラップ」が指に引っかかり、ハンドルが切れて車体が傾いたまま、クラッチが切れた状態に....。
「あ〜れ〜〜」
というまもなくガシャンッと左へ立ちゴケ。
次の瞬間「バシューッ」と音がして、上半身がぎゅーっと締め付けられた。
一瞬なにが起きたのか分からず驚いたら、エアバッグベストが膨らんでいた。

バイクを起こそうとパンパンに膨らんだ、ベストを脱いで力を入れるが、前輪が上り坂を向いているうえに、平地ならシリンダーが引っかかって、45度で止まるので起こしやすいが、車体が路肩側に傾いていて、マイナス30度
持ち上げようとしたが重くて全然上がらない。

林道ならシリンダーを支点にグルッとまわして、起こしやすい平らなところまで戻すが、ここは硬いアスファルト。
グルッとまわしてエンジンガードにキズをつけたくない(ってそのためのガードなのだが)。

裏通りの住宅街なので誰も通らないし、他人に頼るのもオトコとしてなさけない。
気合を入れ直し、腰を痛めないように重量挙げの要領で腰を落とし、右足を後ろに引いて
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こ〜んなかんじで

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こ〜んなふうになんとか持ち上げたが、本当に重たい。
とはいえ腰はビリビリして、右足のひざの裏側も痛い。

林道ツーリングなら転倒した写真を撮る余裕もあるが、ここは都内。
デカいバイクが道をふさいでいると迷惑なので、ふくらんだままのベストを着て、急いで走り出す。

しばらく走るとエアバッグの空気が抜けて、ペラペラに。
こんなときに限って事故を起こさないよう、制限速度を守ってそーっと走る。

一番近い「にりんかん」に立ち寄り、ガスボンベを購入。
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1本1200円也
その場で交換しようとスマホでやり方を検索すると、購入時に付いてきた専用工具が必要とのこと。
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仕方ないので自宅まで、また「そーっと」走る。
そして無事交換終了。

まさかこんなことでテストするとは思わなかったが、ちゃんと首と腰回りもパンパンにふくらんでいたので、ちょっと安心した(事故してみないと効果が分からないのも、恐ろしいものだ)。

先日行ったスキーの疲れがまだ残っているせいか、腰に違和感がありヒザの裏側も傷むので、ひさびさにパパイヤ接骨院で治療してもらう。
チビッコなのにアドベンチャーは足の長いプレミアムラインなので、信号待ちはいつも左足のつま先ツンツン立ち。
自然に骨盤も左に傾いていて、腰に負担がかかっているので、この機会に調整してもらいスッキリした。

ガンズアンドローゼズ好きのパパイヤ先生。
先日スラッシュらオリジナルメンバーが来日したので、見に行ったのか聞くと、
「6公演のうち4回行きました」って。

前回同様、娘さんと最前列で見るために数十枚、大量購入したらしいが見事最前列の1番2番をゲット。
でもオールスタンディングなので、後ろから観客が押し寄せてきて大パニック、
娘さんが気絶したとか(!)
パパイヤ先生は柔道のオリンピック選手も多数輩出している、某大学付属高校の柔道部出身で、「ぬりカベ」のようなカラダ。
娘をてごめにされて武闘派のパパは大乱闘かと思ったが、
「そんなヒマがないくらい大混雑でした」って。
「大丈夫か?」とステージからアクセルローズが、歌いながら覗きこんでいたらしい。

ガンズと同じくらいコルベット好きのパパイヤ先生。
例の「マングース」がどうなったのか聞くと、
「足廻りを{ピロ足}にしたんですが、パワーがあり過ぎて街乗りできません」
とかで、ふだんのアシはパジェロミニ。

湯水のようにカネをつぎ込み、最強のはずのコルベットは「盆栽グルマ」になっているらしい。

レバーラップは指先が冷えないのはありがたいが、信号待ちの発進では指先がすべらないので、いつも気になっていた。
狭い都内の道を走るときやUターンするときなど、何度も引っかかっていたので、今までよくコケなかったと思う。
これを機会に外すことにした。

アドベンチャーはエンジンガードに、ちょっとキズがついた。
これで気兼ねなく林道ツーリングに行けるかな......。









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がんだむ

お台場のガンダムがあさって5日(日)に撤去されると、朝のテレビでやっていた。

お台場は自宅からバイクで20分、去年も娘をバイクの後ろに乗せて行ったが、ガンダムがあるのは知らなかった。

4時の打ち合わせがキャンセルになったので、高さ17mのロボットがどのくらい大きいのか娘に見せてやろうと、学校が終わってそのままスマイルスクール(学童保育)にいる娘を、アドベンチャーで迎えに行った。
サイドパニアケースにランドセルを積んで出発。こんなときパニアは便利でいい。

海浜公園のバイク駐輪場は無料で停められるが、いかんせん台数が少ない。
いつのまにかレンタル自転車の駐輪場と兼用になっていて、さらにバイクを停めるスペースが減っていた。
今日もギリギリ1台分しか空いておらず、左右のバイクをずらしてなんとか駐車。
それにしてもバイク駐輪場と言いながら、一台当たりのスペースは原付がやっとの大きさ。
「ひょっとしてバイクでなく自転車専用?」
と思いネット検索すると、「バイク用」となっていた。
なのでアメリカンタイプや大型バイクは、2台分を占有せざるを得ない。
これだけ広い土地があり、週末はたくさんのライダーが来るのだから、駐輪場を増設してもいいと思う。

自宅を出発しようとしたとき、近所の上品なおばあさんが
「去年ヨーロッパを旅したとき、あなたと同じマークのバイク(BMW)で旅行しているご夫婦がいたけど、お二人ともヘルメットを脱ぐと白髪で、とってもかっこよかったわ」
と話していた。
銀座のデパートや青山のレストランに、おしゃれしてタンデムで出かけたくても、かんじんの駐輪場がないところにも、日本のバイク文化の低さがうかがえる。
ひと昔前あった「フュージョン狩り」にあうような、若者はもうバイクに乗っておらず、今はあ「る程度」良識あるオジサンオバサンしかバイクに乗らないのだから、行政も都心の駐輪場を増やすか、くだらない駐禁取締りはやめてほしいものだ。


ダイバーシティの場所をグーグルで調べて歩くこと10分。
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あった。
ホントにデカい。
たくさんの見物客が来ていたが、ほぼ9割が中国人観光客かと思うほど、日本語が聞こえてこない。
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ガンダムが放送されたのは1979年とかで、私は18歳。
30歳くらいまで部屋にテレビが無い生活だったので、ガンダムはおろか当時流行った番組は、まともに見たことがない
(テレビがあってもバブル全盛期で家にいなかった)。
当時やっていたらしい「北の国から」を、親になった今見ると五郎に感情移入して、泣けてくる。

正直わたしにとってのロボットアニメのたぐいは、小学生の時に見たマジンガーZで完結していて、ガンダムはその後も縁が無い。
(オトナがアニメに夢中になっている姿は、正直気味が悪い)。

なのでこの巨大像を見ても
「これがマジンガーZだったらよかったのになぁ.....」
程度の感想しかない。
アニメのガンダムを見たことの無い娘も、まるで興味を示さず
「おなかすいた〜」って、コンビニのあんまんをバクバク食べていた。

ふと、マジンガーZやウルトラマンなどの巨人像を、ずら〜っとお台場の海沿いに並べたら、ものすごい観光名所になると思ったが、やっぱり世界中のオタクが集まりそうなので、やっぱり気持ちがわるいか,,,,,,

それでも明日は土曜学校なので、同級生の男の子たちに
「パパとバイクでガンダムみてきたよ〜」と自慢するんだろうナ。

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やっぱり女の子はこっちのほうがいいよね。

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あっというまに夕暮れ。
寒くなって風も出てきたので急いで帰宅。

お台場からの帰り道、いたるところで集団で走るマリオカートを見かけた。
任天堂から訴えられたというが、あいかわらずマリオのコスプレをしている。
運転しているのはほとんどが外国人で、みんな楽しそう。
娘が手を振るとみんなが振りかえしてくれて、娘も大喜び。
クルマは右側通行の国の人もいると思うが、本当に見ていてあぶなっかしい。
クルマとぶつかった場合、ノーヘルのうえにむき出しで華奢なフレームなので、重大事故になりかねないが、大きいほうが悪者にされる日本では、クルマの過失が問われるのだろう。
カートの車高が低すぎて見えないと、大型ダンプの運転手が話していたが、
自転車と同じでせめてヘルメットの義務化は、やってほしいといつも思う。

妻には
「ガンダムは口実で、ただバイクに乗りたかっただけでしょ」
なんて言われてしまったが、いえいえ、ほんとうに娘にガンダムを見せたかったんですよ。

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本屋さんでお目当ての本が無かったので、つい衝動買い。
カラーページが盛りだくさんで写真もキレイなんだろうけど、
う〜ん、やっぱり読むところが無かった...........。



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初スキー



今週末は娘にとって人生初スキー。
最近はスキースノボがまた人気らしく、ラジオの交通情報では毎週末、高速道路が大渋滞している。
スキーで疲れたうえに帰りの高速が渋滞するのはつらいので、今回は新幹線で越後湯沢へ行くことに。
が、新幹線も満席で予約が取れず、宿も週末はどこもいっぱい(本当に混んでいるんだナ)....

岩原(いわっぱら)の「セーナイン富士屋」さんというホテル(旅館?)と、帰りの新幹線「越後湯沢発19:40分」の指定がやっと取れた。
が、行きは指定席がいっぱい。
自由席も座れるか分からないので、1時間立っていくことを覚悟して、東京駅に向かった。
7:47分発の20分前に到着すると、自由席を待つ人の長い列が。

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これはムリかな?と思ったが、到着したのは2階建て新幹線。
みんなが殺到するであろう2階は最初からあきらめて、1階にダッシュ。
なんとか座れた。


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始発の東京駅で満席では、次の上野、大宮から乗った人は座れない。
通路にはたくさんの人があふれていて、トイレに行くのもひと苦労

窓側なので外が見えると楽しみにしていたが、走り出すと1階は防音壁が邪魔をして、娘の身長では景色が見えない。

なので走り出して5分もすると
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朝も早かったので爆睡。
そしてあっというまに越後湯沢に到着。
たった1時間で200km先の雪国、新潟に着いてしまい、ひさしぶりに雪を見た娘は大興奮。

送迎バスで迎えに来てもらい、着替えを済ませてスキー場へ。
一番近い岩原(いわっぱら)スキー場は入口が中級ゲレンデで、初めて滑るなら湯沢パークスキー場のほうが、子供にはラクとのこと。
今回は子供優先なので迷わず湯沢パークに連れて行ってもらう。
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レンタルスキーを借りてやる気マンマン。
ウェアとヘルメットは知人が勤める、スウェーデンのアウトドアブランドのサンプルをお借りした。

私が娘ぐらいのときに初めて履いたスキーは、姉のお下がりで木製のうえにエッジが無かった(ストックは竹製)。
長靴をワイヤーで締めるだけの留め具で、いくらふんばってもアイスバーンは止まらなかった。
小学校高学年でやっとエッジ付きのスキーになったが(でも木製)、靴は編上げヒモの黒い合皮。
一日滑ると水がしみて靴下がびっしょりになったものだが、50年の道具の進化に驚かされる(板もアトミックだし)。

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基本はカニ歩きで斜面を登るところから教えるのだろうが、最初からそれではつらいだけで、スキーがキライになるだろう。

なのでとりあえず抱えてリフトに乗せて、初心者ゲレンデへ。
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10年前はまさか自分の子供とスキーに来られるとは思わなかったので、本当にうれしい。

自分のスキーのあいだに娘を抱えて滑ってみると、「たのしい〜」って。
「ハの字にするとゆっくりすべれるよ」
「下を見ないで前を見て」
これだけ教えて緩斜面を滑らせてみると、なんとなく滑れている。

「つぎはひとりですべる〜」と言うのでやらせると、案の定スピードがでて止まれず大転倒.....。
大泣きしたがすぐケロッとして、また滑ってリフトに乗り、昼前ごろにはボーゲンだけで1人で滑っている。

「スクールに入れなくてもいいかな?」と思ったが、やっぱり基本は教わったほうがいいだろう。
午後から2時間の初級クラスに入れたら、これが大正解。
ちゃんとハの字で止まれるし、ボーゲンでターンもできるようになった。

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天気予報は「曇りのち雪」だったが一日快晴。

「リフト一日券買っても使いきれないかな?」と思ったが、4時半にリフトが止まるまで、「もっとのる〜」とやめてくれなかった.....。
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お昼にラーメンを食べたのに「おなかすいた〜」って。
朝、駅のコンビニで買ったおにぎりを食べて、ご満悦の様子。

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宿に帰りお風呂に入り、お待ちかねの夕食。
やっぱり新潟はごはんがおいしい。

朝早かったのと馴れないスキーをしたので、8時にはみんなバタンキュー。

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そして日曜。
これだけ滑れれば大丈夫だろうと、岩原スキー場に来てみた。
入口の中級ゲレンデはたしかに斜度がきつく、アイスバーンでいきなり大転倒。
「いたい〜」と大泣きするので「足が折れたか」と思ったが、大丈夫らしい。
とりあえず娘を両足のあいだにはさんで一緒に下り、次は初心者ゲレンデへ。

天気予報は雪だったので吹雪を覚悟していたが、曇りでときどき日も差している。

長野に住んでいた子供のころは、朝起きて晴れていればおにぎりを持ってスキーに行き、雪なら他のことをして遊んでいた。
なので都会の人が吹雪の中を滑ったり、何時間もかけてクルマで来るのが不思議だったが、どんなに天気が悪くても、宿を予約した以上行かなきゃならないことを、東京に住んでみて思い知った。

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昨日に続き今日も昼はラーメン。
今日もスクールに入れようと思ったが、「ぜったいいやだ!」と泣いて抗議。
理由を聞くと「スクールはじゆうにすべれないから」って。

昨日は止まり方とターンの仕方を習ったが、午後の最後のほうはターンするのが面倒らしく、ボーゲンでほぼ直滑降だった。
もうすこしていねいにターンできれば、急斜面でも滑れるようになれるよと「説得」、
しぶしぶながらスクールの了解をもらったが、今日はバッジテストがあって、午後のスクールは中止だった.....
「やった〜〜」
一番喜んだのは娘。
「これでいっぱいすべれるね〜」って。

午後3時くらいから雪が降ってきて、4時過ぎには吹雪に。
「寒いのでロッジで休憩しよう」という妻を置いて、二人で滑る。
首に巻いたフリースも凍りつき、くちびるは真っ青。
ガタガタ震えながらも
「スキーってたのしいね〜」
とうれしそうな娘。
少しでも雪がかからないよう、リフトの上でギュッと抱きしめた。

さすがに視界も悪くなってきたので、4時半に下ることに。
10m先も見えないので、娘をヒザのあいだに抱えて滑る。
二日間ずっと滑っているのでカラダのあちこちが痛い。
ここで転ぶわけにもいかないので、ガクガクするヒザを必死にこらえて、下まで降りた。

普段使わない筋肉を使うので、痛くなったところを鍛えればいいのだろうが、ほんとうに全身筋肉痛。最近はアドベンチャーばかり乗って、自転車も乗っていないので、運動不足を痛感。
これで帰りがクルマだったらと思うとゾッとする。

宿は朝チェックアウトしたので、荷物はスキー場のロッカーに預けていた。
着替えて荷物を宅急便で送り、無料循環バスで越後湯沢駅へ向かう。
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夕方帰る客で駅は大混雑。
スキー場でも感じたが、中国系のスキー客が本当に多い。
まだ新幹線の出発まで2時間以上あるので、駅に併設された温泉に入りたかったが、タオルも着替えもさっき送ってしまった。
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名物の「つるしびな」のお店もあった。

お土産物店を見て歩き、夕食を食べようと店に並ぶも、どこも大混雑。
なんとか親子丼の店で食事を済ませたころには、娘も疲れてウトウトしはじめた。
30分ほどベンチで寝かせてからホームへ。

自由席を待つ長い行列を見て、指定席を取っておいて本当によかったと感じた。

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無事東京駅に到着。
「らいしゅうもスキーいきたいなぁ」
日月曜で行けるなら宿も新幹線も、ゲレンデも空いているだろうが、娘は学校があるし妻も仕事は休めない。
「すきーじょうのちかくにひっこせば、いいんじゃない?」と言うがねぇ。
今回行ったスキー場は市街地に近く標高が低いので、雪もそれほど良くはなかった。
春休みは長野の実家に泊まって、パウダースノーの志賀高原でも連れて行ってやろうかナ。
それまでに少しでもカラダを鍛えておいて、「パパかっこいい」と言われたいものだ。

そして日曜夕方に送ったバッグが、月曜午後にもう届いた
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ヤマトさん、アマゾンの宅配が増えすぎて大変とニュースになっていたが、本当にごくろうさまと言いたい。















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