金印偽造事件
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「金印偽造事件」三浦佑之。 ちょっと前だけど、考古学会で「神の手」と呼ばれた事件があった。藤村なる人物が、日本の有史以前の遺跡から続々と画期的な発見をして「神の手」と騒がれたのである。 ある夜、藤村自身が、夜中に「何か」を埋めているのが露見。翌日「発見」と騒ぐつもりのところがばれてしまい、実は過去の「発見」もすべて「自作自演」であったと白状した。 本書は、実はあの有名な金印「漢委奴国王」も、実は同じたぐいの話ではないか?と疑問を呈したものである。 犯人は?だが、本書で名指しされているのは亀井南冥。金印発見当時、ただちに「後漢書」との関連を指摘してみせた男である。 亀井は、この件で一躍学者として有名になり、彼の塾(藩校)は大繁盛するのだが、なぜか数年後に廃校になる。その経緯を、亀井はどこにも遺していない。 評価は☆。 たしか高校の日本史の時間だったと記憶しているが、この金印「漢委奴国王」のレプリカが我が校に回ってきた。「金だからな。十分注意して」と云われて手に取ったそれは、ずいぶん重くて美しかった。「金だから腐食しないのだ」と教師は説明した。 だけど、金は柔らかい金属である。土中に何年もあって、今見るように、まったく傷も摩耗もなく保存されるものなのか、自分には判定できない。 ただ、江戸時代の学者にも、相当な考古学の知識があったことは確かである。その気になれば、贋物をつくることは容易かったろう。
金印は、現代の考古学者に対する江戸時代の学者からの挑戦なのかもしれない、などと思ってみたりもするのである。 |
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「金印偽造事件—「漢委奴國王」のまぼろし」(幻冬舎/三浦 佑之)
金印偽造事件?「漢委奴國王」のまぼろし三浦 佑之 (2006/11)幻冬舎 この商品の詳細を見る 18世紀に志賀島の農民が発見し、国宝として福岡市博物館に所蔵されている「漢委奴國王」の金印は、発見直後に鑑定書を書いた儒学者
2007/7/23(月) 午後 10:05 [ ふなBooklog ]
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私も中学だか高校で、金印の話を習った時に疑問を持ちました。疑問点は、発見された場所が、歴史的な遺跡とまったく関係ない畑であること。くわで掘って、出てくるような浅い場所に埋まっていたこと、農作業中に力を込めて打ち込んだクワの刃に当たったにしては、やわらかい金製なのに、クワの刃の跡がついていないことなどでした。子供心にもこれだけの疑問点がすぐに浮かんできたのに、なぜ、それが問題にされないのか不思議で仕方がありませんでした。やはり、江戸時代の「神の手」の仕業だった可能性があるのですね。ミケ
2007/8/7(火) 午前 1:33
文献によると、クワの刃にあたったのは石であって金印ではありません。大石を金てこで持ち上げ取りのけた下に光るものがみつかったと記録されております。従って傷などなくても不思議ではありません。
2007/11/10(土) 午前 7:44 [ npm*fri*nd ]
ご指摘ありがとうございます。そうであれば、鍬の歯のあとがないのは当然ですね。それにしても、やわらかい金印が大石の圧で変形しないものかどうか。よほどうまく下敷きになっていたのか。興味は尽きないところであります。
2007/11/10(土) 午後 2:36