3泊4日の播磨灘 淡路岩屋港・備前片上港・淡路郡家港
報告が遅れましたが、4月10日からシングルで3泊4日のクルージングへ出かけましたので、泊地紹介をアップします。
春風に誘われてのそのそと這い出したものだから、目的は播磨灘方面!とだけ航路を定め、西へ向かって11時ごろ出航しました。その日は明石か岩屋へと考えましたが、平日なので人に教わった明石港は砂運搬船が出入りするだろうと思い、煩わしいので勝手知った岩屋へと向けた。途中わが奥方よりお持たせのオニギリをぱくついたり、VHFで明石海峡通過の邪魔な巨大船(こっちが邪魔者か?)をチェックしながら無事3時にはいつもの高速船近くのピアーに横付け完了。ほっと一息のビールをちょうど散歩に来られた小生同様のリタイヤおじさんにもお勧めし世間話を楽しんで、ついでに今年不漁で貴重なクギ煮をおじさんから頂いたりしてから、頃やよし風呂と晩飯に私好みの岩屋の下町に出かけた。
風呂はだいぶ古いがあの阪神大震災を生き抜いた岩屋では貴重な銭湯が、県道から一本山側に入った旧商店街の中程にあるし、食事はその近くにスーパーや肉や魚屋もあるが、安くて美味しいすし屋を見つけた、「お多福」という。
ビールのあてに寿司をつまみながら明日の行き先を四国側か本土か考えたが、新西ピアーお隣のヨット先輩に教えていただき海図までコピーさせて貰っている「日生、片上方面」の偵察へと決めた。
あくる日は晴天。岩屋のこの係留場所はいいのだが、港口に近いせいで遠慮なしに突っ走る網船の引き波で夜中ともいえる3時ごろから起こされてしまう難点がある。
5時半明るくなるのを待ちかね出航した。南から日生をブロックする鹿久居島南西の橋下から浅いので海図と首っ引きで進入、フェリーに進路を譲り後をついて桟橋まで。
その日は桟橋は油船や地元船でいっぱい、早々と片上で係留しようと狭い水路をたどっていった。
片上港は長い水路の突き当たりの岸壁が広々と空いているが何もなくて寂しいし、下部がえぐれていて槍着けしか係留できない。右手奥に広がる小型船の船溜まりは大きなスーパーも有り賑やかだが着ける隙間もなく、やむなく岸壁にてアンカリングの練習だが7,8メートルの追い風で楽チン係留できた。
残念ながら片上は地元の方に聞いたが風呂は無し、隣町まで行けば在るとの事だが船のシャワーで我慢し、やたら大きなスーパー「マックス」で刺身等買い込み一人宴会、びっくりするほどよく映るテレビを見ながら早めにお休み!となりました。
あくる12日今日は四国側にでもと、思いのほか肌寒い中6時に出ようとしてアンカーを上げにかかるが重い。すはナヤサ丸得意の根がかりワイヤーがかりかと、押したり引いたりロープをクリートしてエンジンで引いた挙句ようやく上がったダンフォスには細かい粒子の青黒い粘土が丸々とくっついて上がってきた。さすが片上はセラミックの街と看板に在ったとおり、港の中でも粘土が取れる。
難儀なアンカー作業で時間とこのところ弱ってきている腰の筋力を消費、弱気になって今日は四国はやめて虫明湾でも見て家島か淡路西海岸と目的地変更とした。
虫明迄は牡蠣筏がいっぱい島がいっぱいでなおかつ浅い、Cーmapとデプス、海図と見比べながら狭い水路を行くと、日生方向から砂を山と積んだ台船を引いたタグボートが片上方向へ向かってくる。すれ違いが嫌だと海図を眺め、虫明への近道と思われる島と島の間の狭い水路へ右折して逃げたが、なんと敵も回ってくるではないか。おかしいなーと思いながらも途中で工事でもあって止まるだろうと、当方筏だらけで本水路がわかりにくいなか、広そうなところを選びゆっくり進んでいくが右折左折ぴったり敵もついてくる。とうとう前方に現れた港らしきところ迄来てしまい、港口を入ってみれば正面岸壁に牡蠣ガラの山がある。そこで納得台船の積荷は牡蠣ガラの山だったのだ、廃棄場所がナヤサの行き先と偶然同じとは!牡蠣ガラの山の手前にはヨットも一杯見える
残念ながら今回は「舵」誌の広告にも載っていた「虫明」分譲土地つき係留桟橋?逆か!は見つからなかったが、すでに新西ハーバーから自転車でいける(1時間かかるが時々頑張って行く)所に古家はあるが金がない僕には縁はないのでパスして淡路島郡家港に向かった。
郡家港は川口にできた港であるが北に新港が増設されている。入港して流しながら眺めると旧岸壁で網繕いをしている漁師さん達が見える。これ幸いと寄っていってどこか着けていい所は無いかと聞いたところ中突堤の先端と思しきその場所に着けろとの返事。有難いとは聞いたものの指定の場所は槍付けしている網舟の隣で、横付けできる幅はなく槍付けしかない。アンカーを入れて大丈夫か邪魔物は無いかとアンカーを再度入れるには腰が弱っているわが身のために、暗にほかに横付けしたいと匂わせたが漁師さんは「ここは先だって底ざらえをした場所だから問題ない」との納得できるお答え。
そこまで言われては僕だって新西ヨットマンの端くれ、(しかた無しに見られているのを意識して)てきぱきと落ち着いて改めて構内なかほどで準備を整え、セオリーを頭で反復しながらスコープを水深の倍くらいと思われる2挺身とり、アンカーレッコしてそろそろと近づき途中食い込ませるべきラインをクリートしてみるが艇はそのままずるずると前進、内心しまった早く負荷をかけすぎたかと舌打ちしたが、何事もないように「底は岩でしょうか、効きが悪いですねー」なんていいながら引き返して再度レッコー無事利かせてバウ舫いをとってもらい無事終了、ほっとしたものである。
突堤の先端なのでラインを沈める錘をセットしてから上陸しお礼の言葉とともにビールを差し出し、漁師さんも一息入れて話していると、漁師さんから少し横風だったので一人で縦付けできるか、無理なら隣の網船に抱かせようと思っていたがうまいもんだねーとお褒めを頂き嬉しくなった。ついでに風呂を聞いたが郡家には震災で倒壊してないとの事で、嬉しさも中くらいの郡家港着岸であった。
郡家は散歩に歩き回ったが、震災でほとんどの家が立替になったようで真新しい家が多く、なかからお年寄りが出てきた市営の集合住宅もあった。その建物の角には近くの古い神社、いざなぎ神宮の震災で倒れ破壊した鳥居の石材で作った震災復興記念碑もあったりしてあまり猟師町らしくなかった。
あくる13日は午後前線の通過が予想される天候となったが、明石の潮もあるので9時西宮へ向け出航した。途中思いのほか前線が早く来て淡路の島下しの風が強くなり、2ポンでカっ飛び最後にセーリングができた楽しいミニクルージングであった。
Reported by Nayasa
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