全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全203ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

更新の頻度

 仕事の関係で3月初めの締め切りに向けて、力をいれなければならなくなりました。更新の頻度が下がると思いますが、よろしくお願いします。

この記事に

開く コメント(0)

魂を揺さぶる

 前回の話は分かり難かったかもしれないと思ったりします。障害者差別だと言う方もいるかもしれません。

 問題は精神障害者をむやみに興奮させる害というのを、看護側が意識していることにあります。興奮するとブレーキが効かずに抑えるのに、看護する方も本人にも大きな負担になる事に因るのだと思います。

 そういう意味では、静かな感動というか、喜びを如何にして与え、感じさせるかが大きな問題なのでしょう。だから他者から与えられるものよりも、本人自身が表現することの重要性があるのではないかと思うのです。いわゆる芸術療法と呼ばれるものです。

 他者から与えられるもの、音楽でも、映像でも、刺激にエスカレートして行く傾向は、私なんか典型かもしれませんが、強い刺激に向かって突き進んでいく傾向は強烈にあります。好奇心の産物です。
 多分、こういう刺激物に対する依存感覚が最大のポイントなのでしょう。だからコントロールをしなければならず、そういう方向に身体を向けさせないように、規制する。それは看護側もそうであるのは当然にしても、患者自身もそちらに身体を向けないようにしている、向けない努力をしている事が、実に「普通」に感じさせるものかもしれません。

 彼らの真面目さ、純真さが、異常というものを拒否させる、好奇心を抑制させることにも繋がっているのかもしれません。まだ、よく分からない。

この記事に

魂を揺さぶる歌

 この間、NKHで竹原ピストルさんを取り上げている番組がありまして、そこで初めて、こういう人がいるのだと知りました。多分、若い方々というか、30代以下の人にはよく知られているのではないかと思います。

 私らの世代では三上寛という歌手がおりまして、多分、今でも活躍されているかな? まぁ、よく分かりませんが、魂の叫びが強い声となって伝わってくるものです。アメリカのブルース・スプリングフィールも典型でしょう。

 精神障害の世界では、何故か、こういう魂を振り絞るような歌が流れる事はありません。何日か前にもとがったものが無いということを書きましたように流れるのは常に軽い音楽です。。
 よく分からないのですが、魂を震わせてはいけないのかもしれないと昨日、思っていました。変に興奮させる事が問題なのかもしれません。興奮することよりも、それが収まらないことが問題なのかもしれません。

 精神障害者が自身の思いを何人かの前で話をする形の治療があり、そういうものに参加したこともあるのですが、そこでほとばしり出る思いというのは、心打つものがある場合も少なくないのですが、それは共感を呼び起こす事はあっても魂を揺さぶるものではないのかもしれません。揺さぶられるのは健常者だからかもしれません。

 ここらは意外なほど難しい問題を孕んでいるのかもしれないと思ったりします。

この記事に

韓国

 お隣の国は相当に危うい状況に入りつつある事は皆さんも感じるところ大きいのではないでしょうか。社会全体が異様な雰囲気に包まれており、経済は立ち行かなくなりつつあり、国民も企業も、そして国も破たんが迫っています。そういう危機感は社会に共有されることも無く、ただただ大統領を貶めることに熱中しています。

 これは革命前夜ではなく、ほんの一突きで瓦解するところにあり、それをするのは北の勢力のようです。これまたそうなったのは日本のせいにするのでしょう。
 多分、そのことまで踏み込んで安倍政権は動いている感があります。それはすなわちアメリカもそう感じているし、中国もやりたい放題、圧迫を加えている。

 朝鮮人には認め難いでしょうが、韓国という存在はいらないという決断があり、圧迫の度を強めていくのが周辺国の態度となって現れているのでしょう。危機的状況の中で、大統領叩く快感に酔っているという掬い難い状況に自身を置く。それですべてが解決の方向に行くと思っている、世界をリードしていると思い込む不思議さがあります。

 大昔の事は分かりませんが、この百年、最悪の選択を重ね、亡国の淵に立つ事しばしばであったように、今また亡国の淵に立ち、北朝鮮による併合が目の前にあって、軍部のクーデターと弾圧以外の選択肢はなくなりつつあります。そのことが国民にはまったく意識の隅にも無いところが救い難いところなのでしょう。

 いったい後どれくらいの時間が残されているのか、少し頭のある人間は国を出るのでしょう。この難民をどのように扱うか、頭の痛い話でしょうが、ある種のシュミレーションがあるのではないかと・・。

この記事に

狭い世界

 リタイアした人々は、ひどく狭い世界中で生きている場合があります。一番ひどいのは家からあまり出なくなるというくらいですが、地域内、住んでいる市内とか、隣あった町くらいの狭さです。
 まぁ、私も金が無いものですから、近県くらいまでは行くのですが、泊りがけや新幹線に乗るというのは、昨年、母親を温泉に連れていったぐらいしかありません。

 狭ければ狭いほど、残念ながら心身への影響が避けられないのも、人間という動物、動く事が習性となった生き物にとっては良くない事が発生する様です。

 まぁ、こんなことを書いているのも、具体的な話があるからなんですが、あまり書きこむと、こんなブログを読んではいないでしょうが、それでも差し障りもあるかもしれませんので抽象的にごまかして書いていますが・・・。

 狭い世界で生きるというのは、誰かが支えてくれているからできるのであって、そうでなければできないと思われます。そういう支えに対する甘えを濃厚に感じるのであって、そこでの感情は子供じみたものになっています。

 ある種の気持ち悪さを感じさせるところがあり、そんな年になって、拗ねるとか、ひたすら文句を垂れ、不満を口にする態度とか、オヤオヤと思わないではありません。勝手にやってろ、くらいの気分で見ているだけですが・・・。

 多分、引きこもりというのが問題視されるのは、こういう精神状態に疲れることにあるのかもしれません。 

この記事に

全203ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.


みんなの更新記事