無題
ブログを書く理由
死を考えなくてはならない晩年を人はどう生きるのか大変興味がある。これまで頭の中でいろいろ想像してきたが、今は体験しているわけだ。ここでは断片的に思うことや日常生活を記して、いつか晩年とはなにかこれまで学んできた社会学によってまとめてみたい。
その他の最新記事
仏像のパワー
2012/5/27(日) 午後 7:50
写真が良くないので分かりにくいかもしれないが、黒檀の一対のガネーシャ(多分)である。これは、先日知人からもらった。小さな仏像はいくつか持っているが、これを見たとき今までにないパワーを感じた。神秘的に言えば、力が注入される感じがする。
座禅も仁王のような勇猛心でしなくてはならぬといい仁王禅を唱えた人がいるが、この像は仁王のようなパワーと仁
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ハワイアン 江の島
2012/5/26(土) 午後 7:55
原子力委員会のむら体質というより、利権構造が報道され気分がよくなかったうえに、仕事上のミスもあり、午前中は、心にうす雲がかかった感じ。
気分転換のために庭に出て朝顔を植え、草むしり。鬼灯に青い実がなり始めた。
3時まで仕事をし、予定していたハワイアンを江の島まで聴きに行く。ハワイアンには死の影がないし、見ている人を含めて暗さがない
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「死にたい老人」を読む
2012/5/25(金) 午後 8:00
私の今のテーマの一つは、死をどうしたら受け入れられるのかということ。それで、この類の本はよく読んでいる。
この本は木谷恭介という餓死による安楽死を試みた実録である。
83歳の老人だが、2度失敗している。私のテーマの役には立たなかったが、38日間の断食の記録はなかなか面白い。ナチが試みたもっとも残忍な刑は、餓死刑だったというから、健康な人間が意志だ
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