奇跡の軌跡

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奇跡の軌跡2

榊原がいちばん先に配属された部署はバンケット部門でした
そこには同期が2人おり、一人は同い年の長居、もう一人は4歳下の榎
そして榊原とこの3人が現場を取り仕切るキャプテンというポジションでした

さらにアシスタントマネージャーの湯上、マネージャーの細田、
その上司で係長の熊田までが現場をあづかる部隊でした

大型ホテルではこれくらいの社員数に派遣社員(配膳会)、
アルバイトで多くの宴会部門を動かしています
なのでホテルの制服を着ていても本当に社員なのは一握りなんです
一流ホテルといっても社員ばかりでは経営が成り立ちません
まして営業利益を最大の目標に掲げる外資系では社員の数はもっと少ないのです

さて榊原は彼らと数年の間、バンケット部門で働く事になりますが
オープニングを迎えるまでの間にもいくつもの事件が勃発していたのです

我々が所属するバンケット部門はF&Bという部門に所属しますが
ここのボスは外人でジェニファーという男性です
その下にアシスタントディレクターの能美という日本人がいました
ジェニファーは全く日本語が話せませんので通訳兼秘書の女性がついています
(その当時多くの外国人幹部には通訳兼秘書がついていました)
この秘書達が曲者でした
彼女たちはいわゆるネィティブスピーカーと呼ばれる人たちでホテル業務は全くの素人
高い学歴とハイレベルな語学が武器です・・・じつは容姿も端麗でした

その彼女たちが現場の意向をボスに通訳する時は時には直訳し、時には勝手な解釈で
意訳するということが起こっていました
これは仕事をする上で実は非常に危険な状態だったのです
意思の疎通が上司と部下の間で行われない組織が生まれていきました

実際に現場の長であった熊田はかなりワンマンで攻撃的な性格でしたので
秘書達にはあまり好意的には受け取られていないので通訳も適当になります
熊田は英語が殆ど話せなかったのでその通訳で何が話されているかわからない状態
一応、仕事であるから秘書は自分の話を正確に伝えていると思っていますが
事実はねじ曲げられ伝わっていました

彼は外人の上司達からアグレッシブな男としてマークされます
アグレッシブも解釈の仕方ひとつでどうとでも取れる危険な単語です
熊田は現体制の中では「冷や飯確定」となっていました

外資系はほぼ2年でトップが変わります
それに合わせてGM以下ディレクターも変わる事は珍しくありません
現体制で重用されたスタッフが次のGM下では冷や飯なんていうのは当たり前なのです
やはり前任者の色の付いたスタッフは嫌なのでしょう
こうした部分でも外資系は人の入れ替えは激しいのだと感じました
実際の所この辺りでは榊原は幹部にもなれていないスタッフですから
トップの変更なんていうのもあまり関係ないポジションでした

しかし、外資系の怖さをしっかりと自分の目で見ながら成長していました
いつか自分にもそう言う日が来るのだろうと思いつつ・・・

そう言えばGM秘書の女性が市内にある高層ホテルの最上階にある
レストランにきて食事をして帰ったあとに給与明細が席の下に落ちていたそうで
何気に拾って見たそこのMGRがその金額に驚いたという話がありました
秘書達はかなりの高額な報酬も手に入れていたようです
やはり時はまだバブル末期とはいえその名残は残っていました

そういえば先ほどの上司の熊田はこの数年後にはホテルの生え抜きでは最高ランクの
営業本部長(マーケティング&セールスディレクター)まで出世という快挙を成し遂げていますが
やはりトップの交代に絡んで自ら退任という道を選ぶ事になっていきます

さて開業準備室からホテル引き渡しが終わりスタッフが館内に移動し
いよいよオープンの準備も各セクションで大詰めを迎えていきます
では華やかなオープンの前にあったあんな事やこんな事などお話していきましょう


第1部 外資系巨大ホテル誕生


































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奇跡の軌跡

1991年、札幌に外資系五つ星ホテルが誕生した・・・・
国際都市と言われる札幌に初めての外資系ホテルが参入した
時はバブル末期・・・
しかし建設計画はバブル真っ盛りに行われた為、
驚くほど豪華な施設が完成しオープンはバブル末期という惨状のなか
この外資系巨大ホテルは産声をあげた

そして私、榊原もこのホテルのオープニングスタッフの一人として働き始めた

入社したのはオープン3ヶ月前で建物の引き渡しがまだ行われておらず
開業準備室でのデスクワークから仕事は始まった
トップに君臨するGMはフランス人のダニエル
世界各地でホテルオープニングをしてきたという凄腕ホテルマンらしい
その下にも外国人がどっさりといて他には市内老舗ホテルの幹部が
ヘッドハンティングされて入社していた
この組織の中ではもちろん公用語は英語であるため
英語が話せなければ勤まらないという職場であった

入社面接も履歴書もみんな英語でしたので当時としてはローカル札幌では
考えられない環境でした
この巨大ホテルがバブルのはじけた後にどうなっていったのか?
そしてそこに集う様々な人間模様・・・・
榊原がここにその後の20年の歩みを記していこうと思う



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