ジュンヤとナターシャ。

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第五百十回:解剖学・再考

 登場人物はナターシャ(アメリカ在住・21歳・♀・哲学専攻・メガネ美女)

 と、ジュンヤ(日本在住・23歳・♂・医学専攻・メガネ不細工)。

 断っておきますがどちらも架空の人物で、仮名です。

 なお、会話は英語だったので、全部僕の勝手な日本語訳です。

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 ナターシャ「今日新聞を読んでたら、韓国の学生が妊婦さんの人形を使って

         出産や帝王切開を模擬体験する記事が載ってたよ。」



http://news.yahoo.com/s/nm/20070104/od_nm/korea_babies_robot_dc



 ジュンヤ「あぁ、僕もそれ読んだよ。勉強になるんだってね。」


 「でも日本の医学部では、解剖実習とかやってるんじゃないの?」


 「やるねぇ。まさか妊婦さんを解剖するわけにもいかないしw」


 「でも解剖って、死んだとは言え生身の人間をメスで切り裂くわけでしょ?

  何か抵抗とか無いの? 本人や家族の同意はあるんだろうけど。」



 「やっぱり誰しも最初は抵抗あるんじゃないかな。

  僕は脳解剖が苦手なんだけど、脳なんて先日までそいつが思考してたわけだからね。」



 「それも韓国の産婦人科みたいに、ロボットとか模型で済ませることはできないのかしら。」


 「そうだね、実際に解剖実習のときも、モデルは置いてあったりするよ。

  それに、倫理的な理由や宗教的な理由で、人体解剖に反対してる人はたくさんいる。」



 「そうね、私も人の死体なんてとても触れないわ。」


 「彼らの言い分では、

  <人体解剖なんてわざわざしなくても、精巧なモデルがあるから十分>

 なんだけど、個人的にはどうかと思うね。」


 「でも人体の構造を理解する上で、本当に解剖って必要なのかしら。

  精巧なモデルさえ準備できれば何年も使えるわけだし、遺族の気持ちを傷つけることもないわ。」



 「そだね。確かに精巧なモデルができれば正しく解剖できると思う。

  でも、解剖って何のためにあるんだろう、ということを考えると?」



 「そりゃ人体の構造を正しく把握するためじゃないの?」


 「それもあるけどさ、最終的にはそれを手術とか、

   生理学・外科学的な意味において人類に役立てたいからじゃないかな。」



 「あ、そうだね。手術するのなら解剖の知識も必要だとは思うけど。」


 「外科の先生に聞けばきっと分かると思うけど、

  当然ながら人によって人体の構造ってのは違うんだと思うよ。

  まさか耳の隣から腕が出てるような人はいないだろうけどね。」


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 「でも、動物実験はどうかしら。」


 「僕らも注射したり、殺したりするね。」


 「何とも思わないの?」


 「何とも思わないわけじゃないけど、落ち着いて考えても

  やっぱり動物実験ってのは必要だと思うよ。」



 「んー、どうして?」


 「極端に言うと、例えばナターシャのお母さんがガンになったとして、ガンのお薬使うよね。

  でも、その薬が安全かどうかなんて、どうやって確かめるんだろう。

  最初は培養細胞で確かめたりするけど、やっぱり動物に注射するんじゃないかな。」



 「でもそれって動物が可哀想・・・」


 「うん、本当に可哀想だと思う。」


 「ならどうしてそんなことするのよ。」


 「んー、立場の問題じゃないかな。

  極端に冷酷なことを言うと、僕は"10匹のマウス"より

  "1人の人間"を優先する立場にいるから、こうして動物実験もするけど、

  別にそれが正しいという理屈は、確かに無いね。」



 「考え方によってはヒドい考え方よね。」


 「うん、僕もそう思う。

  でも、例えばナターシャの母親と親友が目の前にいて、

  どっちも同じ病気だとするじゃん?」



 「うん。」


 「でもナターシャの手元には、1つしかお薬が無いわけ。」


 「うん。」


 「何が正しいかなんて分からないけど、誰にあげようか。」


 「私は半分にしてあげる。効果が無くても。」


 「それも1つだね。でも医学ってのはあくまで

  『人を』助ける学問だから、そのために動物を犠牲にすることはやむをえないかも知れない。」



 「卑怯な学問ね。人格を疑うわ。私は動物とも仲良く暮らしたい。」

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第四百八十八回:狂った二人〜生命と倫理〜

 第二弾。

 第一弾はこちら。http://blogs.yahoo.co.jp/sisyphe_dans_le_mythe/44853545.html



 永井均の著作風に。

 登場人物はナターシャ(アメリカ在住・21歳・♀・哲学専攻・メガネ美女)

 と、ジュンヤ(日本在住・23歳・♂・医学専攻・メガネ不細工)。

 断っておきますがどちらも架空の人物で、仮名です。

 なお、会話は英語だったので、全部僕の勝手な日本語訳です。

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 ジュンヤ「科学的に生死を決めることってできるのかな。

  もう少し厳密さを希薄にして、法律的にはどうなんだろう。」


 ナターシャ「法律では "定義できる" というよりは、

  "定義しなきゃ話が前に進まない" という感じじゃないの?」


 「例えば?」


 「だって胎児が生きてるかなんて、どうやって決めるのよ。

  そういう不確定なものは、各々の国で "所有権はないけど相続権はある" とか、

  そういう風に決めていくしかないと思う。」


 「んじゃ、余りに小さい胎児は人間として認めないということね。

  田嶋陽子先生に叱られそうだけど、僕もそう思うよ。

  少なくとも胎児、あるいは学童や認知症の老人は、人間ではあっても"人格"ではないと思う。


  でも、"生まれてきてないなら人間じゃない" が通るなら、

  "次世代の子供たちが困るから、資源を節約しなさい" ってのも奇妙に聞こえるね。

  まだ生まれてない次世代の子供なんて、人格どころか人間ですらないのに。」


 「ほらまた危ないことを言う・・・。

  法的に人間ではないだけよ。だからといって私たちが無駄遣いをして良い理屈にはならないわ。」


 「微妙なラインで行くと、精子や卵子を認めるか、だね。

  日本でやってた裁判は "凍結保存した精子で生まれた子供は、父親の子供として認められるか"

  って奴だったけど、やっぱり法律家がずいぶんモメてたよ。」


 「で、判決は?」


 「松山地裁は "社会通念に反するのでダメ"、

  高松高裁は "生まれた子の福祉を考えれば認めざるを得ない"

  最高裁は "子の福祉はあるが、やはり公序良俗に反するといわざるを得ない"」


 「どうなってんのよアンタの国はw」


 「それだけみんな戸惑ってるってことだよw 僕は高裁を支持するけど。

  でも、日本で認められなくても、例えばそれが許される国へ行っちゃえば、

  子の福祉は保障されるんだよね。」


 「そりゃまぁ、国籍が取得できればね。」


 「子の福祉ってのはずっと続けられるべきものだけど、

  例えば一時的な入院で済む、特殊な手術とかだったら、国籍を取得できなくてもいけるじゃん?」


 「ん、例えば?」


 「例えば移植。日本は脳死移植が少ないし、15歳未満の人は移植できないから、

  よくアメリカで移植してもらってるよ。

  あと有名なのは代理母だね。受精卵は夫婦のだけど、子宮は他の女性に借りた例。」


 「でもそれは国際法で整っていない以上しょうがないわよ。

  クローン人間が世界中で認められていないのは、国際的にダメだからでしょ。

  それ以外の移植や代理母にしても、アメリカにだって

  受け入れるには受け入れる理由があるわけだし。


  移植のデータが欲しいのかも知れないし、国際的な評判が欲しいのか知らないけど、

  少なくとも日本みたいな劣等島国みたいに

  "自分の国の人間の命を外人にやってたまるか!"みたいな狭隘な馬鹿右翼はいないわ。」





 「そっか。それは一理あるかも。

  でも、日本では倫理的に認められてないのに、外国では認められてる事例って、

  他にもたくさんあって、今のところ移植や代理母で済んでるけど、

  怖いことはいくらでも思いつくなぁ。」


 「他には何があるかしら。」


 「安楽死とか・・・。」


 「・・・あ、それヤバいね。」


 「アメリカは積極的安楽死みとめられてるの?」


 「積極的ってのは、医者が手を下すことで、ってことよね?

  例えば人工呼吸器を引き抜いたり。」


 「そうそう、日本ではT大医学部付属病院ってところで事件あって、

  判決は厳しい条件つきでOKを出したの。医師会は禁止してるけどね。」


 「確かオレゴン州では認められてたはずよ。

  アメリカは州ごとの判断が大きいし、日本の最高裁の判例みたいなコダワリ小さくて、

  個々の事例によってコロコロ変わったりするからね。

  日本で最高裁が言ったことって、法律書に書かれてるくらい絶対的なものなんでしょ?」


 「んー、判例偏重ってのはアチコチで指摘されてるね。

        他の外国ではどうなんだろう。」


 「確かオランダとベルギーは積極的安楽死OKなんじゃなかった?

  お医者さんたちがそれに反対しまくってるニュースを見た気がする。」


 「へー、そうなんだ。

  じゃあ例えば僕の母親が意識なくて、人工呼吸器で、静脈からチューブ突っ込まれて

  僕がもし辛くなったら、その母親つれてオランダに飛べばいいんだ。」


 「んー、実際問題そのお母さんを飛行機に乗せられるかどうかw

  でも、密航だろうと何だろうと、オランダまで運びさえすれば、

  あなたが罪に問われる理屈ってあるのかしらね。」


 「さぁ、僕は法律家じゃないから・・・」


 「私も・・・」


 「今日ここに法律家を呼ばなかったのが唯一の失敗だ。」

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第四百八十七回:狂った二人〜生命と倫理〜

 今日で一応講義が終わり、金曜日に試験を残すのみとなったので、

 余りに暇すぎてブログ更新しますが、多分面白いもんじゃありませんから

 興味無い人は読み飛ばしに読み飛ばした挙句、右上の赤い×を押してもらって結構です。

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 永井均の著作風に。

 登場人物はナターシャ(アメリカ在住・21歳・♀・哲学専攻・メガネ美女)

 と、ジュンヤ(日本在住・23歳・♂・医学専攻・メガネ不細工)。

 断っておきますがどちらも架空の人物で、仮名です。

 なお、会話は英語だったので、全部僕の勝手な日本語訳です。

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 ジュンヤ「日本でこの前、50例目の脳死移植があったんだ。」

http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20061218ik02.htm


 ナターシャ「相変わらず遅れてるわね、イエローモンキーは。」


 「うるせーよw アメリカでは何例行われてるんだい?」


 「日本は10年で50例でしょ?

       先進国たるアメリカは、年間2500件くらいやってるわ。」


 「日本も先進国じゃいw」


 「あら、発展途上国の韓国でも年間100件はやってるわよ」


 「むー、日本はどうして脳死移植少ないのかな。」


 「遅れてるからよ。」


 「おいw 聞けよw

  思うにさ、提供できる環境が限られてるじゃないかな。

  日本では脳死状態になった人が生前に意思表示をしてなかった場合、

  "意思の表示は確認できなかった"っていうことで移植できないんだけど、アメリカは?」


 「ほらやっぱり遅れてるじゃない。

  アメリカだけじゃなく世界的にWHOが言ってるわ。

  "生前の意思が確認できない場合は、遺族の意思によって移植して良い"って。」


 「あぁ、それなら今度日本でも臓器移植法が改正されて、

  もしかしたらWHOと同じ理屈になるのかも。」


 「それどころか、ヨーロッパでも脳死移植実績のある国、

  例えばスペインやオーストリア、フランス・ベルギーなんて、"推定同意"が認められるのよ。」


 「推定同意って?」


 「意思表示してなければ、"移植に同意する"と見なされるわけ。」


 「えええ、そんなに脳死移植に関心が高いんだ。」


 「んー、実際に反対してる人はまだまだ多いけどね。」

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 ジュンヤ「でも何だか怖いなぁ、勝手に移植されるのって。」


 ナターシャ「あら、あなたは臓器提供したくないの?」


 「いや、僕はしたいけど、例えば脳死の定義とか宗教的な信仰とか、

  色々な理由で反対している人がいるじゃない?」


 「だからそいつらは生前から意思表示しとけっつってんの。」


 「明日死ぬと思って生きてる人そんなにいるのかな。

  日本なんてドナーカード所持率2.5%だぜ。」


 「誰もそんな土人の話はしてないから。」


 「日本は知能的にも技術的にも倫理的にも極めて優れた国家ですけど?」


 「だいたいアンタ、脳死の定義に文句あるって言うけど、

  じゃあどこで死とすれば良いわけ?結局どこかで線引きが必要なわけでしょ。

  そんな細かい話を続けるよりは、移植医療を発展させるのが先よ。」


 「そだね。僕もそう思う。けど、脳死反対論者の人の話を聞いてると、

  やっぱり脳死に反対する人の気持ちもよく分かる。」


 「だからそいつらは生前から(ry」


 「そうじゃなくてさ、例えばあなたのお母さんが

  生前に臓器提供OKだって言ってたとするじゃん?そうすると、仮にお母さんが

  動いてても、脳死だと判定されれば移植に使われちゃうわけだよね?」


 「死んだ人が動くことなんてあるの?」

 
 「脳死後に動くことは常識的と言っていいくらい確認されてるよ。

  ラザロ兆候っつって、なんかラザロって聖書の 『ヨハネによる福音書』 で復活した人かな?

  『罪と罰』 のラスコーリニコフが娼婦に読ませてたような気がする。」


 「んー、でもそれが科学的な死であって、

  臓器提供によって人の役に立つことが母の願いだったとしたなら仕方が無いわ。

  けど、そうした光景を目の当たりにしたら、嫌だと思う遺族は多いだろうね。」


 「僕は "遺族も立会いのもとで" と条件を付け加えたいんだけど、

  そうすると遺族によってOKとするタイミングが違うから、

  結果的に臓器移植のタイミングまで個々のデータによって異なってしまって、

  "死後1時間経過した心臓を移植したとき、成功率は?" なんてことが言えなくなってしまう。」


 「そうすると、やっぱり死は科学的に定義しなきゃダメなのかしら。」


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