「クズ」になる薬 by 細谷 知司

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責任

家に帰ってきたときだけスーパーマンの左江内氏のドラマを見る。
それも昨夜が最終回だった。
他者への責任に疲れ、スーパーマンであることから逃れたいと思う瞬間。
それはきっと多くの人に訪れるのだろうが、問題はそこから先の態度のように思う。
左江内氏のように責任を失うことの孤独に気づける人は、決してすべてではあるまい。

軽重や質の違いこそあれ、誰もが(基本的には)他者への責任を負って生きている。
より正確に言えば、それぞれが、それぞれの生存のために、それぞれに責任を負い合っている。
自分だけに目を向けるから、自分だけが責任を負わされているように感じる。
他者が負っている自分への責任。
それは間違いなく存在するのだが、時として私たちは盲目になってしまう。

ありふれた言い方をすれば、人は一人では生きられない。
だからこそ、他者が負う自分への責任に対して最低限のリスペクトが必要なのだ。
出前の寿司桶を洗って戻すかどうかがテレビの番組で話題になったとネットのニュースで見たが、記事の論調にあったように、社会が物事を法律的な狭い意味での権利/義務の観点でしか考えなくなってきたのだとしたら、他者への敬意が忘れられるのも理解できる。
寿司桶を洗って戻すのは、法的にも道徳的にも義務ではないが、作った人への最低限の敬意の表れだ。

私の身近にも、他者のために負う自らの責任に耐えられず、忘れようと試みる人たちがいる。
あるいは、自分が負うべき責任にだけ敏感になり、結果的に他者への敬意を放棄する人たちがいる。
そうした人たちの、内心の孤独のことを想う。
私にも時として、家庭や職場、その他諸々に対する責任の重さに負けそうになる瞬間が訪れる。
それでも何とか踏みとどまれるのは、辛くても孤独ではないからだ。
私に対する責任を負っている多くの人々の、想いを確かに感じるからだ。


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