映画「ムサン日記」(4):スギョン
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パク刑事は、スンチョルを教会に連れて行く・・・
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北からの脱出者であるスンチョルの、精神的居場所を見つけるためである。
スンチョルはその教会の聖歌隊で歌うスギョンに惚れてしまう。
写真1(↓):聖歌隊のスギョン(右から3番目、パンフレットより)
しかし、スギョンにとって、スンチョルは影の薄い人物の一人に過ぎない。
ある日、スンチョルは牧師に促され、過酷な過去を告白する。
その日から、スギョンのスンチョルを見る目が変わる。
スギョンは北からの脱出者ではないが、スンチョルの中に、同じ種類の悩みを持つ一人の人間の姿を見たからである・・・
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スギョンがスンチョルの存在を認め、心を開く場面は感動的である。
スギョンは階段の途中で、礼儀正しく、「スンチョルさん」と呼びかける。
スンチョル、スギョンが抱える悩みは、社会を生きるすべての人間が抱える悩みでもある。
生きるための妥協、生きることの「仕方なさ」を受け入れることへの葛藤である。
人はその葛藤のために、精神の血を流す。
よって、この映画は普遍的な青春映画の様相を呈している。
写真2(↓):カラオケ店でスンチョルに仕事を教えるスギョン(パンフレットより)
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映画のラストシーンには、賛否両論あるだろう。
僕は、ちょっとまずいな、と思った。
なぜなら、この日は、うちの女庭師を誘って、一緒に観たからである。
彼女はあのシーンを許容するだろうか・・・
恐る恐る、どうだった、と聞くと、観てよかったわ、という返事が戻ってきて、ほっとした・・・
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評論家の川本三郎氏が指摘しているように、この映画にはイタリアン・ネオリアリズムの匂いがあることも申し添えます・・・
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