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「覇者と覇者 −歓喜、慙愧、紙吹雪−」打海文三(2008)☆☆☆☆★[2009055]
※[913] 国内、近未来、内乱、戦争、日本、シミュレーション、孤児、少女、マフィア、セックス、ジェンダー、終戦

内乱は続いていた。それでも海人はいつか家族で住むための家、そこには幼い頃から行方不明になった母、そしてたまに帰省するための弟、妹の部屋が用意されている、を建てるための土地を購入した。それは海人の儚い夢。
奥州軍が州境を封鎖した結果、常陸市に難民が流れ込むことになった。海人の土地にも難民が住みつく。理想だけでは解決できない問題。海人は幼い少女とその弟と出会う。16歳を申告する少女の名前はあづみ、その弟6歳のほづみ。精悍な顔つきの誇り高き少女は、金さえできれば海人の土地の借地代を払うという。同じ年ごろの自分の姿を重ねる海人。
20年間続いた内乱は、独立していた北海道の北海道軍、アメリカ政府の仲介によって、各軍が集められ和平の道を模索する段階に進んだ。そうした中、海人の力でオーストラリアに行ったメグとリュウが一時的に帰国する。数年ぶりの兄妹弟の再会。
海人の属する常陸軍は北海道軍と手を結び、そして幾多の政治的なかけひきと、最後の激しい戦闘を乗り越え、首都の制圧に成功する。内乱の終結。しかしそこには多くの兵士の死があった。
戦争は終わった。しかし、世の中にはそう簡単に平和と平穏がもどってくるわけではなかった。敗れた敵の残党はテロ行為を引き起こす。平和維持軍はパンプキン・ガールズにも武装解除を求めるが、しかし平和が本当に戻ったといえない中、椿子は武装解除を拒否する。戦争の罪を裁くなか、政治的なかけひきは引き続き行われている。そしてパンプキン・ガールズはテロ犯のひとりに近付いていく。

作家の急逝により、未完となった作品。しかし未完のまま三部作の最後の一冊として本書は上梓された。小説は最後の1ページで、あるいは最後の1行で内容を大きく変えることもある。それゆえに未完の作品の評価は原則的には「できない」。しかしそのことを踏まえ、敢えてレビューし、評価を試みる。
応化三部作、あるいは応化クロニクルと呼ばれる、近未来の日本という国の内乱を描いた作品。それが本書を最終三部とする予定だった「裸者と裸者(上)孤児部隊の世界永久戦争」「裸者と裸者(下)邪悪な許しがたい異端の」「愚者と愚者 (上) 野蛮な飢えた神々の叛乱」「愚者と愚者 (下)ジェンダー・ファッカー・シスターズ」そして本書「覇者と覇者 −歓喜、慙愧、紙吹雪−」。本書を除く、それぞれのあらすじは過去に書いたレビューを参照してもらうとする(あ、ほとんど書いてないや)。基本的な作品構成は、上巻では孤児少年から常陸軍の司令官となった海人を中心に描く軍隊から見た戦争。下巻は、内乱戦争のさなか幼い海人と出会い、したたかに内乱のなかを行きぬく、女性ギャング団パンプキン・ガールズの創始者となった月田桜子、椿子の双子の姉妹を中心に描くゲリラから見た戦争。勿論、上下巻は連なる物語であり、ことさら軍とゲリラの視点は意識されないかもしれない。第三部となる本書も本来は、海人の上巻と椿子の下巻で上梓される予定であったのだろう。しかし作品完成前に未完となったため合わせて一冊で出版されている。上巻にあたる海人の部分では、20年に及んだ内乱に終止符が一応打たれる。下巻は、終戦後の混乱が描かれる。終戦を迎えたにも関わらず、敵対勢力の残党は未だゲリラ活動を繰り返す。それは前作までのレビューで何度も語った終戦さえ迎えれば、めでたし、めでたしで終われない、現実の戦争をシミュレートするリアリティに富む物語。現実問題として、戦争は終わっても残る課題は山積みだろう。まさにかくあるだろうと思わせる、積み上げられるリアリティ。
しかし、これも何度も語ったように本書は娯楽としてのシミュレーションでしかない。物語がきちんと結末を迎えれば、そこに新しい時代と、海人の成長を見ることができ、もう少し違う評価になるのかもしれない。しかし本書は、孤児であった海人に成長は少しだけあったのかもしれないが、しかし、ほかに伸びやかに生き生きと描かれるひとびとに決して成長はない。それは本書で海人が久しぶりにあうメグ、リュウの妹弟、海人の年上の恋人である里里菜、椿子、ファン、生き生きと描かれるだれひとりとして人間としての成長や変化を感じさせるものがない。メグは相変わらず正しい。そして人物造形は薄い。
戦争は、死と隣り合わせの現実。双子の片割れ桜子が第一部の最後でまさかの最期を迎えるのを代表とし、この作品はあっけなくひとびとが死んでいく。とくに本書、第三部においても、読者が愛着を持った重要人物があっけなく死ぬ。爆撃に巻き込まれ、あるいは己の職務を全うしたことで、最期の責任として自殺を選ぶ。未完の本書が最後まで書かれたらならば、もしかしたら海人が、あるいは椿子が、メグが、リュウが死んでいたかもしれない。予断を許さぬまま進められた作品は、しかし未完という結末を迎えた。
結局は、内乱の物語であった。魅力的な主人公、海人の、あるいは椿子の物語であったかどうかも疑問だ。

しかし不思議なことに、この未完の本書を、そして未完のまま終えたこの三部作を、ぼくは評価したい。それはこの20年に及ぶ日本の内乱をリアリティを持ち、破綻することなく、またバランスよく書ききり、とりあえず終戦を迎え、そして簡単に終戦をもって大団円で終わらせることなく、その後の混乱をも書き綴ったことによるリアリティの追求、さらに娯楽シミュレーション小説として、薄っぺらなひとびとの描写も含み、楽しい読書であったこと、これらを評価したい。とにかく三部作という長編においてバランスがよい。戦争と、戦争周辺の生活。内乱という戦争状況にあって、なお兵士以外の人間はしたたかに生きていかねばならず、そしてしたたかに生きる人間の営みをこの作品は戦争の合間に描いた。そのことを読み物として評価したい。

ぼくはこの急逝した打海文三を知らない。本書のほかには、唯一「ぼくが愛したゴウスト」[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/4637293.html ]を読んだだけだ。ただ、せめてこの作品は書き上げたかっただろうと、その無念を忍ぶだけである。

蛇足:ところで本書は、巻末の池上冬樹の解説が秀逸。文字数をかなりかけた解説は、よく見かけるおざなりに書かれる文庫本に書かれているような解説とは違い、如何にこの批評家が本書を愛し、深く読んだかを感じさせる。そしてこの解説で池上冬樹の語った「叙情するために叙事をする」という言葉こそ、ぼくの好む文章の本質であり、その言葉を取り上げひとつのアーティクル[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/57695339.html ]を書いたほど。ぜひ、三部作を一気に読み上げ、そして最後の解説に頷いてほしい。

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[参考]応化クロニクル他作品レビュー
「裸者と裸者(上)孤児部隊の世界永久戦争」
http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/48806641.html
「裸者と裸者(下)邪悪な許しがたい異端の」
http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/48898444.html
「愚者と愚者 (上) 野蛮な飢えた神々の叛乱」
http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/49274560.html
「愚者と愚者 (下)ジェンダー・ファッカー・シスターズ」
http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/49401675.html

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