「恋文の技術」森見登美彦
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「恋文の技術」森見登美彦(2009)☆☆☆☆★[2009057]
※[913]、国内、現代、小説、手紙、モラトリアム、大学院生、文通
※ネタバレ少しあり。
未読者はただ書簡小説ということだけ知って、あとは前知識なく読むことを薦めたい。
手紙とモラトリアムはよく似合う。
京都の大学から、遠く北陸の能登半島の臨海実験所に飛ばされたひとりの男子大学院生、守田一郎。日々、鬼軍曹なる渾名の研究所の先輩、谷口さんに罵倒されながらローカルなうら寂しい実験所の日々を過ごす。そんな折、京都からの電車の車窓から見た美しい虹と赤い風船の風景を思い出し(かっての思い出を重ね合わせ)、文通の腕を磨くことを決意する。ゆくゆくはいかなる女性も手紙一本で籠絡できる技術を身につけ、「恋文代筆業」のベンチャー企業の設立を夢見て。 携帯電話やメールですぐに連絡がとれる現代のこの時代に、敢えて文通というアナログな手段を用い、かっての仲間たちに手紙を書きまくる守田。しかしその実、本当に一番手紙を送りたい相手に手紙を送ることができない。 彼の書き綴る数多の手紙から仄見えるのは、優柔不断でひねくれた自尊心を持ち、偉そうな口を利くいっぽうで本当の自分に自信がなく、少し卑屈、就職という目前にある世間の荒波に飛び込むことに躊躇いを覚える心優しきいまどきの不器用で素直で小心な若者の姿。いや、それは決して「いまどき」だけではない、自分に自信を持つことのできない普遍の若者の姿なのかもしれない。 手紙は、返事という結果がすぐその場で現われるものではない。返事が来ないこともまた手紙。そうした手紙という手段、それはモラトリアムとよく似合う気がする。
<守田一郎の手紙の宛先>
「小松崎友也」・・大学院の同じ実験室のマシマロよろしい風体の守田の友人。実験室に入ってきた四回生、三枝さんという女性に想いを寄せる。守田とふたりで起こした「おっぱい事件」がなんとも微笑ましい。 「大塚緋沙子」・・同じ実験室の、だれもが逆らえない女性の先輩。遠く離れてなお、弄ばれる守田(苦笑) 「間宮くん」・・かって守田が家庭教師をしていたときの小学四年生の少年。守田が京都を離れたあと、マリ先生という新しい家庭教師に少年らしい恋心を抱く。実はマリ先生の正体は・・。 「森見登美彦」・・守田の先輩にして、作家。守田が恋文の極意、奥義を教わろうと手紙を書いたことに対し、逆に小説が書けない愚痴三昧の手紙をやたら送ってくる。挙句、守田に逆に小説を書きなさいと叱咤される。いっぽう守田の手紙からのアイディアを流用し「夜は短し歩けよ乙女」を発表し、守田から恨み言の手紙をもらう。 「大日本乙女會」なる自分のファンの女性を引き連れて京都の街を歩き回り・・。 「守田薫」・・高校生の守田の出来のよい妹。森見登美彦のファン。「高等遊民になりてえ」とふてぶてしく嘯く。困った兄を、困ったと思っている(笑)。 「伊吹夏子」・・一足さきに実験室から就職した、守田が本当に手紙を送りたい女性。実は守田は何度も手紙を書こうとしていたが、その度にヘンな方向に進んでしまい、結局は一通も送ることができていないことがあきらかにされる。
全部で十二話からなる書簡集の形態をとった小説。遠く知り合いも少ない鄙びた土地に飛ばされ、無聊を慰めるためかっての仲間たちに手紙を書きまくる守田の手紙を、相手先ごとにまとめてある。同じ時期に書かれた相手の違う手紙を通し、守田や仲間たちの行動が明らかになる。前半の強がるような守田の姿勢が、後半へ、こと就職を意識し、自らの矮小さを意識し、素直に自分を見つめていくようになる様子が、情けなくも、微笑ましい。
こと後半四章の手紙は、前半の手紙を受け、とても微笑ましく心地よい。恋に、就職に、現実にモラトリアムたる青年の物語。まさに若者の成長の物語。恋、成就するといいね。
とても可愛らしい小説。43歳の男が語る言葉ではないが、読み終えてなお、心地よさがふわふわと漂う。これに似た感覚は、越谷オサムの「陽だまりの彼女」[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/54448507.html ]に似ている。
読んだことで何かがある、何か変わるというものではないが、こうした小品佳作的な温かさ、気持ちよさも読書の魅力であろう。バカバカしくも微笑ましく、そしてオモチロイ。
つい最近読んだ同じ作家の、エッセイだか妄言だかよくわからない「美女と竹林」[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/57011832.html ]でどうしようと思ったが、本書はちょっとよかった。強くオススメする何かはないが、ちょっと読んで欲しいなぁと思わせる一冊。オススメです。
蛇足:ところで勿論この手紙は手書きだろう。そうでなければ味がない。たぶん、この書簡小説という形態、ひとりの作家で二度と同じ手は使えないだろう。ならば、いっそ、手書きの文字で出版したほうがよかったのでは。こと「失敗書簡」は、手書きで反故にするぐちゃぐちゃとかも表現したら、リアリティがあるだろう。あるいは、内容によって文字の勢いが違う、とか。活字小説に対する挑戦!とかね。
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文字ってその人の個性が出ますよね。夏子さんへの手紙はきっと、かっちりした緊張感あふれる文字だったでしょうね(笑)。
2009/6/9(火) 午後 10:13
>智さん どんな便箋に、どんな字で書いたか想像するのも楽しいですね。叶うといいですね、守田一郎の恋。
2009/6/10(水) 午後 8:05
こんにちわ。トラバありがとうございます♪
手書き文字、いいアイディアですね!登場人物みんなが、どんな字を書くのか興味があります。
2009/6/15(月) 午後 2:06
こんばんは。
キーボードに慣れていると、こんなに大量の文字を書くのも大変そうですよね。笑
守田一郎、すごいぞ!
(トラバお返ししたつもりですが、反映されてないみたいです。すみません〜)
2009/6/23(火) 午後 11:51 [ つな ]
>つなさん そうですね。最近、何かの申し込み書で自分の住所とか書く以外、字なんてほとんど書いていません。文通、甘い響きですね。何はともあれ「おっぱい万歳!」
2009/6/24(水) 午前 7:08
初めまして^^
手書きの文字で出版って面白いですね〜^^エッセイや実用本では手書き文字の良さが生かされていることが多いので、小説で挑戦してみるのもいいと思います。
2009/7/15(水) 午後 7:47