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「f植物園の巣穴」梨木香歩(2009)☆☆☆★★[2009079]
※[913]、国内、現代、小説、不可思議、植物、怪異、幻想

※少しネタばれあり、未読者は注意願います。

昨年、旅先で痛み、応急処置をしたまま放っておいた歯が痛み始めた。f郷のf植物園の園丁たる主人公は、近所の歯医者に行くことにした。階下の豆腐屋からさかんに豆腐を揚げる匂いのするその歯医者では、忙しくなると前世の、犬の姿に戻ってしまう歯医者の「家内」が働いていた。そんなこともきっかけだったのだろうか、主人公の日常に、曖昧とした記憶の混乱、そして不可思議なものが少しづつ入り込んでくる。
気がつくと不思議な穴のなかに落ち、入り込んでいた主人公。そこで出会う過去の記憶、あるいは不可思議な存在。夢か現(うつつ)か幻か。うっそうと茂る数多の植物たちの作る濃密な世界。
身篭ったまま死んだ妻、千代。死んだ妻と同じ名前の、幼い頃のねえやであった千代の記憶。食堂で出会う不思議な女給も千代という名前。現実と幻想が入り乱れる世界のなかで、主人公が最後に辿り着き出会う真実の記憶。そして生まれ変わる現実。
この作家らしい懐かしくも素っ気無い近代文学様の文体で描かれる、不可思議な物語。

誤字脱字が多かったが(苦笑)、自分の書いたレビューのなかでは上手く書けたつもりで、かつ、お褒めの言葉も多くいただいたレビューに、この作家の書いた「家守綺譚」[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/11777750.html ]についてレビューしたものがある。
それは、ほんの少し前の時代の日本、電燈に象徴される西洋の文明の明るさ、「現代」を象徴する乾いた明るさともいえる、が生活に入り込みはじめた時代。しかしその一方で、泉鏡花の「高野聖」に通じるほの暗いじっとりと湿ったような灯かりもまだ灯(とも)り、陰残す。怪異が同じ地平に存在することが普通だった光と陰のあいまいな時代の日本を舞台に、あっけらかんと普通の生活に入り込んだ怪異を描いた作品。そしてその近代日本文学に似た文体と合いまり、残す余韻の素晴らしさ。そういたことを述べてみた。
その風合いはかなり変わるが、姉妹作にあたる「村田エフェンディ滞土録」[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/14233051.html ]とともに、「現代」ではない、懐かしい古い時代を舞台とし、日常に怪異を許す作品に、ぼくは確かにやられた。

しかし一方で、同じ作家の現代を舞台にし、やはり怪異を描いた「沼地のある森を抜けて」は合わなかった。現代という舞台に問題があったのだろうか、頭で理解はできたつもりでも、どことなく腑にすとんと落ちない。いまどきのアニメ風な、中半端な生命哲学的な物語に乗れなかった。

正直に言う。梨木香歩はわからない。

本書は「沼地のある森を抜けて」よりは、その雰囲気、内容からすると「家守綺譚」に近いものを味わうことができる。しかし確かに現代よりは古い時代であろうが、明らかに「家守綺譚」よりは現代に近い時代であり、また、その怪異は主人公の幻想の世界に閉じ込められている。つまり「家守綺譚」では、主人公の居住するその世界の隣に曖昧な境界線で地続きに異世界があったとするなら、本書は、読み終えてみれば、その異世界は明らかに境界線を越えたところにあるように思われた。この違いは大きい。悪くいえば、本書は主人の「夢」の世界の物語に過ぎないとさえ言える。いや、それが悪いというつもりはない。それが「夢」であれ、本書に書かれた世界に心惹かれた。ただ、この作品の曖昧模糊として描かれた世界が、決して現実の地続きではないということを、ぼくという読者が読み取っただけ。
本書では、その葉脈に、樹木のなかにしっかりと水分を含んだ植物に囲まれ、「川」に沿う道というものある不思議な世界が描かれる。それは簡単にひとが産み落とされる、胎児の道を思い出させる。歯の穴、木のうろ。穴のなかでゆるゆると存在すること。そこを通ることで主人公は乳歯の抜けるエピソードもあいまり「再生」しているのかもしれない。
そしてネタバレになるが、実際には死んでいなかった妻。しかしその妻も「美代」という新しい名前を持ち、その意味では新たに再生されたものなのかもしれない。

ゆうるりと不思議な雰囲気は、この作家独自のものであるが、しかし決してそれは目新しいものではなかった。定義しない言葉で申し訳ないが、「スタジオ・ジブリ的」なあるいは「(「千と千尋の神隠し」以降の)スタジオ・ジブリの宮崎駿 的」な世界をぼくは感じた。不可思議を通し描く、ひとの生。あるいはただ描きたかった不可思議に、何か生の真理、哲学が読み取れてしまう。


さて、最後にタイトルにある「f植物園」の「f」が気になった。「f」なしで「植物園の巣穴」でもよかったと思う。
何故「f」なのだろう。まず、この、「近代文学的な作品」という点でもし「f」が大文字の「F」であったならこれほど気にはならなかっただろう。そういう近代文学は多くあったように思う。しかしここでの「f」は作品に書かれる「f郷」という地名でもなさそう。作家が「f」を選んだ理由。あまりに短絡的かもしれないが、ぼくにはかつて話題になった「1/fの ゆらぎ」という言葉が思い出されてならなかった。それは強い自然ではなく、たゆたゆと心地よく包まれる世界としての自然。それはぴったりくる。しかし、今度は出来すぎというか、はまりすぎているような気がしないでもない。

心地よく不可思議な世界を楽しめた。ただ少し分かりやすいような気がすることが逆に、損ねてしまったような気もする。いやぼくには梨木香歩はぜんぜんわからないのだが・・。


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私はこの人の品のいい文章、好きなんです。多少訳が分からなくても許してしまいます(苦笑;)。

2009/9/13(日) 午前 1:27 智 返信する

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