おばあちゃんの引き出し

祖母の形見はないけれど、
物置に残された、祖母の古ぼけた引き出し、
狙ってました。
 
イメージ 1
 
オイルステインを塗るだけで、けっこう、見栄えが良くなるだろうなー、と。
「父さん、オイルステインある?」
と、出してもらい、ついでに、
「あ、父さん、ピカール、あるよね」
と、勝手に探して使う。
 
イメージ 2
 
ああ、いい感じじゃん。
家に持って帰るまで、工場に置いておこう、と思ったのです。
 
と、そこに職人さんが帰ってきました。
そして、ニスを塗ってくれた!
 
その日は、そのまま工場に置いて、帰宅。
 
 
翌日、私は父に呼ばれたのでした。
 
「これ、こうやって。艶が出るから」
スチールウールで表面を撫で、からぶきの布で磨く。
 
 
イメージ 3
 
当初の予定より、かなり立派(!)になりました。
昨日、持ち帰り、もう、馴染んでいます。

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パニック障害になったわけ

パニック障害になって14年。
 
病院で、心理検査を受けたら、
医師からカウンセリングを勧められ。
 
 別に、ココロに葛藤があろうが
 悩み続けていようが、
 元どおり、どこにでも、自由に行けるようになれば、
 それで構わないのに…。
 
そう思いながらも、
カウンセラーに、1年間、ひたすら自分のことを話しました。
 
カウンセラーは、
パニック障害という病気が、あなたを守っているのね。
 発作が苦しいものであっても」
と。
 
その後、
「ああ、私は、なるべくして、この病気になったんだ」
と思った。
 
でも、今は思います。
この病気は、私を生かすために、
あるいは、生き延びさせるために、現れたのだ、と。

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ぶらん え のわーる

なぜ、私はこんなに
「キリスト教の教義」 にこだわるのか?
 
なるほどー。
少し、見えてきた。
 
 
私にとって、キリスト教の教えは、
無意識の大前提が、
 
真っ黒なあなたを、真っ白にしてあげる
と、言われているのだ。
 
 
私の少しの「白い部分」は、すべて神から与えられたもの
それ以外の、本来の私、は、「黒い部分」 のみ
 
 
そんな、徹底的な自己否定。
 

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ルルドの水

昨日は、17年くらい前に、一緒にお仕事した方に、
電話しました。
 
父より年上の、ご婦人。
カトリックのクリスチャン。
 
10年くらい前、私がパニック障害になったので、
ルルドの水」 を持って、来てくださった。
以降、ずっと年賀状のお付き合い。
 
 今年の年賀状には、
 ” あなたのことは、毎日、祈っていますよ。
   今度 いっしょにお昼をいただきましょう ”
 
 
 
「おひさしぶりです。お元気ですか?」
言うと、
「それが、元気じゃないのよ」
と、元気な声。
実は、転んで背骨と腕を骨折している、と。
 
 
「身体が不自由な人の気持ちって、なってみないと分からないものねえ。
 試練には意味があるわ
 
 
 うちに来てくださったのは10年も前なのに、
 父の具合を尋ねられ (父は手術の直後だった)、
 姪はそろそろ小学校の高学年? と当てられ、
 すごい記憶力!! に、びっくりです。
 
ご家族、ご親戚が近所に住んでいて、
訪ねてきてくれたり、病院に連れて行ってくれたり、
自分はとても幸せだと、おっしゃっていた。
 
 
この方と話していると、
絶対、嫌われていないという安心感があるし、
私が変なことを言っても、思慮深く、許してくれる気がする。
 
 
聖書の知識、というならば、ほぼ間違いなく、私のほうが多いだろう。
でも、
この方のように 「幸せな信仰」 じゃない。
 
 
ただ、神の愛を信じ、感謝して幸せを感じ、幸せに暮らす。
だからきっと、周囲の人も、ほっとするんだろうな。
 
 
私は、既にロゴスの森に迷い込んでいる。
考えるのを、すぱりとやめることはできない。
 
 
でも、こういう人がいるんだな、
って、見ることができるのは、幸せ

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合掌とインドの女神、そして、キリスト教

私のヨガの先生は、精神論は語らない。
ただ、授業のはじめに、
ちょっと、話をします。
 
私達おばちゃんトークに、区切りをつけるために。
 
合掌の意味。
(インドでは?) 右手は清浄、左手は不浄
合掌は、その両方を自分の胸の前で合わせ
両方の自分を受け入れる。
 
 
ちょうど、このところずっと、インドの女神のことを考えていました。
(インド神話、よく知らないけど)
 
シバ神の妻、パールワティーの、
もう一つの相がカーリー、
とされているらしい。
 
女神パールワティーは恵みをもたらし
女神カーリーは、破壊と殺戮の女神
同じ存在の、別の現れ方。
 
 
以前から思っていたのは、
世界の全てを作った神様がひとりなら、
その方は、「愛」 と 「残酷さ」 の両方を持っているはずなのではないか
 
 
そこで、キリスト教の話。
 
新約聖書で、
「父母を敬え」 という言葉はあり、
「神を愛せ」 という言葉がある。
 
逆がないんです。
”父母を愛し、神を敬え” ではない。
 
子どもであれば、父母を愛しているのは当然で (まあ、愛憎、あるけど)、
だからわざわざ 「うやまう」 という、形式というか、行動と考えたほうが楽
 
一方、神を愛する、とは何?
この世界すべて、自分の環境、運命(のようなもの) …
それら全てを 「愛しなさい」。
「愛しなさい」 すなわち 「受け入れなさい」 。
 
 
この世界は、間違いなく、残酷。
 
 
  人には理性があるので、
 
  「他の生物の命を奪わなければ、自分が生きられない」
 
  と、知ってしまう。
 
 
  人の一生も、みんな 「平等」 じゃない。
 
  喜びの多い人が、苦しみも多い、というわけではなく、
  多く苦しんだ人に、多くの喜びが訪れるわけでもない、
 
  残念ながら。
 
 
だから、
 「神の、善にして愛、の面に対して目を注ぎ、
 『神は愛の存在』 と信じて生きなさい」
 
ってことではないのか??
 
とか、思うのです。
 
怒られそうだけど。

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