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戦後の混乱期に作られた反射望遠鏡 その2

さて前回の続きです。

昨年の原村星祭りの会場で、自分のブースは手伝いの人間に任せ、かなりの長時間にわたり、この望遠鏡に惹きつけられてしまった私は望遠鏡の近くから離れることができませんでした。

すると、原村星祭りの顔とも言える、本部のK氏より、声が掛かったのです。「この望遠鏡にご興味がおありですか。」と。

この外観と、迫力に圧倒されたこと。自分はフォーク式の反射望遠鏡が大好きで、21センチを筆頭に、家に3台を動態保存しているというようなことをお答えしたと思います。

そして、この望遠鏡がどのようなものであるか、お聞きしました。

諏訪の天文家である、林伸光氏により戦後の混乱期に建造されたものであること。

諏訪で操業した、北澤製作所(現 東洋バルヴ/株式会社キッツ)が無ければ作る事は出来なかったという事。

反射望遠鏡の鏡筒は、第二次世界大戦の戦闘機や爆撃機などの生産に使われ、戦後余剰物資となった航空機用ジュラルミンを、丸い円筒形の丸太のような円筒形の木に巻きつけて筒形に整形したこと。鏡筒は、ジュラルミンの板二枚からなり、それぞれを円筒形に丸めた上でハゼ継ぎするのではなく、リベットで留めてあります。二本できた円筒パイプ二つをリベットで結合することにより、一本の鏡筒としています。(これは個人レベルでできる工作ではないと推察しています。まだ現時点では、詳しくはお伺いしていませんが、この望遠鏡の鏡筒を作ったのが北澤製作所ではないかと推察しています。)

余談として.......色々と調べてみると、当時ジュラルミンは物資不足の戦後に置いても、余剰物資として比較的潤沢であったようです。。鉄道の客車の製造に再利用されるなど、比較的安価に入る素材であったようです。しかしながらジュラルミンは耐食性に問題があり、水、とくに海水には弱い素材でした。
当時作られた鉄道の客車は、電装品の絶縁も不十分であったこと。さらには塗料不足で塗装されなかったことから、電食により腐食してしまい。製造後10年でボロボロになってしまったようです。

話がそれてしまいましたね.......話を元に戻しましょう。

そして、なによりとてもうれしいニュースとして、この望遠鏡を作った、林伸光氏はご健在であることが分かりました。

また問題としては、
反射鏡のメッキの劣化が激しく現状のままではよく見えないこと。水平軸の微動や水平軸自体にガタが発生していて、八ヶ岳自然文化園で観望会用として使おうとしたが、使えていないということ。
動態保存にはかなり手を入れなけらればならず、林伸光氏から望遠鏡を寄贈頂いたのに、色々な面で自然文化園側で、手が届かず林氏に対してとても心苦しい状態にあるという事。

林氏が納得するので有れば、私にこの望遠鏡を預けたいとの事。林氏と連絡を取ってみるとの事。

昨年の原村星祭り会場にて、前述K氏にお伺いした事は以上のような事でした。

それから1年考えていた事は、このような、貴重な望遠鏡を使える状態まで整備し、再び沢山の人にこの望遠鏡を通して星を見せる状態まで復活させ、そして僕が次世代にこの望遠鏡を引き継ぐという重責を担えるのか。

自分の手元に置きたい気持ちは山々でしたが、大げさに言えば、文化遺産であり、当時のアマチュア天文学の活動のマイルストーンとしての価値を考えると、この望遠鏡を預かるという事は、とても責任が重いのです。

また、レストアの方向性なども、クラッシックカーを動態保存するのと同じように、機能的な部分の完全性を求めるのか、現状のオリジナルな外観を維持しながら(塗装などをやり直さない)各部のサビを進まないようにするにはどうするのが良いのかなど。検討事項は極めて多岐に渡るのです。

今年の原村星祭りに先立つこと、一ヶ月ほどまえにK氏から連絡があり、原村星祭り会場に、林伸光氏と、奥様、ご息女が私に会いに来るという電話連絡がありました。

ご高齢ということもあり、私からご自宅かご自宅近くにお伺いしても良いことも、お伝えしました。

ところで、この林伸光氏の反射望遠鏡は、昭和33年初版発行の恒星社の中学天文教室シリーズの「望遠鏡の作り方」の107ページに掲載されている事も分かりました。鏡面研磨で木辺成磨氏とともに、名高い星野次郎氏の著書です。

「望遠鏡の作り方 初版 第三刷」助野徹氏 所蔵
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この本に紹介されているという事を知った時には、さらに身が引き締まる思いでした。まさに想像していたとおり、アマチュア天文家にとって、とても大切な望遠鏡であると再認識したためです。

さて、今年の原村星祭り2日目の夜、林伸光氏とご家族にいよいよ対面が叶う事になりました。これはまさに感激と緊張の夜でした。お会いする前から胸は高鳴りぱなしでした。戦後の混乱期といえる、昭和23年11月にこの世に星を見るためにとてつもない精度で、手で研磨された反射望遠鏡の主鏡として誕生し、昭和28年に反射望遠鏡として林伸光氏により建造されたのです。ご本人と会う事が叶うのです。

これは何かの奇跡なんだと思いました。それと同時に自分が次世代へ引き継ぐべき重責を追っている事をはっきりと自覚しました。

林伸光氏との記念撮影
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最初に記念撮影をさせて頂きました。林氏に会っての最初の印象は、とても表情の柔らかい優しい方だという事です。色々質問をしたい事も沢山あり、とりあえず今回お聞きできた事をここに記して置きたいと思います。
一字一句聞き逃すまいと、弊社ブースを手伝って頂いた、イラストレーターの「由女さん」に書記をお願いしました。またカメラは、太田氏にお願いしました。

ご自身の反射望遠鏡で熱弁を振るう林氏
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当時は、中央気象台にお勤めしていたという、林氏、望遠鏡の製作は、高校の教諭として新たなスタートを切った頃だったという。当時独身だった林氏は、給料の大部分をこの望遠鏡の製作に費やしたという。

当時は、手頃な望遠鏡は無く、メーカーが限られていたのと、とても高価であった事。天文愛好家は、自作に頼ったという肝心の主鏡(放物面)の研磨は素人にとってとても困難であったため、専門家に依頼したという。そして望遠鏡を支える架台部分は専門家の手厚いご指導の元で完成まで漕ぎ着けたという。

どこまでが、自作で、どこを工場に依頼したのか、今回時間が限られ詳しくお聞きする事は出来なかったが、これはまたの機会にお伺いする事にしたいと思っています。

当時、高校で教鞭を取りながら、給与の大部分をつぎ込んで製作した、この反射望遠鏡。大変な経済的負担をして作り上げた林氏にとっての、若い頃の思い出とともにある、宇宙への憧憬と情熱の産物であることをひしひしと感じました。

望遠鏡をやっとこさ完成にこぎつけて、観測を始めてみると、望遠鏡の本体・架台・三脚とともにかなりの重量になり、観測用ドームの建造も考えたそうです。当時の生活状況から断念せざるを得なかったそうです。

望遠鏡完成から3年後の1956年(昭和31年)には、仕事の関係で住居を東京小金井に移したそうです。その際、この反射望遠鏡も東京に持って行ったそうです。当初住んでいた諏訪に比べると、復興著しい東京の空の条件は悪かったそうです。

この望遠鏡を通して、様々な天体を観測。彗星や星雲星団、惑星などのスケッチもされたそうです。

またご息女は、この望遠鏡で見た土星や月がとても印象に残っているそうです。

インタビュー中に、奥様が少し離れた場所でニコニコされているのもとても印象的でした。



写真左から 林氏のご息女、奥様、林伸光氏、イラストレーター由女さん、私
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今回書記をしてくれた、「由女さん」の著作「今夜、星を見に行こう」をご覧になる林氏

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林氏が1971年1月に撮影した月や金星の写真
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その後、林氏は星雲星団の直焦点撮影をするようになり、それに連れてこの望遠鏡を使う頻度は徐々に減っていったそうです。

今は、故郷の諏訪湖のほとりの小高い丘の上に居を構え、二階の大窓から星を眺めるのがとても楽しい毎日であるとのこと、書籍を通して星を楽しんでいるとのことです。

おかえりになる際、林氏と握手をしましたが、私の手をしっかりと握られました。この望遠鏡を僕が居なくなるその日まできちんとした形で良好な状態で維持し、次世代へ継ぐのが私の役目。望遠鏡とじっくり対話しながら、丁寧にメンテして、遠くない将来に皆さんにお見せできるように頑張りたいと思います。

この望遠鏡のお話は、これからも少しずつブログでご報告する予定です。また林氏とも連絡を取り合いながら、新しいお話が聞けたら、またここで記事にしていきますので、楽しみにしてください。

先日、フェイスブックでアップしましたが、接眼部の真鍮部品を極細コンパウンドで磨きました。
磨いた真鍮部分は輝きを放ちとても印象的です。

まだまだ続きます!

BEFORE 磨く前の状態
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AFTER 磨き輝きを放つ真鍮製接眼部
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