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伊号第58供∧峠貼筌ぅ鵐妊アナポリスを撃沈・旧日本海軍の艦艇003

イメージ 1

  6月封切り映画「真夏のオリオン」に登場する潜水艦「伊−77号」・「伊−81号」は
  架空の潜水艦で、「伊−77号」のモデルとなったのは「伊号第58供廚蕕靴ぁ

  因みに、一等潜水艦(基準排水量1000t以上)で就役した艦名を番号順に列挙すると、
  次の様になる。

  伊号第1・1供2・3・4・5・6・7・8・9・10・11・12・13・14・15・15供16・17・18・19・20・
  21供22供23供24供25・26・27・28・29・30・31・32・33・34・35・36・37・38・39・40・
  41・42・43・44・45・46・47・48・51・52供53供54供55供56供57供58供60・
  61・63・67・70・73・121・122・123・124・152・153・154・155・156・157・158・159・162・
  164・165・166・168・169・171・172・174・175・176・177・178・179・180・181・182・183・
  184・185・201・202・203・204・205・206・207・208・351・352・361・362・363・364・365・
  366・367・368・369・370・371・372・373・374・400・401・402・501・502・503・504・505・506。
  (ただし、1供15供204・205・206・207・208は建造中に終戦、501・502・503・504・505・506
は、元ドイツ・イタリア海軍所属の潜水艦。)


  初代の伊号第58気漏ぢ膈祁殖舛如1928.5.15に横須賀で竣工。
  完成時の基準排水量1635t、水上速力20ノット、水中速力8ノット、航続力は水上10ノットで
  10800浬(カイリ)・水中3ノットで60浬、主要兵装53センチ魚雷発射管8門・魚雷16本・
  12センチ砲1門。

  1942.5.20に伊号第158号に改名。スンダ海峡の監視などに従事。1942.7.2以降はずっと内地。
  1946.4.1に五島列島沖で米軍が海没処分した。


  二代目の伊号第58兇楼54型(乙型)で、1944.9.7に横須賀で竣工、完成時の基準排水量2140t、
  水上速力17.7ノット、水中速力6.5ノット、航続力は水上16ノットで21000浬(カイリ)・
  水中3ノットで105浬、主要兵装53センチ魚雷発射管6門・魚雷19本・14センチ砲1門・
  25ミリ機銃2挺・飛行機1機・射出機1基。
  戦時急造のため伊十五型を簡略化した潜水艦。

  回天特別攻撃隊として出撃。1945.7.29にマリアナ西方で米重巡インディアナポリスを撃沈した。
  1946.4.1に五島列島沖で、米軍により海没処分された。


  インディアナポリスは、広島、長崎へ投下予定の原子爆弾用の部品と核材料を急ぎテニアンへ
  運ぶよう命じられ、7月16日サンフランシスコを出港し7月19日に真珠湾に寄港し、単独で
  テニアンに向かい7月26日に到着した。
  テニアンに最高機密の荷物を届けた後、グアムに派遣され、7月28日に今度はレイテ島へ向け
  グアムを出港し、単独で直線コースを取りレイテ島へ向かった。

  7月30日0時15分、北緯12゜02'、東経134゜48'の地点で日本海軍の潜水艦伊号第58
  (艦長:橋本以行少佐)が、99式酸素魚雷を初回発射3本、数秒おいて2回目発射3本の計6本の
  全門発射(こうして時差発射すると1回目の命中魚雷が開けた破穴に2回目の魚雷が入り込み
  更に奥深くで爆発するので致命傷になる)したうち3本が右舷に命中、船体を鋭く貫いた
  魚雷が爆発。

  特に時差発射の2回目の魚雷が、1発目が船体に開けた穴に入り込み奥で爆発、艦内第2砲塔下部
  弾薬庫の主砲弾を命中と同時に誘爆させ、同艦は夜空に大きく火柱を吹き上げると、艦前半部を
  海に突っ込みながら暫く浮いていたが、12分後に転覆、沈没した。米軍関係の記録や話しでは、
  破穴が2つだったことや、日本潜水艦の巧みな攻撃法に艦が弱いことを隠すためか、命中2発と
  されているが、生存した乗組員の間でも、また伊58潜水艦の記録でも、魚雷爆発音(こもった
  ような振動するような短い音)は3回とされている。


  この、潜水艦「伊号第58」によるインディアナポリス撃沈が、もしもテニアン島に到着する
  以前であれば、あの広島・長崎の悲劇は回避されたはずだ。


  運命に翻弄された米重巡洋艦「インディアナポリス」の物語は、まだ終わらない。

  乗員1,199名のうち約300名が「伊号第58」の攻撃で死亡し、残り約900名は5日後に救助が
  完了するまで、救命ボートなしで海に浮かんでいた。
  水、食料の欠乏、海上での体温の低下、これらからおこった幻覚症状、気力の消耗などで
  多数の乗組員が死亡した。

  それに加えサメによる襲撃が心理的圧迫を強くした。その後映画等で、サメの襲撃が演出として
  過剰に語られたため、大多数がサメの襲撃の犠牲者になったかのように思われているが、
  おもな原因は救助の遅れと体力的限界が死亡の原因といわれている。

  救助された生存者は、わずか316名であった。

  生き残ったインディアナポリスの艦長チャールズ・B・マクベイ3世は、ジグザグ運動をして
  回避行動を取らなかったことを理由に、軍法会議にかけられた。

  アメリカは第二次世界大戦の戦闘で約700隻の船を失ったが、軍法会議にかけられたのは
  マクベイ元艦長ただ一人だった。

  軍法会議の証言台に立った「伊号第58」の元艦長橋本以行氏は、
  「ジグザグ運動をしていても撃沈可能だった」と語ったにも拘わらずマクベイ元艦長は有罪となり、
  海軍での経歴は終わり、死んだ乗組員の遺族に責め立てられ1968年に自殺した。


  これらの一連の悲劇と尊い生命の損失が、「絶対に原爆などを使用するな」と言う神の啓示だと、
  トルーマンを初めとする米国民らは思い至らなかったのだろうか?

  パールハーバーの復讐のため、神をも恐れぬ二十世紀最悪の行為を仕出かしたことを、
  地獄で、トルーマンは心底から懺悔しているのだろうか?

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