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付喪神(つくもかみ)という、役目を終えた物に霊が宿るとされる話があります。
物とは道具のことですが、人間が都合よく利用し、要らなくなったら、または使わなくなった道具に感謝もせずそれを忘れてしまったり、捨てたりすると祟られるとも言います。 いわゆる、大切にしなさい、、感謝しなさい、という教えでもあります。 先月、事始めである2月8日に針供養がありました。 地域によっては、事納めの12月8日のところもあるようです。 ちなみに 2+8=10=1+0=1 1は陽数で始まり 1+2+8=11=1+1=2 2は陰数で終わり 針供養も付喪神に由来しているという話を聞いたもので、今回は付喪神の話になるのですが、漢字の針は、金・十で、十は針を意味しているとされます。 金に『?』でもよかったのでは?なんて思ったりしますが。 実際、漢数字では10を『?』と記すそうです。 では『十』はといいますと、なんと『11』のことらしいです。 漢字の十は本来?で、横棒一本足りないのだとか。 九十九の神といえば熊野古道の九十九王子を思いだします。(私は) 九十九と言っても99の社があるのではなく、それだけ多くの社があるという意味らしいのですが、それなら八百万とか百でもよかったかもしれない、多くのというわりには九十九なんです。 まあ、最盛期には80余社だったとも聞きますので99に近いですね。 もしかしら、81社だったのかもしれません。 9×9=81 Wikipediaの九十九王子の名に関する出現について ●王子の名の初出史料と考えられているのは、増基の手による参詣記『いほぬし(庵主)』にある「わうじのいはや(王子の岩屋)」で、花の窟についての記事に登場する。 『王子の岩屋』が九十九王子を意味しているのでしょうか? 九十九王子と言えば、陰陽師 安倍晴明も関係するという説もあり、安倍晴明は天皇家と血の繋がりがあるという説も。 天皇の『皇』は白い王と書きます。 白い王とは正に九十九王子のことかと。 100ー1=99ですが、漢字の百から一を引くと『白』という漢字になり、白は九十九、九十九王子は白い王子、または白い神、白い神の象徴にはイエス・キリスト。 イエス・キリストの象徴には『岩』があります。 九十九王子の名に関する『王子の岩屋』は、キリストが処刑された後に安置された岩穴のこと? 付喪神(九十九王子)は、この世の使命を終えた、または忘れられた霊。 九十九(つくも)に似たヘブライ語があります。 『ツクヤム』 ツクヤムを早口、または繰返し読むとツクヤムがツクモにも似てきます。 ツクヤム 意味 : 岩なる神の救いが成就する 岩なる神、とはキリストの象徴。 付喪神、その中に唐笠お化けという傘の妖怪?がいるようです。 強調されるのは、一つ目と舌と一本足と両腕でしょうか。 妖怪は人間をからかったり、バカにしたりしますが、人もこれに似た仕草をすることがあります。 からかったり、バカにしたりする時に、目の下の皮膚を指で下げ、舌を出す『あかんべー』。 あかんべーは『べっかんこう』とも言います。 ヘブライ語と意味 へ→見よ、五つ カム→現れる ゴェル→救い へ カム ゴェル→見よ 救いが現れる(五つ) へカムゴェル→べっかんこう 私は、唐笠お化けが、ピラミッドアイや十字架刑や平安京の姿の象徴だと思っています。 Wikipediaの付喪神には ●鎌倉時代(かまくらじだい、1185年頃-1333年) 『土蜘蛛草子』には、九十九神の原型ともいえる描写があり、鶏や狐の姿をした女性や妖怪としての獏が描かれ、五徳と牛が合体したものや、杵に蛇の体と人の腕が2本くっついたものや、角盥(つのだらい)の縁に歯が生えそのまま顔になっている人形(ひとがた)が描かれている。『不動利益縁起絵巻』にも安倍晴明とその使役される式神が5体描かれていて、鶏や角盥や五徳を擬人化したものである。 五徳と牛が合体、がちょっと気になります。 五徳とは炉(火を使う)に関する器具のことです。 また、呪詛の鉄輪、五寸釘で藁人形をご神木に打つ呪いの儀式の際、頭に被る物です。 さらに気になるのが、九十九神の原型ともいえるものに、杵に蛇の体と人の腕が二本ついたもの、というものがあります。 『杵』は、木と午で、午はウマと読み、午前・午後のように時をも表します。 そして、午(ウマ)の刻は、昼の12時を中心とした約2時間です。 この杵『昼の12時の木』には蛇の体と二本の腕がついている、これが九十九神です。 キリストには蛇の象徴があり、十字架刑にされた昼の12時に太陽が光を失います。 そして、二本の腕がついている、というのは、もしかしたら十字架上で広げた腕のことで、九十九神とはキリストの陰陽を象徴としているのかもしれません。 |
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