日光東照宮 パワースポット

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連休に日光と会津に行って来た。
3月19日、日光東照宮では、後水尾天皇の3つの書に対面。 それぞれまったく趣が異なる。
文字に関心を持つようになって、ようやくこのような楽しみを持てるようになった。
徳川幕府と朝廷という相反する最高権力者同士の、美しい意匠の裏に、様々な思惑が絡んだ書であろう……と思いながら見上げる。
東照宮一ノ鳥居は、黒田長政寄進による御影石の巨大な鳥居、九州から運ばれた一ノ鳥居に最初の額がある。 二ノ鳥居には額がない。 そして国宝陽明門 唐破風下の青い勅額。 最後は三ノ鳥居の額。 奥宮から200段の石段を登った先、世界遺産 日光東照宮最大のパワースポットである家康陵墓前の唐銅鳥居に掲げられていた。 これら3つとも、後水尾天皇による「東照大権現」の宸筆が飾られているのだが、三ノ鳥居に掲げられた御神号勅額は、パワースポットにふさわしく、空海が持ち帰った「雑体書」という、最も宇宙のエネルギーに満ちた最強の書体で書かれていた。 特に「大」の文字は、飾り立てられた陽明門の龍や獅子をも凌駕するくらいパワフルで、鳳凰のような「大」であった。 3月21日、日光から会津の母成(ぼなり)峠 古戦場に向かう。 昨秋、会津若松市に残る戊辰戦争の遺構から、二本松市の少年隊が眠る墓所までかなりこまめに歩いたのだが、帰宅してから母成峠を見落としていることに気が付いた。 碑に書かれている旧幕府軍(大鳥圭介、土方歳三)800名、新政府軍(板垣退助)3000名が激突、ここを破られた東軍は、会津鶴ヶ城の陥落へと一敗地にまみれる。
3月下旬というのに、横から吹きつける吹雪の中で、何とか目的地に着くことが出来た。
フォト:上から一ノ鳥居、陽明門、三ノ鳥居、吹雪の中に粛然とたたずむ古戦場碑。 |

