タヒチ
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南太平洋の光と影が見事に描かれた上田耕造先生の水彩画と油彩画
横浜・関内のギャラリーミロで開催中の ATELIER21 「タヒチに遊ぶ」 を観た(19日まで)。
上田耕造、広田稔、岡田高弘の3氏が、タヒチの旅で取材した風景に魅了された。
1993年の3月、自分も絵描きさんと共に、当時 “南太平洋最後の楽園” といわれたタヒチ、モーレア、ボラボラの3島を廻った8日間が蘇えった。
1993年というその年は、ゴーギャンが第1次タヒチ滞在を失意のうちに断念して帰国した年からちょうど100年目に当たった。
孤高の画家が目指したタヒチは、フランスから一番遠い植民地だった。
ゴーギャンの伝記的小説 「月と六ペンス」 の作者サマセット・モームは、
「微笑むが如く、親しむが如しタヒチは、たとえて言えば、美と魅力とを惜し気もなく浪費する美しい女だった。」
と書いている。
確かに自然の美しさは地上の楽園であった。
しかしそこに暮したゴーギャン自身は、彼の著作 「ノアノア (芳しさ)」 に書かれたように過酷に満ちた受難の日々を送った。
今回ノーベル文学賞受賞作家 バルガス=リョサの 「楽園への道」 を読んで、ラテン・アメリカ文学の圧倒的なパワーに打ちのめされた。
株の成功者ゴーギャンは35歳の時、突如ブルジョアの生活を捨て画家をめざす。
さらには芸術的な完璧さと自分の野生を求め、ヨーロッパ的なものも捨てる。
文明に毒されたタヒチからさらに未開を求めて渡ったマルキーズ諸島で行き倒れるまでの反逆の生涯。
バルガスのペンは自身に正直に生きることを選んだゴーギャンの激しさを、熱帯のジャングルにはびこる植物のような執拗さで描写する。
ゴーギャン一人でも持て余すほどの波乱万丈の人生なのに、もう一人の主人公である彼の祖母 フローラ・トリスタンの物語にもド肝を抜かれた。
仏人を母に、ペルー人を父に、ペルーの裕福な家庭に育ったフローラは、その恵まれた境遇を捨てて、19世紀半ばのヨーロッパで、虐げられた女性と労働者の連帯を求める闘士となり、社会改革に生涯を捧げる。
(それにしてもフローラが立ち上がる以前の、ヨーロッパにおける女性の虐げられた歴史の暗さは何なのだろう。その克明な追求も本書の存在価値を高めている。)
ユートピアの実現を信じて闘った祖母と孫の短くも熱い人生、ゴーギャンの絵画を不滅のものとした原点をたどる面白さは格別であった。
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