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この図録は、十数年前に台湾の故宮博物院に行った時に買ったものです。
余り何回も開いたので、ばらけそうになっています。
上の表紙の写真は南宋の修内司官窯の青磁で、下の写真の左は
北宋官窯の(ものとされる)青磁です。
北宋官窯の窯跡は発見されていないので、推測にすぎません。
中国の皇帝のコレクションともなると、さすがに見応えのあるものでした。
台湾の故宮博物院に納められている文物は、日中戦争の戦禍を避けて、
大陸各地を彷徨った末に辿り着いたものばかりです。
無事でいてくれて良かったと思わずにはいられません。
中国での陶磁器の生産は、すでに宋代にはマニファクチャーの段階に到達していました。
生産段階で廃棄された陶片は、ひとつの窯場で十数メートルもの山(物原)が幾つも
出来るほどでした。
そうした大量生産の頂点に君臨した製品が、この写真のような青磁なのです。
『景徳鎮陶録』によれば、陶磁器の生産は徹底した等級管理が行なわれていたようです。
粘土原料にも等級があり、生産者は原料を購入して、自分が生産する製品に合わせて
水簸をします。そして、残ったカスの粘土は下級品を生産する生産者が買い取ります。
窯も松の薪を燃料にする窯と雑木の薪を燃料にする窯とは異なっていました。
釉薬も粗器には(水釉)を用いるだけだったと書かれています。
(水釉)が何を指しているのかの定説はありませんが、私は渥釉(あくゆう)の事では
ないかと思っています。
坏土も釉薬も燃料も窯も、そして陶工も、全て最高のものを使用して生産したものの中から
さらに選り抜かれたものが皇帝のコレクションの仲間入りをしたのです。
当時と現代では、陶磁器の嗜好が異なっていますから、これらの青磁を良いと感じる
かどうかは別として、当時の技術の粋を結集して生産されたものである事だけは
間違いない所です。
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もちろん現地で実物もごらんになったのでしょう。よほど感動されたから何度も読み返されたのかと存じます。神品といわれる宋時代の青磁がこれほど一堂に会しているところはそうないですからね。
2005/9/10(土) 午後 6:00
故宮博物院は丸一日がかりで見ましたが、それでも、ざっと見になってしまいます。残念なことに、青磁は所蔵品の一部しか展示してないのです。全部見るには五回位は行く必要があるのでしょうが、結局その後は行けずじまいです。
2005/9/10(土) 午後 10:29