焼き物雑記

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2005年9月23日

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土器の形態と用途

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写真の土器の形態図は中国新石器時代の馬家浜文化の土器の代表例です。

写真上段左から1、『豆』2、『鼎(かなえ)』 3、『腰沿釜』

写真下段左から4、『壷』5、『缶』6、『盆』7、『豆』  という名称が付いています。

このうち、我々になじみ深いものは、釜と壷でしょう。盆は『覆水、盆に還らず』という

言葉で有名ですが、現在では写真のような深い容器のイメージはありません。

中国は漢字の国ですから、物には漢字の名前があり、意味があります。物の形状が漢字の基

にもなっています。

例えば、一番と七番の『豆』という漢字は、こうした土器の形に由来しているそうです。

そういえば、何となく似ていると思いませんか。用途は食べ物を盛ったり、スープを入れる

容器といった使用法でしょうが、火にかけて使用した例もあるようです。

壷の使用法は酒や水や食料、種籾を入れる容器に間違いないでしょう。最も、使用する気に

なれば、お湯だって沸かせるでしょう。

五番の『缶』は瓶(かめ)と同じ用途のようです。<水瓶座>という星座がありますが、

水などを入れる容器が主たる使用法でしょう。今でも、空き缶、空き瓶というように、容器

としての名称として使用されています。

ただし、缶や瓶は湯を沸かすための入れ物という意味もあります。薬缶や土瓶という言葉

に、その事が表れています。

鼎(かなえ)という器具は三本の高い足が付いている事からも、調理器具である事が判ります。

『鼎の軽重を問う』という言葉だけは有名ですが実物には無縁です。

三番の『腰沿釜』は、なつかしい形です。戦後になっても、竃でこの形の釜を使用していました。

金属器での、こうした羽の付いた釜は日本で生みだされたものだそうですが、土器では中国の

新石器時代にすでに登場していたようです。

この釜の使用法は形態から、調理器具である事は明かです。

こうした鼎や釜の形態の調理器具は日本の弥生時代には、なかったようです。

土器の容器に三本の足を付ければ、下から薪で加熱出来て、効率的になるのに、何故弥生時代

には出現しなかったのでしょうか。

弥生時代にも、『豆』はありますから、足を付ける事自体は技術的には可能だったはずです。

全くの推測ですが、鼎や釜が登場するためには、キッチンがリビングから独立する必要が

あったのかも知れません。

深鉢や瓶の形態は、囲炉裡のように絶えず熱灰や炭火が存在する環境には適合した調理器具

のように感じます。昔から囲炉裡には、鉄瓶がつきものでしたが、弥生時代にも囲炉裡に、

カメ型土器があって、いつも湯が沸かされていたのかも知れません。

縄文時代の調理器具としての深鉢よりも、弥生時代の調理器具としてのカメ型土器が小さく

なった理由は、案外調理場所の変化も一つの理由であるような気がします。


 (注)写真の土器の形態図は『中国陶磁通史』より引用させていただきました。

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土器実験整理ノート1

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まだ土器の実験は途中なのですが、実験データに書いた事以外の事で気が付いた点が

ありますので、書いておこうと思います。

最初に土器の実験を始めた動機は、弥生時代の調理用のカメ型土器の内に、器壁が

わずか3ミリしかない物がある事を知り、その製作意図を知りたくなったからです。

いくら低温焼成の軟質土器が火に強いといっても、薄くすれば力学的に弱いものになる

事は避けられません。

これが、5ミリ程度であれば、さほどには興味を引かなかったでしょう。

今でも、何故、器壁を極端に薄く作ったのかという疑問が実験のメインテーマである事

には変わりありません。

ただ、カメ型土器が調理用器具である以上、調理の目的に合わせて製作したと考える事も

必要になってきます。そのために、専門外の調理の実験もやっているので、あくまでも

陶芸の領域からのアプローチなのです。

以下に土器の実験で気が付いた事を箇条書きにしてみます。

 1、550度で焼成した土器でも700度で焼成した土器でも、調理用器具としての
   性能は大差ない。

 2、軟質土器の内部に調理対象物を入れる場合には、事前に内部を黒陶の状態にして
   おいた方が、内部の器壁が痛まないし水の漏れも少なくなる。こうした意識的に
   内部を焦す事は、土器自体を還元焼成にする事よりも、はるかに簡単で効果的
   と言える。白い米でも調理して黒くなる事はない。

 3、上記に関係して、事前の処理なしに、粥にしても雑炊にしても、使用後に器壁に
   糊状の有機物を残すものを入れた場合、そのままの状態で乾燥するまで放置すると
   器壁がはがれて、内部がデコボコになる。

 4、実際に高さが30センチほどのカメ型土器を竃(かまど)なしで、薪で加熱して
   みると、高さが低すぎるために、調理の途中で内部を掻き回す等の作業が高熱を
   腕に受け易いので極めて困難となる。上の写真のような縄文時代の大きめの土器
   の方が、加熱中の調理作業は、やり易いように思われる。土器を大きくして、
   内容物を少なめに入れればいいだけである。

 5、調理が終わった段階での土器の器壁の温度は極めて高温になっている。回りの火種
   をどけても、土器を移動させるには軍手を二重にはめて、それを水に濡らした上で
   ないと困難だった。脆い土器なので、高熱の状態での土器の持ち運びは不都合である。

 6、土器の内部に有機物を入れれば、調理が終わった後で、洗浄しなければならない。
   タワシで洗ったら、おおむね、きれいになったが、器壁の厚みが3ミリでは、相当に
   注意して洗う必要がある。しかも、3との関係で内容物を出した後で、すぐに洗うか
   水を入れておく必要がある。

 7、うるち米(白米)と赤米(玄米)とを蒸して食べ比べると、うるち米は蒸すよりも
   炊いた方が美味かった。赤米は炊いたものは不味く、蒸すと美味くなった。両者共に
   美味く食べられたのは、<ちまき>方式での調理が上手に出来た時である。通常の
   うるち米の白米も抜群に美味い時がある。赤米の場合は<ちまき>方式の方が美味い
   時もあったが、蒸した場合との差は小さかった。

 8、カメ型土器は横からの加熱のために、底の部分の温度が上がらない。そのために対流
   が起きず、調理対象物を内部に入れての調理には極めて不便である。途中で掻き回す
   にしても、4の理由で困難となる。蒸すための熱蒸気発生器としてならば、上部から
   熱湯となるので、好都合であり、蒸し器は通常かなりの水量を必要とするから、タテ
   型の形が適している。

 9、カメ型土器の煤の付着状況を観察する場合に、カメ型土器が使用された状況によって
   煤の付着状況がガラリと変わる事を念頭に置く必要がある。調理の最後までカメの内部
   に水気が残っていた場合は、カメの器壁の温度はさほど上昇しないが、最後に空焚き状態
   で加熱された場合には、煤が燃焼して付着の程度は少なくなるはずである。この実験は
   土器が割れる危険があるので、最後の課題である。
   
   写真は国立科学博物館の『縄文VS弥生』展の図録から引用させていただきました。

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