Ashley事件から生命倫理を考える

世の中は想像していたより、はるかにコワイ・・・

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今月初め、米国マサチューセッツ州ノーフォークの検認裁判所の判事が
32歳の精神障害者Mary Moe (仮名)への強制中絶と不妊手術を命じる判決を出した。

それについては、専門家らからも
近年聞いたこともない、極端すぎるなど批判が相次いでいたが、
17日、上訴裁判所が不適切だとして破棄したとのこと。

「子どもを産む・産まないを自分で決める決定権は基本的なものであり、
意思決定能力が十分でない人を含めて全ての人に当てはめられなければならない」

「誰もそこまで求めていないし、強制不妊に求められる手続きも一切踏まえていない。
何の根拠もない手続きを勝手に設定したとしか思えない」など、

上訴裁判所の判事は検認裁判所の判断を厳しく非難した。
それにより裁判は家庭裁判所に差し戻されることに。

なお女性は現在、妊娠5カ月。

Mary Moeさんは重症の統合失調症と双極性障害を診断されている。
これまでに2回妊娠したことがあり、最初の妊娠は中絶。
その後、症状の悪化による入院を経て2度目の妊娠。
男児が生まれ、Mary Moeさんの両親が育てている。

去年10月に救急病院を受診した際に妊娠していることが判明。
州のメンタル・ヘルス部局が、両親を代理決定者として強制中絶の許可を求めた。

両親は中絶が娘の最善の利益だと主張。
主治医らからも、精神障害の治療薬が胎児に悪影響を及ぼす、
妊娠継続により本人の治療が困難となる、などの意見書が出された。

本人は自分はカトリック教徒だとして中絶は望まない、と語ると同時に
現在妊娠中であることは否定。診察も拒んだ。
また、かつての中絶について聞かれると情緒的に不安定となった。

裁判所が任命した専門家は
Moeさんに自己決定能力があったとしたら中絶しないことを選択するだろうと判断したが、

検認裁判所の判事はこれを採用せず、
本人に意思決定能力があったとしたら「幻覚に惑わされないことを選」び、
中絶して治療薬を飲むことを望むはずだと判断。

両親を代理決定者に任命して、
「なだめたりすかしたり、それでだめなら策を弄してでも」
Moeさんを病院へ連れて行って人工妊娠中絶手術を行い、その後、
「このような苦しい事態が将来繰り返されないよう」不妊手術を行うよう命じた。

今回の上訴裁判所の逆転判決は多くの専門家やアドボケイトに歓迎されているが、

こうしたケースでの同意問題を研究してきたYeshiva大学の Daniel Pollackは
「我々が知っている以上に、こうした命令は出されているのでは」

かつてに比べれば精神障害者の自己決定権は尊重されるようになってきたとはいえ
事案の微妙さのため、これまでの裁判記録は公開されていない。



この判決を受けて、
生命倫理学者のArt CaplanがMSNBCに
「不妊も強制中絶も答えではない」とのタイトルで賛意の論考を寄せている。

興味深いのは
上訴裁判所の差し戻し判断そのものは妥当だと考えつつも、
その理由は間違っている、と述べていること。

NC州が過去の強制不妊施策の補償に踏み切ったばかりであることに触れて、
強制不妊の濫用の歴史の重さを語り、問われるべき本質的な問いは実は
Moeのような人は強制不妊でなければセックスを禁じられるのか、だとCaplanはいう。

しかしセックスをさせないことは不可能である。

不妊手術に同意することもできないのならば、
精神障害から回復して自己決定できるようになるまでの間、
永続的な避妊が行われるべきだろう、と。

中絶についても
重症の人に意思決定能力があった場合の望みや意思を推し量ることは無意味。

既に娘が生んだ子どもを一人育てている貧しい両親が
これ以上娘の心配をしたくないという気持ちも、
これ以上娘が産む子どもを引き受けたくないという気持ちも分かるが、
それで両親に決定権が与えられるというものでもないし、
中絶が解決策だとも思わない。

Moeの治療薬と胎児への影響の問題は、薬を減らす、またはやめればよい、
Moeも両親も子どもを育てられないなら養子に出すことが最善だろう。

Mary Moeがまた妊娠するようなことは確かに本人の最善の利益ではない。
Moe自身の意思が不明なまま胎児を殺すことは胎児の最善の利益ではない。
このケースには考えるべきことが多々あるが、
その解決策を強制不妊や本人同意のない妊娠中絶に求めるべきではない。



ちなみに、去年の秋に世界医師会から以下のような見解が出されています。
(それまでの当ブログの関連エントリーもこの中にリンクしました)


一方、続報を追い切れていませんが、
去年、英国でも以下のような裁判がありました ↓
英国で知的障害女性に強制不妊手術か、保護裁判所が今日にも判決(2011/2/15)


英国の裁判のことを考えてみても、
Mary Moeさんの事件で私が一番気になるのは
当初の裁判を起こしたのが州の保健当局だという点――。

NC州のように過去の反省、謝罪と被害者への補償に向かう動きがある一方で、

米国のAshley事件、オーストラリアのAngela事件などを振り返ると
知的障害児・者への強制不妊手術には、一種、政治的と呼びたいような
過去への回帰の動きがあるのでは?

その動きには、どこか、
世界中に野火のように広がっていく「死の自己決定権」運動に似た
大きな政治的な意図が匂っているような気がする。

そういえばマサチューセッツ州といえばハーバード大学を擁し、
科学とテクノで簡単解決バンザイ文化の強いところでもある。

ワシントン州にゲイツ財団とつながりの深いワシントン大学があるように。



2011年12月10日の補遺
ノース・カロライナ州の1933-1977年の優生施策の推定7600人への補償問題。人数ではヴァージニアやカリフォルニアの方が多いが、ソーシャルワーカーにまで選別の権限を与えたのはNC州のみ。犠牲者の多くは貧困層やマイノリティの若い女性や知的障害者。
http://www.nytimes.com/2011/12/10/us/redress-weighed-for-forced-sterilizations-in-north-carolina.html?_r=1&nl=todaysheadlines&emc=tha23

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いくつか気になった点をメモとして。

Mary Moeさんの最初の妊娠中絶はどういう事情だったのだろう。

Mary Moeさん自身の治療薬と妊娠継続とが両立できないという主治医らの見解には、知的障害者への腎臓移植が却下されたケースでの「障害に関連した医学的な事情による判断」と「障害への偏見による判断」の区別が曖昧だというのと似たような問題があるような気がする。Caplanはほとんど意に介していないように思えるけど、それは最初から薬の胎児への影響云々が便宜的に持ち出された理由に過ぎないから?

2012/1/23(月) 午後 3:49 [ spi*zi*ar* ] 返信する

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世界医師会のエントリーにリンクしてあるけれど、知的障害者、精神障害者だけでなく、貧しい人々や途上国の人々に向けても強制不妊は行われてきたし、現在でも行われているし、それによって人口抑制や途上国の医療支援を行おうとする傾向は今後さらに顕著になってくるのだろうという気配も、ある。

2012/1/23(月) 午後 3:53 [ spi*zi*ar* ] 返信する

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ぞ總覆靴燭里蓮2本の記事から推測するに、Mary Moeさん自身の利益を代弁するべく任命されていた弁護士。それだけに本人利益のみを代理する存在による敵対的審理の必要性を改めて痛感する。

その、本人利益の代理者の任命そのものを、判事が「本人のことを一番よく分かっているのは医師と両親だから、その両者の見解で十分」と、すっ飛ばしてしまったケッタイな裁判が、Angela事件。

2012/1/23(月) 午後 4:26 [ spi*zi*ar* ] 返信する

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ゥ▲轡絅蝓嫉件でも、裁判所の検討を経なかったことによって本人の利益のみを代理する人がいないままに決められてしまった。それを考えてみても、裁判所の命令なしにアシュリーの子宮摘出が行われてしまったことは、病院側やDiekema,Fostらが強調しているような「単なる手続き上のミス」ではない。

2012/1/23(月) 午後 4:40 [ spi*zi*ar* ] 返信する

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