海からの贈り物。
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これらのきれいな貝殻は 近くの海辺で拾ったものではありません、、、 おととい、山からの客人とともにビーチコーミングをした。 ビーチコーミングとは波打ち際を櫛の歯のようにいったりきたりしながら 宝物、あるいはお目当てのものを捜し歩く、という 遊びである。お宝の価値は人によって違うが 私たちは「シーグラス」または「ビーチグラス」 とよばれるものを探していた。 ガラスのかけらが長い間波に洗われ、揺られ、 透明なものがすりガラスのようになった 「シーグラス」はどこかに落ちていそうで、意外と 見つからなかった。 色あせたサンダル、細かい流木、プラスチックの割れたもの・・。 夕暮れ時、厚い雲にすいこまれていく夕日は 弱い光を残してすこしずつ消えていくところだったから 一生懸命目をこらしてもきれいな ガラスのかけらはなかなか現れない。本当のところ「シーグラス」 でさえ、ゴミなんだけれど。 私たちのゆくてには汚くなったプラゴミばかりが連なっている、、、 海の環境問題に直面しつつ浜辺を歩いた。 「これなんだろうね」 と、面白いものを見つけるのが得意な 客人はステンレスの先がふたまたに分かれた 「何か」を見つけたので、 私たちは、その「使い道」を推理し始めた。 「貝をあけるもの」「サザエのふたをあけるもの」 想像してもよくわからないところが面白い。 もち手がプラスチックだったので 「木のハンドルに作り変えよう」 と客人は、とても大事にしはじめた。 いつまでも分解されず、自然の一部に帰らないプラスチックは 新しい製品のうちはいいけれどこんなふうに 誰も管理することのないゴミになると 誰もが手を焼く。 どこかの国から流されてきて この日本の海岸にながれついたいろんな ものたちは黙ってその「場所」を 占領し始める。 もっとも日本から出て行ったものたちも 同じようにどこかの国の海岸に流れ着いているのだから お互い様だけれど。 飲料の容器がビンから ペットボトルに変化し、その時代はまだまだ続くだろうということは 簡単に想像がつく。 ますます、「シーグラス」も貴重なものに変化していくだろうな・・。 これ以上海からの贈り物がプラゴミばかりになってほしくないよ。 だから、作り手でなくても、使い手の立場から、 短命なものを簡単に手に入れないようにしよ。 やっと見つけた2つの「シーグラス」を わたしは山からの客人にプレゼントした。
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そうだそうだ、その道具を車に置き忘れていました。ごめんね。楽しいビーチコーミングありがとう。2つのシーガラスを大事にしています。我々はゴミのない生活をめざし薪ストーブを使えばその理想に近く一歩の進みになるでしょう。
2009/10/26(月) 午後 9:42 [ bosstweeds ]
シーグラスは見つけやすいところとそうでないところがあるんでしょうね。
海の美しさ、大事にしたいですよね。
この話題は今月のエッセイに書きたいと思います。
2つの道具送ったほうがよいですか?
2009/10/26(月) 午後 10:37 [ spring ]