橋本元総理大臣 死亡
橋本元総理大臣(68)が国立国際医療センター(東京・新宿区)で、7月1日午後2時に多臓器不全のため死亡しました。
■昭和38年の衆議院選挙、旧岡山2区で立候補、26歳で初当選して14回連続で当選。この間に政府要職(厚生大臣、大蔵大臣、自民党幹事長など)を歴任して、平成7年には自民党総裁に就任、平成8年1月には村山内閣を継いで自民・社会・さきがけの3党による総理大臣に就任しました。
■総理大臣在任中、金融や教育などの改革をうちだし、中央省庁を1府12省庁に統合するとともに、内閣主導で予算編成など経済財政などの基本方針を決定する「経済財政諮問会議」の新設などを盛り込んだ再編成案などをまとめました。
派閥会長辞任など
■しかし平成10年の参議院選挙で自民党が敗北した責任をとり、総理大臣を辞任しました。そのときには『今回の参院選の敗北の責任は、これはもう私一身のことです。』と発言していました。そして平成13年4月に行われた自民党総裁選で再度立候補しましたが、小泉総理大臣に敗れました。
■その後、橋本派の政治団体が日本歯科医師会側から提供された1億円を、政治資金報告書に記載していなかった事が発覚して、政治不審を助長した責任をとるとして、派閥の会長を辞任しました。そのときには『私は少なくとも、次回の小選挙区からの立候補はいたしません』などの発言を残していました。
昨年の衆議院選挙には立候補はせずに引退しましたが、その後も外交活動を活発に行い、今年3月には中国を訪れ胡錦涛国家主席と会談し、小泉総理大臣の靖国神社参拝で逼迫している日中関係の修復を訴えるなど、存在感を示していました。
大御所たちの対応
橋本元総理大臣が亡くなった事について、小泉総理大臣はアメリカから帰国する政府専用機が羽田空港に到着した直後に、報告を受けたという事です。この後小泉総理大臣は羽田空港から、直接東京都港区内にある橋本元総理大臣の自宅に弔問に訪れました。
| 中曽根元総理大臣・・・『今行われている小さな政府の見本を最初に示したのは、橋本内閣だったと思います。非常に政策通で日頃は健康で、剣道の名人で、まさかこんなに早く不幸が訪れるとは思いませんでした。改めて追悼の意を表したいと思います。』 |
| 村山元総理大臣・・・『これから党の立場を離れてね、お互いものが言えるし、付き合いができるんじゃないかなと、しかも彼は長い政治経験があってね、自由にものが言える立場になっているんだから、これからの日本についてだな、大いにものを言ってほしいなぁと、そういう風に思っている矢先ですからね、残念ですね。』 |
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小躍りする小泉の姿が目に浮かぶようです。自民は好きではありませんが、橋本元首相は小泉などに比べれば、まともなバランス感覚があったように思います。
2006/7/3(月) 午前 1:38
橋本さんの存在に対して、小泉さんは押さえつけられていた感じもない訳では・・・。ただ「郵政民営化」「5人の拉致被害者の帰国」に関してメスを入れた事に関しては評価したいです。
2006/7/3(月) 午前 7:50