ろーぜんはいむ ROSEN HEIM

○●念ずれば花ひらく 坂村真民●○

メモ

いま私がなぜ音楽をしているのか

音楽を通して、「自分の眼で、ものを見たい」という欲求がある。
自分でものを判断したい。自分の眼を通して世界を見せてくれ!!

それが一番大きいと思う。

でないと、私は生きていけないから。親や家族がいなくなったら、生きていけなくなるから。

ワンピース56巻「とにかくその目でごらん!!――そうでなけりゃ…――何を言う資格もないんだよ!!」胸が高鳴った。


音楽では主に古典派音楽、ロマン派音楽、近現代の音楽とに分類して考えられているようだけれど、
文学や哲学のロマン主義の時代と必ずしも一致していない、時期がずれているようだ。
ロマン派の音楽にいま私は興味を持っているのは事実。そのことにごちゃごちゃ周りにケチつけられたくない、と思ってしまう。だけどそのロマン主義は古典派の時代があってそこからの反発から生まれてきたものであることは無視できない。
変なコンプレックス、偏見はあるけれど、積極的に勉強する可能性は残されている。拭い去るにはまだ時間がかかりそう。それまではドイツリートに触れたくもないけど、いつか手を広げて真正面から会えるときがくるといいな。それまで柔らかい頭でありたい。


大学に入って、色んな知った人の演奏を聴く機会が増え、自分が授業で人前で演奏する機会を何度ももらった。そのなかで私は要らないプライドと独りよがりで、また、すぐにいじける嫌な性質に気が付いた。歌にも、もちろんそのまま出るの感じ、おもしろいと思った。変わりたいと思った。「私は独りよがりでなく、外に開かれたうたをうたいたい。明るく、横に広がるような、聴いている人と同じ空気、空間を共有できるような。」そう思い続けていたら、みんなに変わったね、と言われるようになった。自分はあの2年前と何も変わらなく思えるのに。

自分の自信の無さを、おどおどした態度であえて見せる癖もなくしたいな。うわっつらな自信なんてあってもなくてもどおってことないさ、ちょっとしたことでどうにもなってしまうもの。
昔、先生が「腹でものを考えなさい」って言っていたのを思い出した。頭でばっかり要らないこと考えてる。

私はまだまだ変化したい。変わりたい。大人を見ると考えやスタイルが固まってしまって、同じ決まりきった考えの経路しかできない。年を取るにつれ、そうしないと生きていけないのだろうし、避けられないことなんだろう、また、それが悪いことでもないのだろうけれど、自分はまだまだ小さいし、見ている世界が狭い、甘っちょろいと思う。幸せすぎた世界に生きてきたと思う。過去の人間たちが文字に残してきた人間の避けられない悲劇に出会うかもしれない。それを想うと夢や希望なんてどっかいっちゃうが、一生懸命生きよう。

歌に対して誠実でありたいと願う。

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その後と進展

あれから、2年半
2009年春にKは突発性難聴になり、同時に原因不明の症状が一気に現れた。(2008夏ごろから発疹、起きれないなどの兆候はあった)
あのころに比べれば、私から見ると彼の症状は随分と落ち着いてきているように見える。
現在の症状は、
めまいや頭痛、顔面のしびれ、耳鳴り、目の痛み、視力の低下、光を眩しがること、耳の奥の痛み、余裕がもてない、沸点が低い、集中力の低下、だるさ、発疹、傾眠、など。
2年ほど(2009夏〜2011夏)東京のお医者さんに紹介してもらった京都の頭痛専門の神経内科に通った。おかげで片頭痛は治ったものの、それとは別の頭の痛みがあるらしい。そろそろ、この神経内科は卒業とKは考えている。先月その病院の予約日があったが、恒例の頭の痛みやめまい、倦怠感で寝込んでしまったので、病院に行けなかった。そのため、そのころから、いつももらう薬(オノン、クレストール、デパケン、トリプタノール、ロゼレム)がきれだした。その後、彼はどうも自分を試すつもりらしい。あれから病院に行っていない。薬を飲まずに自分の身体を健康にもっていこうというのか。私にはちょっと無謀に見えた。結果、副作用が無くなった分改善した点はありそう。ただ、前に飲んでいた、敏感な神経をボーっとさせる役目のある「デパケン」を飲んでいないので、急に機敏になりだした。頭が非常にさえて、周りの環境に敏感になっている。人を待つことができない、コントロールが上手く聞かない、機敏なんだけど滑らかにいかない、訳のないことですぐ怒るし、さび付いたブリキのようになっている。
4月から学校に週1か2で通えるくらいには回復している。1、2時間机に向かって、1、2時間ベットで寝て、1、2時間机に向かって、1、2時間ベットで寝ての繰り返し。
朝は最近起きれるようになって、2人で散歩に行けるようになったことはとてもよい傾向かなと思う。

もう1年近く前にKの母が、その親戚に「脳脊髄液減少症」という病気があって、その人は大分でその患者さんを支援する会に入っているという話を聞いてきた。Kもそれではないかと。でも、スポーツや事故によって引き起こされることが多いようなことがパンフレットには書かれていたので、Kも私も目もくれませんでした。いろいろ症状を言うと「心配性だ」とか「怠け者だ」という烙印をおしてくるお医者さんにうんざりしていたから、もう充分だった。Kは自分で治す気だ。とはいっても良くなったり悪くなったりを繰り返して過ごしてきた。
ところが先日、Kが古本屋である本を見つけてきた。柳澤桂子の「生きて死ぬ智慧」という本。柳澤さんは原因不明の病気で長年苦しんだが、何かのきっかけで抗鬱薬を試したら、痛みが嘘のように治まったそうだ、という話は以前に私の父から聞いたことがあった。その人がこの本のあとがきに自分のことを書いてくれてあった。読んでみると、Kと同じような症状が書かれており、そこには、なんと「脳脊髄液減少症」の文字が。この人がこの診断をされたならば、自分もその可能性が無きにしも非ずだな、とこうなって、少し希望が出てきた。それでようやく、そちらにも目を向けるようになった。Kも今度ばかりは自分でもピンとくるらしい。Kの病院嫌いは治らないけれど。原因が分かって、少しでもKの身体が楽になるといいな。原因がわかるのと分からないのとでは大違い。

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私自身よく使う言葉

いい とかすばらしいという言葉を耳にすると私は恐怖を感じるそのようにしか言えないのは貧しい、貧困だとわかってはいるけれど 私にはそのようにしかいえない。言葉にとらわれていると言う私、この私自身こそが言葉にとらわれているんだと思う。これは私の問題。新聞で今の私の問題にぴったりの記事があった「目は臆病、手は器用」これだ!私の問題はここにある。…明確なイメージ。イメージと言うのは曖昧に思うけれど、絵にかけるくらいすごく明解なものなんだ!!このイメージをもつこと。私の言葉は実体がない。イメージがなく記号化されがち。これは絶対にダメ。イメージから生まれた言葉が私には必要。言葉にできないおもしろいものを見つけ、なぜおもしろいかを明確に言葉にできたとき、新しい価値が生まれると信じている、だって。これだ!!強く共感する。そういえば、昔から私のパパはなぜ、皆がいいと思うことを、危ないって批判的にいうことが多いのかなって不思議に思っていた。小学校のときも中学の時も。高校のときも。具体的に思い出せないけれど、例えば、今で言う「エコ」だとか、「人にやさしい」とか。わかった気がする。

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ふと

2月7日 ふと思った
人は変わらないと生きてゆけないんだ。昔の栄光に固執していたら、死んでしまう。いっそそんなもの捨てなければ!捨ててしまおう!
1月24日
最近思うのは「現実ではなく、空想に人は憧れをもつ」んじゃないだろうかということ。歌の中ではこの空想を追っていいんじゃないだろうか。ああしようかこうしようか想像しながら計画をたてて現実にする過程が楽しい子供のときの((o(^-^)o))ワクワクわくわく感を思い出す このワクワク感は確実に今でもある
1月22日
今の頭にあるのは「調和」歌を歌うのに各焦点の調和健康にも「心と身体のバランス」が大切なんだなバランスか

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経過メモ 12月

12月
 
耳鳴りと耳の聞こえが不安定。
様子がおかしい。
物忘れ。過剰な被害妄想。
普通怒らない状況で怒ることが頻繁になった。

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経過メモ 1月の終わり

1月の終わり
二日連続で外に出た。身体が動かない。
お化けをみる 怖いと再び最近言い出した。ということは前のもステロイドのせい
じゃなかったんだという理解をした。

目の前で苦しがる。
次の瞬間元気だったりする。だんだん少しは慣れてきたけど…。

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病院に行くべきなのかなぁ?

あれから、精神科に行って相談に行って来た。
時間はかかるし、初診ということもあって、でも話を聞きに行っただけなのに、3千円近くしたのにはびっくり。結局、本人を連れて行かなかったからか、よくわからないで帰ってきた。代わりに私がカウンセリングされた感じだった。
聞きたいことが聞けず、何かよくわからないであっけにとられてこれが精神科の仕事かと思いながら帰ってきたけれど、
行ってよかったことは、今の精神科とか心療内科の病院事情、どんな風に扱われてどういう対処がされているか、科学的にどの程度わかっているのか、などがつかめたことだった。

私は、今のところ結構この種の病院の対処をネガティヴに見ているところがある。精神科に行ったら、カウンセリングとチェック項目にチェックをして、おそらくうつですと言われて、薬をだされる。抗鬱剤はいろんな種類があって、片っぱしから試していく。1つの薬に対して、2週間飲まないと効き目がわからないから、2週間ごとにチェンジしてゆく。もし、効き目のある薬があれば、ああ、あなたは鬱だったねということで、治ってよかったね、ということになるし、薬が見つからなかったら、永遠に見つかるまで薬を替えていく、そんな感じに受け取った。実際どうかわからないけど。薬の治療が主流みたい。
私みたいな悩みがあって、どうのこうのいう人がカウンセリングを受けるというのは有効的だと思うけれど、彼のような人がカウンセリングを受けても何も言うことはないと言うし、かえって自分は鬱じゃないと、不快に思うみたい。でも、抗鬱剤は出されるだろう。
もしかしたら、柳沢さんが鬱ではないけど、原因のわからない激しい痛みに抗鬱剤が効いたように、彼の身体の諸症状に効くんじゃないかと私は内心思っている。

最近気になる彼の訴える大きな症状は、光を異常に眩しがること、音を嫌がること、急に増えたなんでもないことに対するイライラ、耳鳴りと、耳痛、それから、めまいで動けないこと。
光と音は片頭痛の症状だとしても、イライラ、耳鳴り、動けないことについて、調べても原因がわからないということは、うつ的な症状なのかなと思うようになって、再び調べるようになった。薬が原因で鬱的になることもあるようだ。境界ははっきりしていないし、病気かどうかのはっきりした境界もないんだと思う。言い方によれば人はみな欝だとも言えるし、日常生活に支障をきたしたときうつともいうのかもしれない。ただ、話が通じるようにうつという言葉をあてているだけのことと思う。
病気だ病気じゃないの水掛ろんはどうでもいい。

民間療法ではセロトニンをより出すようにするやり方を耳にした。これは、規則正しい生活をして正常に持っていくやり方で、三食食べる、朝起きれなくても起きる、太陽の光を浴びる、運動をする、タンパク質をとるということ。一日のほとんど寝ている日もあるけれど、規則正しい生活は彼がいつも心がけていることだ。ただ、片頭痛の治療で今、セロトニンを抑える薬を飲んでいるのに、今度はセロトニンを出すことだと聞いた・・・疑問だ。

最近、あらためて驚いたのは、憂鬱な気分でない鬱があるということ。これを知って驚いた。
抑うつ状態ではなく、たとえば仕事をたくさん抱えていても、本人は楽しみながらやっていて、とくに行きづまりを感じていない人でも(身体に症状がでる)うつになる人たちが最近の若い人に多いこと。そういう人たちは大抵オーバーワークで疲れがたまり、過労になり、本人の気づかないうちにうつになるそうだ。身体だけに症状があらわれるうつ。「『好きなことをしていれば、身体をこわすならともかく、うつになるはずがない』と多くの人は考えがちですが、・・・嫌いなことばかりやっていると、ストレスがたまってうつになるというのは想像がつきやすいですが、逆に好きなことをするとブレーキが効かないために、やりすぎた結果やはりうつになってしまうことだってある」とある本に書いてあった。こういう人たちは「ストレスなんてありません」「楽しく仕事をしているし悩んでもいません」と決まっていうみたい。この人たちに共通しているのは忙しいこと。内科で「正常です」と言われたり、あるいは、「うつかもしれないから精神科に行ってみてもらってください」と言われ「変人扱いしないでください、体調が悪いだけです」と拒む人たちだそう。なんと心当たりがある話ではないか。
本人が行く気になったら、一度行ってみるのがいいかもしれない。私から言うのももう疲れた。家族がいくら言ってもきかない。

身体にあらわれるうつの症状には、食欲不振もしくは過食、不眠もしくは過眠のほかに、頭重感&頭痛、腹痛、胸部痛、疲労感、倦怠感、便秘、下痢、耳鳴り、めまい、微熱、といったさまざまなものがあるんだってよ。ただ、身体自身に病気があってそれを見逃して精神科に行くとお医者さんにも見逃されてしまうから、「元気がないのは、身体の病気が原因ではない」ということをしっかり確認した後でなければ、精神科に行くべきではないということだそうだ。



・・・鬱と、鬱でないひとの堺っていうのは、ある意味で、無い、と思うけれど、彼の鬱的な症状はいま飲んでいる薬の副作用と考えて様子をみた方がいいのだろうか?

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12月16日 今のところ

私がいないときに主人が車を運転して縁石と衝突。ドアが開かなくなった。


四月から片頭痛と突発性難聴以外の色んな症状の原因が分からないけれど、
いまは仮面鬱ではないかと私は思っている。

耳鳴りや目がおかしいこと以外に、頭の中に電気が走ったようなとか、色んなことを訴える。

ただ、考えることが難しいのも仮面欝なのか?例えば電話もできない。話しするのも大
変。

今の段階で私が気になっていることを挙げてみる。

「精神的には元気なんだけど身体が限界。もたない。」

人前ではニコニコする。元気だと装う。本人は意識していないだろうけれど。私から見ればそう見える。なぜだろうと思っていたけど、仮面鬱と考えれば分かる話かな?相手の見えない電話の相手でもそう。事故して保険会社の人と状況説明のためいやでも話さないとならなくなった。普通の人を装い、話し、終わるとへとへとになってぶっ倒れる。家族と話すだけでもちょっと考えただけで動けなくなる。一日動くと何日か動けないことの繰り返し。

最近頻繁に何でもないことで苛々することが多い。本人は身体がゆうことをきか
なくて余裕がもてないからだという。光音に異常に過敏。朝から晩までピアノや
人の声を嫌がる。夜には真っ暗にしたがる。昼間の調子のいいときは頑張ったら車には乗れるけど、夜はライトがだめ。車は乗れるのにちゃんと歩けない。人のしゃべり声もある程度を超えると嫌がる。


あれだけ私には症状を訴えるのに、両親やや人と接するときは普通を装うから
おかしいと思っていたら、
仮面欝の症状を見てピンときた。
自分の気持ちを押さえ込むんだ!

それに私の持ってるのと同じ欝に対する偏見。自分が鬱だときづいていない。本
人は元気になろうと努力しているのはよくわかるからこそ、その分辛くなるけど

普通の元気な人として接するには、もう限界。病気なら病気と割り切ってお互い
に自覚しないとと思うがどうやろか?少なくとも私は。(本人は口では応援して
くれているけど、音も光も身体が苦しんでいるのをみると)ピアノも歌もできな
い。
果たして彼に自覚させるというのはどうだろう。自覚してもらいたいがために「
あんたは仮面欝だ」と言ったところで、ショックを与えて逆効果じゃないだろう
か?すでに昨日我慢しきれず言ってしまったけど、…嫌そうだった。自分は欝な
んかじゃないって。確かに彼が言うように落ち込んだり躁になってはいない。い
たって冷静だ。でも欝って落ち込んでいない欝もあるんじゃないのかなと私は思
った。周りの欝と言われているひとと比べると明らかに違うし、その人たちの面
倒をみざるを得ない環境にもあったから、一緒の欝と言われるのに抵抗があるの
はよくわかる。私を含め、その人たちは自ら自分は鬱だと言いたい方だから。

友人にそのことを相談した。診療所に行ってちょっと相談してみようと思う。

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私の中には説明してもドグマになった瞬間相手に伝わらないという言葉の性質が問題として大きくあって、それと同じ事で言葉にはできないけれど、とにかく「私が生きる」ために「(親の専門から程遠い)音楽を選んだ」んだ。

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たまには決まったパターンを崩して!

久しぶりに旧友たちと5時間ほど過ごした。普段と異なる環境にいると刺激を受けて、知らず知らずのうちに自分の癖、生活パターンが出来ていたことに気付いた。当たり前のことだけど。
面倒くさがって避けていたことが何でもないことで面白みのあることだったり、食材を触る感触だったり、物事それぞれに対するインスピレーション、イメージが広がったり。発見が多かった。見過ごしていることってたくさんあるんだなと。刺激を受けた。





最近気になるのが技術とコミュニケーション
人それぞれの環境が皆違うように、苦しみはそれぞれがもっているもので、これは相対的な計りでもって比較することはできない。ある点で同じ似たような環境を持っている人同士がその範囲の話題で話をすることは出来ても、異なる条件にいる人と話したときに同じ言葉が通じないし、互いが自分の知っている背景を念頭にしか考え比較することしかできないからもぞがゆい思いをする。
同じ学校の人達とその場で共通する話題で話ができても、異なる進路なんかで環境がバラバラになったときに自然にだんだん縁遠くなる人が多いのは共通の話題が減ってくるからなのかな。

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