奴伊奈利神社 その1
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熊谷市熊谷字仲町の熊谷(ゆうこく)寺境内に伊奈利神社があり、これを通称、奴(やっこ)伊奈利という。 奴というからには、きっと、豆腐屋が信奉する稲荷なのにちがいない。なぜなら、稲荷神の眷属であるキツネはアブラアゲを好物とするが、アブラアゲの正体とは、いうまでもなく豆腐にほかならなず、豆腐といえば、四角い奴豆腐のことであるから、つまり、稲荷は豆腐屋の売り上げに多大な貢献をしているわけで、その感謝と将来の売り上げアップを願って、京都伏見の稲荷大社から勧請したのがすなわち奴伊奈利に相違あるまい、などと勝手な想像をして、おもむけば、そこはなんと、予想に反して、自転車置き場だった。 拝殿の縁側に腰をおろし、スポーツ新聞を耽読しているオヤジに、「わたしも随分とあちこちの神社をめぐりましたが、境内を駐輪場にしている神社というの初めてです」と声をかけると、「ここは、八木橋デパート社員専用の自転車置き場なんです」と。なんでも、当社の氏子総代がほかでもない八木橋デパートの社長で、特別なはからいから有償で借りているのだということだ。 なるほど、『埼玉の神社』にも、八木橋百貨店の社長が代表総代とあるから、八木橋家は代々総代を継承しているらしい。それにしても、創業113周年、年商200億円の老舗デパートが、いくら眼と鼻の先の距離にあるとはいえ、社員用の自転車置き場として神社を利用するものだろうか。 さて、境内の説明板を見て、わたしの想像はヤマトタケルノ見事に崩れ去った。 当社の創建は元久二年(1205)、熊谷弥三左衛門(やさざえもん)伊奈利とも称し、社記によれば、以下のような伝承があるという。 《日ごろ稲荷神を深く信仰していた熊谷直実は戦場で危難にあっても、必ず熊谷弥三左衛門という武士によって助けられ、勝利を得た。余りの不思議さに直実が弥三左衛門にその素性を尋ねたところ、「常に汝が信ずるところの稲荷明神なり。危難を救わんがために熊谷弥三左衛門と現じける」と言い、姿を消した。その霊威に感じた直実は、帰陣の後、祠を熊谷寺境内に設け、これを祀った。以来当社は弥三左衛門伊奈利と呼ばれるようになった。 その後、慶長年中(1596-1615)熊谷寺中興幡随意上人が社殿を再建、「稲荷様の奴(ご家来)」と称し、病弱な子供は三年とか五年とかの期限を決めて、その間月参りを欠かさず行えば、必ず丈夫になるといわれ、その期間中、稲荷様に奉仕の印としてもみあげ(当地ではこれを奴と呼ぶ)を伸ばし、満期になるとそれを切って奉納する習わしがある。》 しかし、上記の伝承は後に考え出されたものであって、奴伊奈利とは、もともとは白狐(びゃっこ)伊奈利と呼ばれていたのではあるまいか。 参考文献
『埼玉の神社』 |
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日本一の剛の者熊谷直実と二羽の鳩
熊谷氏発祥の地は埼玉県熊谷市だそうです。熊谷氏の家紋は、「寓生(ほや)に鳩」としてあまりに有名だそうです。源平合戦に活躍した熊谷直実は、源頼朝が旗揚げしたとき平家方に属していましたが、石橋山の戦に敗れた頼朝が洞穴に潜んでいるのを見つけた直実は、洞穴から二羽の鳩が飛び立ったことで「人は見当たらず」と、頼朝の窮地を救い、以後、直実は頼朝に属して戦に加わり、二羽の鳩を家の瑞祥として家紋にしたと伝えられます。 http://www2.harimaya.com/sengoku/bukemon/b...
2011/1/13(木) 午前 11:32 [ magnoria ]
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