スネコタンパコの「夏炉冬扇」物語

我々が見ているものは事物の中にある我々の心である

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

2011年12月13日

←2011年12月12日 | 2011年12月14日→

全1ページ

[1]

十日市 (上) ガマの油売り

イメージ 1
 
 ひさしぶりに、大宮氷川神社の大湯祭、いわゆる十日市に行ってきた。
 
イメージ 2
                                                                                                                                                        
イメージ 3
                                                                                                                                                        
イメージ 4
 
 わたしが子供のころはね、「ガマの油売り」なんてのが来ててさ、例の口上述べてから、切るんだよ、腕をね。刀じゃなかった、出刃包丁だったと思う。すぐ隣で見てたんで、音が聞こえるんだ。あれはね、魚のウロコ落すときの音に似てたな。

 よく見ると、ガマの油売りの男の両腕は傷だらけでね、そこを追い打ちかけてまた切るわけさ。もちろん切れ味のいい包丁でやったりはしない。そりゃそうさ、深手を負うからね。だって、明日はもう一方の腕、明後日は今日切った腕をまた切らなきゃならんのだから。

 だから――つまり切れない包丁で切るから、痛いんだろうね、顔をしかめてさ、それでも音を立てて切るわけだ。音がするというのは包丁が切れない証拠でもある。だから、たいして血は出ないが、それでも雫となって数滴落ちる程度には出血してたな。

 それから、特別な方法で抽出したというガマの油を傷口に塗って、そこにさっき切った新聞紙を張り付ける。これで、しばらくすれば治るんだ、というんだ。

 その間に、今度は、おでこに「油」を塗り、相方に瓦を一枚持たせて、こいつを額で割るわけさ。それで、痛くないとアピールする。

 これにわたしの仲間がまいっちゃってね、買うというんだ。かれはいつもいじめられていたから、これでなんとかいじめ返すことができるんじゃないかと、きっとそう思ったんだろう。しかも、小さな容器のじゃなくて、中くらいのランクのを買うんだと意気込んでいる。500円くらいしたと思う。お年玉の相場が百円くらいのときだよ。

 ひと通り、パフォーマンスが終わると、さ、買った買った、と販売活動が始まるわけだが、わたしの仲間一人を除けば、だれも手を出さない。そのとき、男がいったことばはよく憶えているよ。さっきの傷口を集まった人たちに示しながら、ここまでやったんだぜ、これでも買わないか、というんだ。つまり、これは見世物で、あんたら見物したんだからお代をよこせ、っていいたいんだろうね。子供心にも変な論理だとわかったね。それでも、そのコトバを聞いて、何人かが買ってたね。日本人にはそういう論理の方が効き目があるんだ。

 後日、友達に、瓦割れたかと聞くと、おでこをさすりながら、痛くてだめだった、と。

 売る方にも、買う方にも、利益をもたらさない商売など成り立つわけがなく、その後、「ガマの油売り」を見かけたことはないね。
 

閉じる コメント(2)

閉じる トラックバック(0) ※トラックバックはブログ開設者の承認後に公開されます。

全1ページ

[1]


.
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

sunekotanpako
人気度

ヘルプ

Yahoo Image

  今日 全体
訪問者 7 61508
ブログリンク 0 17
コメント 0 1698
トラックバック 0 11

開設日: 2007/12/16(日)


プライバシーポリシー -  利用規約 -  ガイドライン -  順守事項 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2012 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.