百昼一人the 18th day『品川嘉也・右脳俳句』
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☆品川嘉也氏のプロフィール 1932年、愛媛県に生まれる。1957年京都大学医学部卒業。医学博士。京都大学医学部助教授、ニューヨーク州立大学客員教授を経て、日本医科大学生理学教室教授。1992年、10月逝去。 著書:『意識と脳』、『脳とコンピュータ』、『頭脳管理』、『医学・生物系の物理学』『右脳ビジネス』など多数。 ☆品川嘉也氏は、かつて右脳ブームを巻き起こした学者である。わたしは、品川氏の著作からかなり影響を受けてきた。 ☆わたしが、へぼ俳句を作り始めてもう20年くらいになるが、品川嘉也氏の著書『右脳俳句』から俳句とは何かについて多くの啓示を受けた。 ☆俳句は、概念で作るな、つまり「左脳」で作るなと、この著作の中で強調している。 俳句は、目線の「角度」が自由自在にならないと詠めない。目線の「角度」は日常性というベールを透視して、存在するものの本質を露にするだろう。これは右脳の役割である。 また俳句は、言葉と言葉のニュー・コンビネーションによって、その本質を究極のところで表現するだろう。これは左脳の役割。 俳句は、等質の時間の流れ、等質の空間に裂け目を生じさせる。その裂け目の中にあなた自身が顔を出すのである。立ち止まって自然を眺めているうちに140億年の宇宙の歴史の中にたたずんでいる自分が見えてしまうのである。そんな気分を味わって欲しい。 俳句はスピードとテクノロジー全盛の現代からヒラリと身をかわして、じっくりモノや自分の本質と向き合う方法ではないか。 ☆品川嘉也は、「右脳を鍛えるのに、俳句ほどうってつけのものはない。」と言う。 ☆わたしのような素人が俳句を作ろうとすると、左脳による概念操作がはたらき、つい紋切り型の表現になってしまう。俳句を作るには、言葉の使い方の「常識」、「紋切り型」から「自由」になることが必要である。 短歌が「流れ」の詩なのに対して、俳句は「堰き止め」の詩なのである。短歌が音楽的ならば俳句は絵画的である。俳句はあくまで目で見る芸術、まなざしの作品なのである。 ☆わたしは、俳句とは「ビデオ映像」のようなものだと思っている。ビデオ感覚で作るものだと感じている。 ☆俳句の達人、例えば加藤楸邨、中村草田男、高浜虚子らの俳句は、たった17文字で実に豊かな世界を表現している。17文字の中に宇宙を感じる。 ☆わたしは、これからもヘボ俳句を作っていく。紋切り型の表現から少しでも自由になることを目標にヘボ俳句を作っていこうと思う。 闘病の伯母は逝きたる十一月
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俳句は絵画的・・・そうか、だから受ける側にも世界が広がるのね。
その人なりの感じ方でいいのですね。
2007/11/16(金) 午後 2:16
kiyoryさま:俳句は絵画的であり、その極意は「物心一如」であると品川嘉也氏は言っています。つまり、「モノ」と「心」が一体になる境地で俳句は詠めということのようです。うむー、俳句は、深い。。
2007/11/17(土) 午前 4:40