Batman: The Ultimate Review

私のツイッター上の過去のバットマンコミックレビューをまとめてます。気が向いたときに更新してます。

B&W Complete Review Pt. 16

The Riddle (Art by John Paul Leon, Written by Walter Simonson)
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あらすじ。ある大富豪が亡くなった。その遺産は、ルイス・キャロルの膨大なコレクション。キャロルファンであった彼は、自分の屋敷までも「不思議の国のアリス」の世界に改造してしまったほど。さて、それを狙うあるヴィランがいた。もちろんマッドハッター・・・?ではなく、リドラーである。実は「不思議の国のアリス」には、世紀のなぞなそがある。

“Why is a raven like a writing desk?” (なぜカラスと書き物机は似ているか?)

これは「アリス」の作品の中では答えは出ていない。(アリスは答えられず、またこのなぞなぞを投げかけたマッドハッターもわからないと言っている)答えがないこのなぞなぞの答えをどうしても知りたいリドラーは、大富豪の屋敷に忍び込み、大富豪が持っていたとされる答えを手に入れる。だが、リドラーの行動をバットマンは全てお見通しで、実はそれはバットマンが仕込んでいた偽の答えだった。本物の答えはバットマンのみが知り、リドラーは答えを教えろ!と叫び続けながら、最後はアーカムアサイラムへ収容されていく・・・
 
リドラーはなぞなぞに執着しながらも、バットマンに特に執着する。なぜなら、一番知能戦ではバットマンが相手としてふさわしいと思っているからである。リドラーはもちろん自分が一番賢いと思っており、究極のエゴイストであるが、バットマンは自分より「少し」劣っているはずだと勝手に思い込んでいる。あまりにも自分の知力に追いつかない者と戦う意味がないと思うリドラーは、バットマンのみとしか戦おうとしない。だが、バットマンは常にリドラーの上手である。彼のみがリドラーが出す全てのなぞなぞを解けるのだ。リドラーは、ゲームアーカムシリーズでかなり有名だが、ここで少し疑問に思うことがある。実際彼はなぞなぞを解いてもらいたいのか、解いてもらいたくないのか。無論、リドラーは負けを認めたくない。先も書いた通り、リドラーは自分が一番でなくてはならないから。ただリドラーが、バットマンならここまでやれるだろう、と思っていたにも関わらず、バットマンが全くリドラーを相手にできず、例えば彼のなぞなぞを解けない場合、彼は「価値あるライバル」としてバットマンを認めないだろう。ゼロイヤーでも、リドラーはなぞなぞを解くのが面白くて、なぞなぞ大会をやっているわけだが、リドラーは市民の陳腐ななぞなぞに退屈しだして、最終的にバットマンがなぞなぞを出すことになる。まあ、あれは後々のこともあって、わざとバットマンが失敗している。ただ、バットマンがリドラーに負けて、仮にリドラーがバットマンを殺してしまった場合、彼はなぞなぞを出す相手がいなくなる。だから、彼は何にしろ、バットマンになぞなぞを解いてもらいたくてたまらないのだ。(アーカムシリーズでも、けっこうヒントやら、地図やら、あとは尋問できるリドラーのスパイもいるし)最終的に自分の敗北につながり、バットマンが一番であることを認めざるをえないにも関わらず。そして失敗しても、さらにもっと難しいなぞなぞを考え出そうと再チャレンジをし続けていく。それが楽しいのだろう。それが生きがいなのだ。それはバットマンの能力を高めることにつながっているのだが、リドラーは自分で勝手にハードルを上げていく。彼はそうせざるを得ない。なぞなぞとバットマンは、彼の存在意義であり、別の作品(The Riddle-less Robberies of  the Riddler, 1966)でも触れられているように、彼はそれらがなければ、ただの狂った犯罪者でしかなくなるからだ。なぞなぞは彼のアイデンティティなのである。
 
A Game of Bat and Rat (Art by John Buscema, Written by John Arcudi)
 
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あらすじ。ある居酒屋で、チンピラたちが、バットマンが死ぬのを見た、と話す。ただ、ちょうどその場で飲んでいた浮浪者は、いや、生きているのを見た、奴は重傷を負っていたようだが、人気のない倉庫に向かったようだ、と話す。チンピラどもはもちろんその噂の信ぴょう性を探りに、倉庫へ行くのだが・・・
 
これはBatman: The Animated SeriesThe Man Who Killed Batmanを少し思い出したりもする。あの話も実はバットマンを偶然にも殺してしまったある男が、犯罪界のヒーローとして迎えられるかと思いきや、ジョーカーに殺されそうな羽目になる。マフィアボスのRupert Thorneに助けを求めるが、結局実は生きていたバットマンに助け出される話だ。アニメも実際バットマンがうまく自分の死を利用していたのだが、今回の作品もまた、バットマンがうまく罠を仕掛けている。噂から倉庫におびき寄せ、アーカムシリーズよろしく、一人一人静かに闇から襲って、最後にバットマンの魔の手からうまく逃げ出せた一人が、最初の浮浪者のところへ行って、「お前俺らをはめたろ!バットマン普通にピンピンしてたぜ!」と言うのだが、「ああ知っていたさ」と、みすぼらしい服を脱ぎすてながら言う男は他でもないバットマンである。痛快だ(笑)。こういう、ヴィランや犯罪者を手玉にとるバットマンの描写も最近は少なくなってきている気がする。強敵を前に悩むバットマンもまた大好きなのだが、敵の常に数歩先を行く彼もかっこいい。特にFugitiveシリーズで実はそんな描写があるのだが、ある組織のリーダーに向かって、そのリーダーの手下の名前と弱点、病歴、職務歴まですらすら言うのは感心する。(もちろんその十人ぐらいを全て倒した上で)バットマンは、ファイターであるが、それと同時に、「世界一の名探偵」という称号があるのだ。敵の行動を読み、バックアッププランを5つ、そしてその5つのバックアッププランもそれぞれ5つ用意するような男だ。バットマンの知力もまた、存分に発揮するようなそういう作品ももっと読みたいものだ。
 
最後にタイトルの意味だけ触れておく。A Game of Bat and Rat Ratはチンピラを指すとも思えるが、密告者(ここではあの浮浪者)という意味もある。だからこの場合は、結局両方ともバットマン・・・まあ、Flying rodent(空飛ぶネズミ)と言われる蝙蝠だからこそ、この二重の意味も考えてみれば興味深いものだ。

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Rebirth: Batman (I am Suicide)

 
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今回はIam Suicide シリーズ(Batman#9-13)を取り上げる。RebirthBatman誌はずっとIam~から始まるシリーズ名となっているが、シリーズを通し、バットマンの定義をいろんな視点で捉えようとしているのではと思っている。今回はSuicideであるが、ちょうど時期的に映画SuicideSquadと被っていたので、当時からするとかなりタイムリーなタイトルでもあった。(Iam Gothamの最後でアマンダ・ウォラーがSuicideという言葉を出しているし)実はこのシリーズ、個人的にRebirthで一番だと思っている。それはなぜか・・・後ほどじっくり語ることにしよう。

 今回のレビューテーマは、「Iam Suicideの意味とは?」やはりこの作品のコンテクストでは、複数の意味があるように思われる。SantaPrisca襲撃のために、バットマン本人が率いるSuicideSquad、そしてバットマンが語る彼自身の意味・・・死を目の前に彼は何を思うのか。それを見ていくことにする。

 さて、物語はベインがVenomと引き換えにPsycho-Pirateを手に入れた後からとなる。Hugo StrangeVenomを手に入れて、MonsterMenを作り出したわけだが(前のクロスオーバーイベント)、ベインはPsycho-Pirateの能力を使い、自分をVenomから引き離そうとしていたのだ。バットマンは、Psycho-Pirateの影響を受けてから精神的に病んだGothamGirlを救うため、Psycho-Pirateをベインの手から取り戻すことを決意する。ただSantaPriscaから生きて帰ってきた者はほぼいない。そのためバットマンはなんと最終手段に打って出る。アーカムアサイラムへ行き、スーパーヴィランたちを選び、自らの「SuicideSquad」を組織するのである。ArnoldWesker (Ventriloquist), Bronze Tiger (Ben Turner), Punch and Jewlee Punchand Jewleeはもともと人形劇をやっていたカップルのヴィランで、以前にアマンダ配下のSuicideSquadメンバーだったらしい。 Punchは以前にベインを裏切ってSantaPriscaを脱走しており、バットマンはその能力を買ったようだ。そして最後にキャットウーマン。キャットウーマンの今回の設定は、237人を殺した罪で、死刑宣告を受けている。この5人とバットマンが、誰も生きて帰れないはずのSantaPriscaへ乗り込むのだが・・


 今回のバットマンの決断はかなり興味深い。ここまで自らの信念を曲げてまでやるのには、Iam GothamシリーズでのGothamの死とGothamGirlの現状を見ているからなのだろうか。もちろん彼はGothamを救えなかったことについて、自分を責め続け、残ったGothamGirlを何としてでも救いたいという思いがあるのだろう。なぜなら、彼らを生み出したのはバットマンだからである。バットマンが生み出した数々のヴィランと同じように、彼らの存在に対しても責任を持つという思いがあるバットマン。ただ、彼らを救うことで、自らの人間性をも救おうとしているのかもしれない。スーパーパワーの下に隠れた人間の弱さ、失った者への思いを彼は一番わかっており、人間に立ち返ることの重要性を彼はGothamGirlに見ているのかもしれない。そして、スーパーパワーを得た犠牲も。彼はどんな手段を使ってでも、彼女を救わなければならないのだ。

 さて、このシリーズの中でとても印象に残る部分がある。キャットウーマンによるバットマンの手紙(Batman#10)と、バットマンからのキャットウーマンへの手紙(Batman#12)である。彼らがいかに対照的で、でも似通っているのか。彼らがなぜお互いに惹かれ、でも100%相容れることができないのか。その答えを、二人がそれぞれ出している。セリーナは孤児院育ちだ。親の顔も覚えていず、養子としてどこかの家に引き取られていたものの、結局逃げ出し、孤児院へ戻っている。孤児院はウェイン家の支援で建てられたもので、セリーナは彼らの写真を見て育った。完璧な家族の写真、トーマス、マーサ、ブルースの3人の顔を。セリーナが体験することがないような幸せな家族。それに憧れて彼女は育ったのだ。その後、孤児院はあるテロリスト集団によって爆破され、多くの子供が死んだ。その復讐に、セリーナはテロリストメンバー237人を全て殺したのである。(この後のinterludeの扱いのRooftopsで実は・・・という話があるがそのうち触れる。)セリーナはこう語っている。私たちは似た者同士なのよ、と。二人とも孤児で、動物の格好をして、屋根を駆け回る。だからキスをすれば、お互いに抱えた痛みが消えるのよ。でもそれは長く続かない。なぜって歩む道が違うから。あなたは喪失をばねにして、よりよき世界を創造するために戦い、あたしはただ皆を殺したかっただけだから、と。少しでも家族と幸せな時間を過ごしたブルース。その時間さえなかったセリーナ。彼女の人生は、最初から孤独だった。何か温もりを探し求め、そしてその対象がブルースであったのだろう。ブルースが、その痛みを理解してくれるから。でも彼女とずっと一緒になることはできない。彼女と住む世界、そして思いが違うからだ。一度家族を持った者、そして公では(いかに偽りであっても)ブルース・ウェインとしての人生は幸せに見える。そしてバットマンでは、ゴッサムのために尽くして犯罪者を追う。セリーナにとってみれば、彼は恵まれた人生を送り、そしてセリーナが決してなることはない「善人」なのである。そこの隔たりは、埋まることはないのだろう。

 バットマンは、セリーナへの手紙の中で、自分の思いをこう語っている。(ここは本当に素晴らしい語りなので、全てを訳したいぐらいだが、とりあえず要約を書いておく)「両親が自分を見たら、笑うだろう。「バットマン」だってさ。いい大人が蝙蝠の格好をして、ガーゴイル像に座り、犯罪が起きるのを待っている。そして犯罪を見つけたら、パンチをくらわすだけだ。それですべてがうまくいくだって?笑えるだろ?しかも、大の大人でさえない。マントに隠れているのは、ただの子供だ。亡くなった両親を悼む代わりに、犯罪者と戦う誓いを立てたあの子供。それが、蝙蝠の仮面やら、ベルトやら、バットモービルやらにつながっていくわけだ。全く馬鹿馬鹿しい。自分でも笑える。でも君ならわかるだろう。私が両親を失ったとき、一体何ができた?自分が感じられたのはただの痛みだ。その痛みが何になるのだ?父親のような威厳でもなければ、母親のような優しさでもない。だったら死んだ方がましではないのか?10歳のとき、カミソリを手に、私は祈った。でも誰も、神ですら、答えてくれなかった。私は孤独だった。それは皆、ゴッサム中の人々も同じだ。そのときようやく理解したのだ。もう、自分の人生は自分のものではないことに。だからあの誓いをした。だから今の姿がある。この格好は冗談ではない。あのときの幼き男の子の誓いは、死の選択なのだ。私はバットマン。私は生を捨てた者だ。だから、セリーナ、君の言うことは正しい。キスをするとき、痛みは消える。そのときに自分たちの死を共有するからだ。君は237人を殺したと言った。でもそれは嘘だ。君はわかっているはずだ。死は選択なのだ。その選択肢を他人から奪うようなことをはしないだろう。いつか君を解放するときが来る。そして真実を知る時が来るだろう。そして自由になったときに、二人で笑い合おう。仮面を被って。」

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 実はこの語りのアートもまた素晴らしい。バットマンの手紙の語りと相まって、ベインとPsycho-Pirateがいる場所へ、バットマンがベインの手下を次々に倒していくのだが、一つ一つのコマ、バットマンの動き・・・初めて見たときに言葉が出ず、ただ感動で涙を流していました(笑)みぞおちにパンチを受けたような衝撃で、本当に説明する言葉がない・・・美しいという言葉でも足りないぐらい。ここで、Iam Batman. I am Suicide.この6単語が全てを語る。バットマンは死ぬために戦い続けるのだ。あの事件で、全てを失ったブルース。ブルースは、おそらくその後ずっと、自分も一緒に死ぬべきだった、なぜ自分が生き残ったのだ、と思っていたのだろう。両親が死んだ後、彼は生きる目的を失ったのである。ブルースを慰める者はいても、彼の辛さを真の意味で共有する者はいない。ブルースは、結局自らの悲しみに耐えきれず、彼は10才のときに「死んだ」のだ。その「死」から、彼は別の存在へと変わった。ただそれはブルースの人生ではない。それは蝙蝠なのだ。蝙蝠がブルースの体を操っているだけだ。蝙蝠は死の存在なのだ。バットマンはジョークではない。バットマンは、幼き男の子が絶望と死の中で見つけた唯一のとるべき道だったのである。蝙蝠が彼の全てを変えたのである。彼に死ぬ目的を与えたのである。孤独さはバットマンも共有するが、確かにバットマンとキャットウーマンの痛みはまた違うのかもしれない。でも、孤独の彼らが求めあうのもまた、自然の流れとしか言えないだろう。彼らの溝が埋まることがないにしても、一番お互いの孤独と死の思いを理解しているのは、彼ら二人なのである。

 さて、Santa Priscaでは、一回バットマンがベインにつかまり、背骨(?)を折られた後、ベインがもともといた水が満ちた牢獄に監禁される。ただ、彼はそんなことで死ぬわけがなく、自ら治し(!)、また普通に(たぶん計画通りに)キャットウーマンたちを合流する。BronzeTigerが名目としてPunchand Jewleeを連れ、ベインの元にいく。キャットウーマンは、下水道でWeskerとともに、Psycho-Pirateの居場所を探す。そこでバットマンがベインと戦う・・・はずだったのだが、キャットウーマンが一時的に裏切り、Punchand Jewleeを殺してしまう。そこで全ての計画がいったん白紙に戻り、ベインvs バットマンとなる。ただ、ここでベインが興味深いことを言っている。仮面をつけるのは自分が弱いからだと。自分で死ねないから、外にモンスターを見出そうとし、そしてモンスターに自分を殺させるのだ、と。ただ、これも一理はある。仮面に隠れて、強く見せる。仮面はそういった誘惑が存在するのである。そして確かにバットマンは実際死ぬために存在するのだから。ただ、後にバットマンが言うように、いつでも、自分に自信を持つことは必要だ、と。勇気ある者でいること、幸せであること、そしていつでも今の状態であることをやめられるのだ、と。いかに現状に満足するか。それだからこそ、バットマンは自暴自棄にならないのかもしれない。ある一定の自己満足は、彼が戦い続けるモチベーションの一つなのかもしれない。そこをベインは理解できなかったのだろう。ベインが、自信を持つことができなかったからこそ、バットマンを理解できず、そしてまた彼に打ち勝つことはできなかったのだろう。最後の最後で、バットマンの合図で、キャットウーマンがベインに不意打ちを食わらせる。実はPunchand Jewleeも生きていて、SantaPriscaからの脱出の手段を確保していた。最終的には全て、バットマンの計画通りに事が進んでおり、Psycho-PirateWeskerScarfaceのコンビで、逆に都合のいいように操ることに成功し、全てがうまくいっている。バットマンの人選と彼の精神力、計画全て・・・とりあえず、文句なしと言えるだろう。

 自殺行為と言われたSanta Prisca襲撃に成功したバットマン。彼が成功したのは、常に自殺行為を続けているからとも言えなくもない。蝙蝠の格好で、戦いを挑み続けるバットマン。自らの命を捨てたその先に、彼の望む世界は見えるのだろうか。彼の戦いの終わりは、まだ見えない。
これはRebirthの中でも最高だろう。TomKingをライターに選んだだけで10000点ぐらいあげたいぐらいだ(笑)RebirthBatman誌の次はRooftops。短い作品となるが、キャットウーマンとバットマンの関係が芸術的に描かれている。そのうちレビューしたい。

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Written by Peter Milligan, Artby Jim Aparo


オリジナルはDetectiveComics #630 (1991)。これはなぜかリーフを持っているのだが、表紙はバットマンが階下へダイブするアートで、面白い構図だ。なぜこの作品が好きか。短編作品でありながら、やはり善悪と生死が交錯する作品となっている。私は逆にきっぱりと終わらず、最後に読者に最善の方法を考えさせるようなバットマン作品が好きだ。その曖昧さのところで、バットマンの良さ、人間性が滲み出るからである。


この作品は、Two-Toneというある殺し屋が感電死している場面から始まる。その殺人事件の背景は、さらに3か月前にさかのぼって語られていく。SaulCalvino, またの名をStilettoと言う殺し屋がいた。フロリダでギャングリーダーを28人暗殺し、その後フロリダ警察に逮捕され、死刑宣告を受けた人物。彼は別の場所へ移送される間に脱走し、自分が隠しておいた蓄えを回収しにゴッサムへ。警察とFBI、そしてバットマンが彼を追う中、復讐を狙うギャングたちに雇われた殺し屋、Two-Toneも彼を追っていた・・・


今回の作品で興味深い点がある。バットマンの正義の考え方と善悪の複雑な定義である。Stilettoは確かに殺し屋であったが、ギャングリーダーのみを殺し、無実の市民を殺すことは決してなかった。それはバットマンも理解しているが、ただ殺人は殺人であり、目的が手段を正当化することはないと考えるバットマンとしては、Stilettoは絶対的に悪なのである。またFBIStilettoを捕まえたいがために、司法取引をしてTwo-Toneと協力して、Stilettoを追っていた。悪には悪を、というその手法に対してバットマンは全く理解を示さない。なぜなら、Two-Toneや他のギャングたちが犯した罪がそのことで消されるのもまた、正義ではないと考えるからである。犯した罪はどうあっても消えないはずで、罪を犯した者は絶対にその罪を償わねばならない。正当な方法でStilettoを追いつめたいバットマンは、Two-Toneが持っていた情報を得るためにFBIのエージェントを脅し、Stilettoを追っていくのだ。

ただバットマンもまた、Stilettoにいくらか同情はしていく。特にバットマンがTwo-Toneに追いつめられたとき、助けてくれたのがStilettoで、その後お互いに助け、助けられ、という状況に陥っていく。Stilettoはバットマンの同情心につけこむ形で、自分を解放してくれと頼むのだが、バットマンは正義を盾に何度も断る。ここでも面白いやりとりがある。Stilettoが言う。「俺は殺人犯とかギャングたちを殺してきた。奴らが死んだことで、俺は命を救ってきたんだ。あんただって、その「正義の戦い」とやらで一人とか二人くらい死なせたことだってあるだろ?」バットマンはそれでもこう返す。「自分の意思で命を奪ったことはない。私には一つの掟がある。殺人はしない、と。お前は28回ものその掟を破ったのだ。」ただStilettoはこう言うのだ。「殺人はしないだと?もしあんたが俺を刑務所へ連れ戻せば、俺は死刑になる。結局お前が殺したのと同じだろ?」バットマンはそれに直接答えることはできず、逃がすことはできない、すまないと言っている。バットマンが犯罪者に謝る・・・それだけバットマンは彼に深く同情しているのだ。そして、バットマン自身が、彼の死の責任を負うのである。たとえ、バットマン自身が手を下さなくても、バットマンは今までにたぶん多くの死の責任を負ってきた。それは彼にとってどうしようもない状況下で、そしてまた彼の意思に反しての場合も多いのだが、それをバットマンが殺したと言えるのかどうか、は常に問題になるところだ。ジョーカーを生かしておけば、ジョーカーによる死者は増えるだけだが、それはバットマンのせいだろうか。バットマンが殺したことになるのだろうか。そしてジョーカーを殺せば、そのジョーカーによる未来の死者はなくなり、全てが解決するのだろうか。(Joker:The Devil’s Advocate参照)正義は諸刃の剣だ、という言葉があるが、バットマンの正義もまた、善のみならず、その逆も生み出すこともあるのだ。それはバットマンが決断しなければならない、一番デリケートな部分でもある。どこかで彼は自分の感情を切り捨てなければならない。感情を切り捨ててこそ、個人の思いから離れ、もっとハイレベルな、大いなる善のために、より多くの者のために、判断することができる。NoMan’s Land vol.3では、バットマンのヒーローの定義のセリフがあるので、ぜひ読んでいただきたいが、だからこそ、その大いなる善、皆の正義のために仕える者として、ヒーローは人間性からある一定の距離を置かなければならないのだろう。そこに個人の感情が入れば、決断はより難しくなる。だから、結局バットマンは苦渋の決断をする。Stilettoをフロリダ警察へ引き渡したのだ。そして、Stilettoを捕まえられなかったTwo-Toneは、仲間のギャングたちに殺されたのだった。


最後にStilettoが処刑される時を刻む柱時計の前に座り、じっと見つめるバットマン。語りの中で、バットマンは空の電気椅子と、残念な顔をした処刑人の夢を見たと言う。彼が一番、Stilettoに生きてほしいと望んでいたのだろう。たとえ、それが正義に反していたとしても。善と正義。正義の判断は正しいことをするだけではない。時には、正義による犠牲を受け入れることが大事なのかもしれない。最後のバットマンの後悔が織り交ざった表情が心に残る作品である。
(すみません、次こそRebirthレビューを書きます笑)

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