石川佳純ちゃん、優勝おめでとう。その2
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山口県島地中、ホームステイ合宿と銘打たれた月1回の、糸島自然塾と島地中の練習会。
「全習法」と「分割分習法」を解明して見せた「自然塾理論」をひっさげた彼の(誰だ?)・・・試合を「全習法」と考えるには最低でも1人15試合を消化しないといけない・・・という持論の中、さらに過酷な、2日間で1人50試合を消化しないと帰れない練習会の開催だったのですよ。
1日目、福岡から到着した朝9時から夜8時まで、休憩は12時から40分。5時から40分間のみ。その頃では、非常識きわまりないことでした。
島地中の(現在は徳地中)岡本先生も、最初は、「昼1時間、夕方1時間、10時に20分、3時に20分の休憩を取らせてください」と軟弱なことを言われていたのですよ。、
私、「要らん、要らん、そんなもの」と・・・それだけ休憩をしたら1日目の30試合は消化できない。2日目は5時には島地を出ないと家に帰るのが深夜になってしまうので、どうしても1日目に多く試合消化をする必要があったのです。
2日目は朝8時から試合開始。
地獄のような合宿練習会だったのです。
やればできるものです。
「非常識を常識に」
「無理を承知で無理してみると、無難な世界がばかげてくる」
独自のコピーを掲げながら、それでも「糸島自然塾」には、絶対に体をこわさない練習法の確立があったのですよ。それはまた後の記事で・・・書けるなら書く。
自然塾は、「志摩中」として、選抜や中体連全国に参加。しかし、4人しか部員がいなくて、ほかの部から選手を借りて6人の枠をやっと確保したくらいのチームでした。それで全国選抜3位を2回。中体連8を2回。だが、小学生を入れた自然塾チームは相当に強かった。自然塾チームを完璧に破ったチームは全国中体連や選抜で優勝できるか優勝に絡むことが出来ると言われたくらいでしたよ。岡山山陽中、横浜隼人がそうでした。
島地中も、中体連全国を制覇し、その後も表彰台の常連のチームでした。相当に強いチームでした。実力的にほぼ互角。
卓球的には、超攻撃型の自然塾と、超守備型の失点を少なくした島地中の・・・真逆、正反対の2チームでした。
そんな2チームが月に1回開催する「1人50試合消化のホームステイ練習会」
そんな中に放り込まれた石川佳純(かすみ。いい名前です)ちゃん。今はもう大人ですから石川さんと書くことにします。
初めて見たときには目を見張りましたよ。コーチであるご両親に「いいところに気が付かれましたね。いい指導、いい方向性ですよ」と言ったくらい、私、感動していました。
失礼な表現かも知れませんが、素質がありながら、方向性に首を傾げる選手がたくさんいるのです。それは指導者の「目」の問題なのですが(目と言うより考え方かも知れない)・・・
閑話休題
そんな中に放り込まれた石川さん。
最初は午前中でダウン。
しかし、ほどなく耐えだしたのです。そして・・・・
自然塾の生徒も、島地中の生徒も勝てなくなってしまいました。
圧巻だったのは、四国愛媛での試合。
準々決勝で一宮が2−3。準決勝で浦が2−3,決勝で中村薫子が、大逆転負け・・・石川さんが中学生を総なめにして優勝をしてしまいました。
その勝ち方が、自然塾のスマッシュをスマッシュで打ち返して激しい勢いのボールが交差して・・・決して、小さく打って安全にと言う試合がないのです。これが一番他の選手達と違うところでした。
決勝の中村との試合なんか、それはもうあなた・・・9−6で勝っていた中村の強打を強打で打ち返し、信じられないような反応で逆転して見せたのでした。
自然塾の選手のミスを誘って勝っていく選手はたくさんいます。しかし、こんな形の強打の連続、強打に反応する身体能力で勝っていく選手は石川さんしかいなかったのです。
「この子はすごい選手になる。このまま伸ばせるなら、国際的にも通用する相当な選手になる」
世界との差はスピードだと思っていた私は、石川さんに・・・石川さんならと・・・そう私は確信をしたのでした。
余談ですが・・・後に「小山ちれ」さんが、「石川さんならあるいは・・・」と私に言われたことがありました。
この項、続きます。愛ちゃんとの試合まで持っていけるかどうか。どこかで茶々が入ったら止めます。
つづく。
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