
荷兮の句
塩魚(干鱈、塩鮭など)を食べた後に歯に挟まって取れない
煩わしさを詠んだ。晩秋の候、老いの坂、半ばのとなった
我が身。歯並びも緩みがちになって煩わしい歯に挟まった
食べ物、侘びしい秋の食後の一場面。
凡兆の句
秋も深まった山の小田に案山子が立っている。不意に静かな
小田に物音がした。ふと見ると案山子がひとりでに倒れた
音だった。鑑賞の際、「物の音」で小休止、それから「ひとりた
ふるゝ」と続けるのが良い。
越人の句
稗の畑、穂が重く垂れているが、おりからの一陣の風に
靡く稗の穂は乱雑に向きを乱している。あたかも馬に
逃げられて大騒ぎしている人々の慌てぶりに似通って
いる。「馬逃がしたる」と大胆な表現で稗の穂の乱れた
佇まいを表現した一句の手柄か?
凡兆の句
初潮とは陰暦八月十五日の大潮時、鳴門の渦潮が最も
高く早く渦巻く時分だ。そんな中、鳴門の高潮に乗って
飛脚船が矢のように走ってゆく。豪宕爽快な海洋の
うねりに飛脚船を点じた手腕は凡兆ならではの優れた一句。
去来の句
今宵の美しい月。だが選りによって野辺送りの夜に美しい月
を見ようとは何と情けないことだ。名月に照らされて黙々
と棺桶に添うて行く人々の感無量の様子が詠み込まれている。
土芳の句
土芳は伊賀上野の藩士を辞して上野の一隅に蓑虫庵を構えた。
芭蕉を迎える時に吟じたもので炉辺に松ぼっくりを投げ込み
良く燃え立つのを詠んだもので外には薄い月が掛っている。
風麥の句
「はたおり」とは、機織り虫(きりぎりす)のこと。「夜は月夜」と
重ねたのは月夜の感を一層、深めた筆者の感慨が読み取れる。
曾良の句
芭蕉、奥の細道へ旅立つ折に詠んだ一句。奥の細道には
「行々て」となっているがこちらのほうが素直で良い。
西行の歌に「いづくにかねぶりねぶりてたふれ伏さむとおも
ふかなしき道芝の露」を踏まえたものと思われる。
史邦の句
「秋黴雨」は「あきついり」と読む。秋霖のため水嵩の増した
川瀬の音の激しさに思わず突いて出た一句。
曾良の句
奥の細道、北陸、大聖寺にて曾良が病の為、伏せった寺の
裏山に吹き付ける秋風が終夜(よもすがら)荒れすさぶ
。師の芭蕉とわかれて伊勢へ戻ることになった曾良の心中
はいかばかりであったろうか?
芭蕉もまた、これよりは侘びしい一人旅となることを次の
一句に残している。
「今日よりや書付消さん笠の露」
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